2015年05月02日

【「ビジネスマンのための「人物力」養成講座 」小宮一慶:著】ちゃんとしたオトナになろう!


ビジネスマンのための「人物力」養成講座
小宮一慶:著
ディスカヴァー携書

「ちゃんとしたオトナになろう」
昨年、(とうとう)50歳になった時に、
なんか、そー思ったんですね、私。

ちゃんとしたオトナってなんだ?!
400字詰め原稿用紙5枚以内できちんと説明しろ!
と言われても困るんですけど・・・

強いて言えば、

50歳といえば、世間からみれば「いい年こいたオッサン」です。
いい年こいてしまったのですから、
それなりに、ちゃんとしなきゃダメじゃん!
まぁ、そんな感じのことです。

で、

私が(勝手に)人生の師匠と仰いでいる小宮先生が書かれた
この『人物力』養成講座。

この本でいう「人物力」というのは、
”長期間にわたって尊敬される人”ってことなんだけど、
まぁ、カンタンにいえば「人格者」って感じでしょうか。

まぁ、私の場合は何も聖人君主になろうというワケではなく、
単に、世間から後ろ指さされて笑われない程度でいいんですけど、
とにかく何か参考になるんではないかと思って読んでみた次第。

Amazonの内容紹介

「長期間にわたって尊敬される人」を著者は<人物>と呼びます。
本当の生き方を知り、人物力を身につけることによって、ビジネスの
成功もあると。
特に、経営者をめざす人は、
人とは何か? 正しい生き方とは?
自分はどういう人物になりたいのか? ならないといけないのか? 
そうしたことを、ビジネス戦略、お金儲けの戦略より大切に考えることが、
結局は成功の近道なのです。
そして、それは、行動を変えることによって身につきます。
意識を変えることは難しくても、日常の行動を変えることによって、
意識は自然に変わっていく。1か月から半年でそれは可能です。
経営コンサルタントとして多くの経営者、経営幹部と接してきた
著者ならではの実践の書です。

■履物を揃えていますか?

わたしの師匠である藤本幸邦先生は、「履き物を揃えると心が揃う。
心が揃うと履き物が揃う」とおっしゃっていました。「脱ぐときに
揃えておくと、履くときに心が乱れない。だれかが乱して脱いでいたら、
そっと揃えておいてあげましょう。そうすれば、世界の人の心が揃う
でしょう」、とも。

実は・・・
私も以前、玄関で脱ぎっぱなしになっている家族の靴を
見つけるたびに、きちんと揃え直す・・・ということを
やっていた時期がありました。

が・・・!

家族がそのコトに気づいていないのかどうか分からないけど、
私が靴を揃えておいたところで別に何の反応もないし、
何を言われるわけでもないので、
気づけば、いつしか揃えることをしなくなってしまったんですね。。

ちっちゃいなぁ自分! orz

この本にも書かれているのだけど、『脚下照顧(きゃっかしょうこ)』
という言葉があります。禅の言葉です。

他に向かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て自分のことを
反省すべき・・・そんな意味合いです。

なんというか・・・

いくら口でエラソーなことを言っていても、
自分が脱いだ靴さえ揃えられないオッサンって
やっぱダメですよね。。

こーいう小さなところにその人の「人格」みたなものが
滲み出ちゃうのかなぁ、って思うのです。

■自虐ネタは許されるのか・・・?!(たぶんダメ)

「人物」と呼ばれる人には、たいていおもしろい面があります。
なんかおもしろいことを言ってやろう、楽しませてやろうと
しているからです。自分はおもしろみに欠けると思う人は、
おやじギャグと言われようが、下手な冗談でも言ってみる
訓練も必要でしょう。

これを読んだときに思い浮かんだのが高倉健さんなんですよ。
あれだけの大スターでありながら、周りの人に対しての気遣いがスゴくて、
それに撮影現場では冗談を言ってみんなを笑わせたりしていたっていう
エピソードがいくつも残ってますからね。

▲スクリーンの中ではこんなセリフも・・・「ミットもない・笑」

それに比べて・・・(って、比べること自体ナンセンスですが)、

私は・・・
最近は少しはマシになってきたようにも(勝手に)思ってるのですが、
やっぱり、おもしろみに欠けているかなぁ、と。

なんせ子供の頃、自分の親から
「あんたは本当におもしろみのない子だねぇ」
って言われましたからね(^^;;

30を過ぎたあたりから、さすがに自分でも
これは、どげんかせんといかん!
と思って、努力した結果・・・

オヤジギャグと自虐ネタばかりのザンネンなおっさんへの道を
ひたすら走り続けているという・・・ orz

■小さな約束を守る

言ったことは守る、これはふつうに思っている以上に大事です。
大きな約束なら忘れる人はいないでしょうが、軽く口にした小さな
約束を守れるかどうかで、自然に、その人に対する信頼が増したり、
失われたりします。言ったほうは忘れていても、言われたほうは
覚えているものですから。

約束したことは、小さなことでも必ずメモする習慣をつけることです。
言われた相手も忘れているようなことを即座に実行するだけで、
相手は感動します。 言われなくても、たとえば、知人のセレモニーや
誕生日などをメモしておいて花を贈るなど、「人物」は、
そうした小さな行動を大切にします。

以前、もう一つのブログでこんな記事を書きました。

 

【雑記】小さな約束と社交辞令 : ペンギンオヤジのDブログ

「また今度、飲みにでも行こうよ」

だけど、たいていの場合「また今度」という日はやって来ない。。
そんな話しです。

まぁ、それは社交辞令だから、オトナなら分かってるでしょ?
って済まされてしまうような話し。

私も今までに、たぶん数限りなくそんな社交辞令を口にしてきたと
思うんですよね。でも、軽い気持ちで口に出しているものだから、
その殆どは忘れてしまっているのですが・・・m(_ _)m

ただ・・・
「言ったほうは忘れていても、言われたほうは覚えているものです」
と小宮先生も書かれているように、言われた方は覚えていたりするんですよね。。

取りあえず私も最近は肌身離さずメモ帳を持ち歩くようにしました!
先ずは、そういう小さな一歩から。。

◆最後に・・・「散歩のついでに富士山に登った人はいない」

こういう自己啓発系の本は読んでみると割と『当たり前」のことが
書いてあるんだけど・・・

・履物をちゃんと揃える
・机を毎日磨く
・借りた本はちゃんと返す
・人の話しをちゃんと聞く
エトセトラ、エトセトラ・・・

それじゃ、自分はちゃんと出来ているのか?と言われると、
まぁ、たいていのことはちゃんと出来ていない。。(^^;;

小宮先生がよく話したり書いたりする言葉の一つに
「散歩のついでに富士山に登った人はいない」というのがあるんですよ。

富士山に登るためには、ちゃんと計画を立てて準備をして登らないと
ダメですよね。近所を散歩しているついでに登れるようなところじゃない。

それが転じて

自分が何かをしたい!こういうふうになりたい!
そう思ったら、ちゃんと計画を立てたり、準備をしてその目標に
向かわないといけない。
「できたらいいなぁ」とか「なれたらいいなぁ」という近所を散歩するような
気軽な気持ちではダメだ

と、そんな意味合いでしょうか。

最初に「ちゃんとしたオトナになろう」って書きましたよね、私。

そう思ったのなら、散歩気分ではなくて、
きちんとやるべきコト、守るべきコトを決めて
山道を登るように、一つ一つ手抜きをせずに行動する
(考えているだけでは富士山には登れない!)

それしかないんだなぁって、この本を読んで改めて思いました。

先ずは挫折した(?)、「靴を揃える」あたりからやっていこうかな。

おしまい 

▼Kindle版
 

タグ:小宮一慶
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2015年04月23日

【「ビジネス「論語」活用法」小宮一慶:著】自分の生き方の原点を考える


論語を知らなくても使える
ビジネス「論語」活用法
小宮一慶:著
三笠書房

今は昔。
私が前に務めていた会社で新人研修の講師をしていた時、
よくこんな話しをしていました。

何か迷ったときに戻る場所、原点を新人のうちに
身につけることが大切です。

研修の中ではその立ち戻る場所、原点のことを
「自分のバックボーン」というふうに言ってましたが、
これは仕事に限らず、自分の人生というか生き方においても
大切だと思うんですよ。

道に迷ったときは原点に戻れ!
と、よく言われますが、
そもそも戻るべき原点が無ければ話しにならないわけで・・・

私も既に半世紀の人生を生きてきてしまったわけですが、
今更ながら、自分の人生のバックボーンをちゃんとしておきたい!
と殊勝なことを考えるようになり、
最近はよく「論語」に関する本を読んだりしております。

Amazonの内容紹介

ビジネスで「成功するためのノウハウ」は2500年前に、
すでに書かれていた。「知者」は惑わず、「仁者」は憂えず、
「勇者」は恐れず、をモノにする本。


Amazonの内容紹介がアレなんで(笑)、ちょいと付け足し。

経営コンサルタントであり、100冊以上のビジネス書の著者でもある
小宮一慶さんが、ご自身の経験、エピソードなどを織り交ぜながら
ビジネスシーンで活かせる論語のエッセンスを紹介、
解説してくれているような1冊です。

■学びて時にこれを習う、亦説ばしからずや

不遇な時代、うまくいかないときにこそ、どう過ごせばいいのか。
その答えは、『論語』の冒頭に出てきます。

学びて時にこれを習う、亦説ばしからずや

(中略)
「学びて時にこれを習う」というのは、過去を振り返るのではなく、
生き方や人生観、会社なら経営方針といった「原理原則」を
思い出すことです。そして実践することです。
うまくいかなくなったら、まず、その原点に戻るという教えなのです。
(P59〜P63)

ご存知の方も多いと思いますが、『論語』は今から2500年も前に
書かれた(編集された)ものです。
そんな昔のものが21世紀の現代まで延々と読み継がれているわけです。

この本の「はじめに」で、小宮さんはこんなことを書かれています。

『論語』は2500年以上前に書かれたものです。これだけの長い年月、
多くの人に読み継がれているのは、そこに書かれている「原理原則」に、
それだけ風雪に耐えるだけのものー人生を強く生き抜くうえでの心理ーが
多く含まれているからです。
この「原理原則」をできるだけ早く身につけることが、人生やビジネスを
成功させるためには必須だと私は考えています。

『論語』の中には人生を生き抜くうえでの大切な真理が詰まっている!
だからこそ、時空を超えて読み継がれているわけですね。

で、
私の話しですが・・・

かれこれ4、5年くらい前から「論語」に興味を持ち、
今までに何冊か、色々な方が書かれた論語の解説本を読んだりしてきました。
実は、この小宮先生の本もたぶん3回くらいは読み返したと思います。

なのに!

全然、身になっていない!(ナンテコッタ、パンナコッタ!)

だからこそ、「学びて時にこれを習う」が必要なんですね。

この場合の「時に」っていうのは、必要な時に・・・とか、
折に触れて・・・みたいな意味らしいです。

だから、論語っていうのは(論語に限らず)、一度学んでおしまい、
ということではなく、折に触れて、復習する(学びなおす)ことが
大切だ思うのです。

■これを知るを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是れ知るなり

これを知るを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是れ知るなり
(中略)
文字どおりに訳せば、「知っていることを知っている、知らないことは
知らないとする、これが知るということだ」となります。(P194)

・・・なんだかソクラテスの「無知の知」みたいな話しですね。

これをどう解釈するか?

小宮さんは、こんなふうに書かれています。

一所懸命に勉強し、知識を深め、学べば学ぶほど、分からないことは
増えてくるものです。(P195)

分かっていると思っていたのに、勉強を深めたり人生経験を積むと
本当に分かっていたのかな?
表面的に理解していただけじゃないのかな?
ふと、そんなふうに思って立ち止まることがありますよね。

読書会などに参加していると、「読むたびに新しい発見がある!」という
言葉をよく耳にします。

たぶん・・・

表面的な理解だけでなく、言葉の裏に込められた作者の真意まで
読み取るには、読む側にもそれ相応の力量が求められます。

だから、読んだ時期や自分の成長度合いによって解釈は
変わるものだと思うし、

以前に読んだ時と読後感が変わらないのであれば、それは自分が
成長していないか、底の浅い本であったかのどちらかなんだろう。。

「論語」の中にも一見、当たり前じゃん!
ちょっと、孔子ちゃん大丈夫?(←失礼だろ!)
と思うようなことも書いてあったりしますが、
もしかすると、もっと自分が成長していけば
「あぁ、裏では実はこういうことを言っているのかぁ!」と
思うようになるのかもしれませんね。

■人は馬ではない

まるでニンジンを目の前にぶら下げて馬を走らせるように、昇給や
ボーナスを餌に人を働かせるのは、誤りだと思います。
(中略)
人は馬ではないのです。(P99)

頑張って働いて、成果を出したなら
そりゃ、やっぱり報酬が欲しくなるのが人情ですよね、たぶん。

だけど

人はお金のためだけに働いていたら、どこかでおかしくなる。。
そう思うんですよ。

なのに、「成果主義」だかなんだか分からないけど、
成功報酬をエサにして社員を煽ることをしている企業って
多いらしいですね。

「利によって行えば、怨み多し」
論語の中の一節ですが、私利私欲で行動すれば
それだけ人から怨まれるということです。

誰だって、自分の利益のために行動している人なんて嫌いですよね。

「利の元は義」
これまた論語の一節ですけど、小宮さんは著書の中でよく
「お金を追うな、仕事を追え」ということを書かれます。
(この言葉は小宮さんが師匠である住職さんから教えられたものです)

仕事として正しいコトをしていれば、お金は後から付いてくる。
そういう意味合いの言葉です。

では、仕事として正しいコトは何か?

お客さまに喜んでいただける商品やサービスを提供すること。
つまり、お客さま第一主義。

これが仕事の目的であると小宮さんは書かれています。

お客さまに喜んでいただいたり、お役に立つことが「目的」で、
その結果として「利益」が生まれる。

なのに、売上や利益をあげることが「目的」で、
お客さま第一主義が「手段」と考えている人や企業が
まだまだ多いみたいですね。

◇最後に・・・

論語の有名な一節に
「過ぎたるはなお及ばざるが如し」というのがあります。
多分、一度くらいは耳にしたことがあるかと。

徳川家康が、これをモジって遺訓の中で
「及ばざるは過ぎたるよりまされり」って書いているんですね。

この本の中にも、そのことが触れられていて
小宮さんなりの解説が書かれているのですが、
残念ながらそれを読んでも正直、あまりピンとこないのです、私。

上の方で「読んだ時期や自分の成長度合いによって
解釈は変わるものだと思う」と書きましたけど、
この家康の言葉の真意が自分なりに解釈できるようになるのは
いつなのかなぁ?と思っています。

こんなふうに、何度読んでも発見があったり、
新たな疑問がわいてくるというのも、読書の楽しみの一つですよね。

多くの著者が論語の解説本を出版されてます。
そういう本を何冊か読むと気づくのですが、
解釈の仕方が違う場合もあるし、
論語の一節と関連づけて何を語っているかも違う。

これって、人によって論語がどういうふうに読まれているか?
ってことが分かってとても面白いというか興味深い。

それから、もう一つ思うのは

こういう論語の本を読んで、
勝手に人生を悟ってはダメだということですね。

「君子は義に喩り、小人は利に喩る」なんて書いてあるのを
読むと、思わずそーか、そーか!ってコトになるんだけど、
それじゃ、今の自分にとっての「義」とはなにか?
って感じで、自分に引き寄せて考えてみないと意味が無い。

もしかしたら、いくら考えても答えなんて出てこないかも知れないし、
考える度に答えが変わってしまうかも知れない。

それでも、自分の頭で考え、自分の心に問い続けることが
一番大切なんじゃないかと思うのでした。

おしまい

 

 

posted by penguin-oyaji at 22:29 | Comment(0) | 読書(小宮一慶) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月16日

【「「働き方」の教科書」出口治明:著】人間はみなチョボチョボ

 

「働き方」の教科書

「無敵の50代」になるための仕事と人生の基本

出口治明:著

新潮社

 

この本、私の万年筆の師匠、ぷぅコッコさんがブログで

激プッシュしていて面白そうだったので手に取って読んでみました。

 

で、読んでみたらさすが我が師匠!

間違いなく読んで損なし!・・・というよりも、

得ることの多い一冊でした。

 

タイトルに「働き方」の教科書とありますが、

内容的には、もっと深い人生論が詰まってる。

そんな感じでした。

 

私も激プッシュです!

 

※師匠のブログはこちら

【読書】「働き方」の教科書 | ぷぅコッコの一期一会

 

Amazonの内容紹介 

49歳での突然の左遷、55歳での子会社出向を平然と受け入れ、

59歳でライフネット生命を起業したビジネス界の革命児が語る、

悔いなく全力で仕事をするためのルール。「仕事は人生の3割」

「人生は99パーセント失敗する」「部下はみんな変な人である」――。

人間社会のリアルが分かれば、仕事も人生も、もっと楽しくなる。

 

■人間はチョボチョボ

「人間はみなチョボチョボや」僕が橋和巳や辻邦生と並んで

学生時代に愛読した、作家の小田実の言葉です。人間はたいして

賢いヤツもアホな奴もいない。人間の能力にたいした差はない。

(中略)

たしかに、人間の正規分布図を描いてみると、極端に優れた人や

極端に劣った人はほとんどいないことがよくわかります。

人間はチョボチョボ・・・

 

人間はチョボチョボ・・・

 

人間はチョボチョボ・・・

 

いや〜、この本を読んでいて一番衝撃を受けた言葉かも知れません(笑)

 

例えば優秀な経営者や本を出版しているビジネスパーソンを指して、

よく「あの人は優秀だから」とか、「あの人は頭がいいから」って

言い方をしたりすることありませんか?

 

私はよくそんなふうに思います。

勝○和代さんの本なんかを読むと、これは勝○さんは頭がいいから・・・

って思うんですよ。

 

でも、

 

よくよく考えると、「あの人は頭がいいから」って言葉の裏には

「自分は(そんなに頭がよくないから)できっこない」っていう

『言い訳』が隠れていたりするんですよね。

 

人間はチョボチョボ

人間の能力にたいした差はない

 

それならば、自分と優秀な人って何が違うのか・・・?

 

そんなことをつらつらと考えてみたんですけど、

結局、やろうと思ってそれを実践し続けてきたかどうか?の差ではないかと。。

 

勉強し続ける

行動を起こす

失敗しても凹まずに次の一手を考えて、

また挑戦する

 

愚直とも言えるような陰の努力を続けてきて

それが、他の人との差を生む・・・・のではないかと。

 

人間はチョボチョボ

 

あの人は特別だから・・・を「出来ない」「やらない」ための

言い訳にしないで、

 

あの人に出来て、自分に出来ないわけない

 

って、単純に明るく考えた方がいいのかも知れませんね。

 

■国語と算数で考える人生の重さ 

仕事と人生の関係を算数で考えると、日本人にとって仕事の時間が

占める割合はたった三割であるというファクト(事実)が導き

出されます。三割という数字は、要するにたいしたことはないという

ことです。

しかし、世の中には「仕事は人生のすべてである」と考えている人が

かなりの割合で存在しています。その人たちは仕事と人生の関係を

国語(感情や理念)で考えているのです。 

日本人の年間労働時間は約2,000時間(サービス残業含む・笑)、

一年間を時間で表すと、8,760時間(24時間×365日)。

これを割り算すると22.8%

 

そして1日の睡眠時間を7時間と仮定すると、

8,760時間 - (7時間×365日)=6,205時間

つまり、一年間で起きて活動している時間は約6,200時間ということです。

 

これを先ほどの年間総労働時間の比率で計算すると、

2,000 ÷ 6,205 = 32.2%

 

なんか・・・

 

感覚的には、もっと長時間働いているような気がしますけど、

実際は3割くらいなんですね。

 

もっとも、これは平均値ですから実際はもっと長時間労働を

されている人もいると思いますが・・・

(それでも、たぶん4割前後だと思います) 

「仕事とは、人生の七割を占める最も大切な時間の兵糧を確保する

ための手段である」

ここまで書かれると、いっそ潔いというか気持ち良いですね(笑)

 

でも、だからといって著者の出口さんは「仕事はいい加減でいい」

なんてコトを主張しているワケではないんですよ。

 

少し話しは逸れますが・・・

 

私が人生の師匠と(勝手に)呼んでいる経営コンサルタントで

ビジネス書を100冊も書かれている小宮一慶さんが

よく「人生は串団子」ということを話されます。 

「人生は串団子」では、最初の団子は、「自分」になります。

二つ目の団子が「家族」や「恋人」。

三つ目の団子が「会社」など自分が所属する「組織」。

四つ目の団子が「社会」とか「国」とか「世界」になります。

 

藤本先生は、「その四つの団子の真ん中を、すべて串刺しする

ように生きないとダメです」と言われます。

 

「ビジネス「論語」活用法」小宮一慶:著 P28より抜粋

たぶん・・・

 

この本で出口さんが書かれている「三割という数字は、要するに

たいしたことはない」っていう話しは、この『人生は串団子』の話しに

通じるものがあるんじゃないかと思うのです。

 

「仕事は人生のすべてである」という考え方はいかにも極端だし、

だからといって、仕事はいい加減でいいというワケでもない。

 

自分の人生には、仕事もあれば家族もあって、友人だっている。

そのうちの何かを犠牲にするのではなく、

すべてを串刺しにするように、どれも大切にして生きていくことが

大切なんだ・・・

 

つまり、そういうコトなんじゃないかと思うのです。

 

■人生の楽しさと挑戦する人生 

「あのことをやっておけばよかったな」などという「悔い」を

できるだけ減らすことが、人間にとって最良の生き方ではないかと

思うようになりました。 

人生の楽しさが喜怒哀楽の総量だとすれば、いろいろなことに

挑戦したほうが人生はより楽しくなります。

 

よく「やった後悔よりも、やらなかった後悔の方が大きい」って

言いますよね。

 

なのに!普段の生活の中で、

 

やろうかどうしようか迷いまくっていたり(優柔不断だからね)、

何かに逃げん込んだり(ヘタレだからね)、

腰が重くてノロノロしたり(デブだからね)、

 

私、もう後悔すること確実の人生を歩んでおります (^^;;

 

たぶん・・・

 

「やりたい!」と「どうしよう・・・」の間にあるものって、

『挑戦する勇気』なんだと思う。

 

挑戦には失敗というリスクがありますね。

 

「どうしよう」というのは、失敗したらどうしよう

という迷いであり、恐れ。

 

でも、この本の中で出口さんはこんなふうに書いています。 

99パーセントは失敗する。失敗するとわかっていても、1パーセントの

可能性をめざしてチャレンジした人がいたからこそ、今の世界がある。

世界を変えるためには、失敗を恐れずにチャレンジすべし。

そう、チャレンジの多くは失敗する。

出口さんは「失敗しても多数派になるだけ」とも書いてます。

 

私、思うんですけど・・・

 

チャレンジして例え結果的に失敗におわったとしても、

それは別に「敗者」になったということではないと思うんですよね。

 

きっと、敗者というのはチャレンジしなかった人のこと。

 

確かに、チャレンジをしなければ失敗もないワケで、

安定した変化の少ない人生を送ることもできる(かもしれない)。

 

それに対して、チャレンジをすれば挫折したり、あるいは

すごい成功をおさめるかもしれない。

 

安定した変化の少ない人生と、波瀾万丈の起伏のある人生、

そのどちらを選択するのか?

 

今一度、立ち止まって考えてみてもいいですよね。

どちらが悔いのない人生をおくれるのか・・・

 

◇最後に・・・

 

今までに出口さんの本は何冊かは読ませて貰っていたのですが、

なんというか、この本は色々な意味でスゴイ本だなぁ、って思いました。

 

出口さんのモノの見方とか考え方が詰まっているし、

何よりも「人間はチョボチョボ」とか「人はみな変な人間で、

まともな人はいない」なんていう具合にビックリするようなコトが

書いてあるんだけど、よくよく考えると「確かにその通り」って

頷いてしまう。

 

サブタイトルに「無敵の50代」なんてあるけど、

若い人が読んでも充分に色々なことを考えさせられるんじゃないかなぁ?

そんなふうに思いました。

 

とにかく、激プッシュです!

機会があれば是非とも読んでみて下さい!

 

例によって、こんな長い文章を最後まで読んでいただき

ありがとうございました!

 

おしまい。



▼Kindle版

タグ:出口治明
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2015年04月09日

【「幕が上がる」平田オリザ:著】私たちは舞台の上でならどこまででも行ける・・・だけど、何処にもたどり着けない


「幕が上がる」
平田オリザ:著
講談社文庫

「読んでから見るか、見てから読むか?」
このコピーが分かる人、たぶん私と同世代です!(笑)

5人組アイドル、ももいろクローバーZのメンバー主演で
映画化された作品の原作小説であり、
日本を代表する劇作家、平田オリザ氏の処女小説でもあります。

私がモノノフでなかったら、もしかしたら手に取ることも
なかったかも知れない小説ですけど、
読んで良かったぁ〜!

ピュアな青春が詰まった作品です!

ちなみに、私は「見てから読みました」

Amazonの内容紹介

地方の高校演劇部を指導することになった教師が部員たちに
全国大会を意識させる。高い目標を得た部員たちは恋や勉強よりも
演劇ひとすじの日々に。演劇強豪校からの転入生に戸惑い、
一つの台詞に葛藤する役者と演出家。
彼女たちが到達した最終幕はどんな色模様になるのか。
涙と爽快感を呼ぶ青春小説の決定版!


あらすじは上記の内容紹介に書いてある通りで、
地方の弱小高校演劇部がひとりの教師との出会いをきっかけに
全国大会を目指すという割とよくありそうな青春ストーリー。

先輩から部長を引き継いだ新部長・橋さおりの独り語りで
物語は描かれていて、読み進めていくうちに一人の女子高生の
内面の変化や成長がよく伝わってきます。

最初、さおりはすごくイライラしてる感じ。
演劇部をこれからどうしていったらいいのか、それが分からない。

だけど、

「学生演劇の女王」と呼ばれた新任の美術教師、吉岡先生。
彼女が橋さおりや演劇部員たちの前に現れたことで
こんがらがっていた糸がほぐれていくように
色々なことがうまくまわり始め、
地区大会すら突破できなかった弱小演劇部が
全国大会を目指すようになる。。

■私たちは舞台の上でならどこまででも行ける

私たちは、舞台の上でなら、どこまででも行ける。どこまででも行ける
切符をもっている。私たちの頭のなかは、銀河と同じ大きさだ。
でも、私たちは、それでもやっぱり、宇宙の端にはたどり着けない。
私たちは、どこまでも、どこまでも行けるけど、宇宙の端にはたどり
着けない。
どこまでも行けるから、だから私たちは不安なんだ。(P329)

物語の中でさおりが「銀河鉄道の夜」の脚本に悩むシーンがある。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んだことのある方なら
ピンとくるかもしれませんね。
ジョバンニが(知らずに)持っていた何処へでも行ける切符。

何処までも行ける切符を持っている。
だけど、宇宙はどんどん膨張しているから決して宇宙の果てには
たどり着くことが出来ない。

だから、何処へ行けばいいのか?
何処まで行けばいいのか分からない。
だから不安になる。

これって、青春時代の不安定な気持ちをよく表していると思うんですよね。

自分は何者にでもなれる!っていう壮大な気持ちにもなるし、
もしかしたら、自分は何者にもなれないんじゃないかって不安にもなる。

自分には無限の可能性がある。
青春時代、人はそんなふうに思うことがある。
だけど・・・
人って成長するにつれて知らず知らずのうちに可能性を
限定していくんですよね。

「限定」という言葉が悪ければ、「絞り込む」でもいい。

確かに・・・

例え何歳になっても、人は変わることができる。
だけど、「年齢」という不可逆な要素に縛られて
けっして取り返すことが出来ない「可能性」があるのも
事実じゃないですか。

『どこまでも行けるから、だから私たちは不安なんだ』
そんなふうに思えるのは、もしかしたら青春時代の特権なのかも?って
感じるのです。

■やっぱり私は、教師ではなく女優でした

本当にごめんなさい。
やっぱり私は、教師ではなく女優でした。(P279)

この弱小演劇部の青春ストーリーに厚みをもたせているのは、
やっぱりかつての学生演劇の女王、吉岡先生だと思うんですよね。

ところで!

自分が小さい頃、あるいは青春時代にどんな夢を持っていたか
覚えていますか?
そして、それは今、叶えられていますか?

上の方で、「人は知らず知らずのうちに自分の可能性を限定してく」
って書きました。
それと矛盾するかもしれないけれど、
一度あきらめた「夢」でも、それが埋み火のように心に残っていれば
やり直すことだってできる・・・
だけど・・・一度あきらめた分、犠牲にするものは多いのだけど。。
それを吉岡先生は読む人に教えてくれます。

あまり書くとネタバレになってしまうのだけど・・・

この小説って(映画でもそうだったけど)、群像劇のようだけど、
基本的には、橋さおりの成長物語だと思うんですよ。

さおりは、吉岡先生に出会ったことで成長の階段を昇り始め、
そして吉岡先生と分かれることで自立し、大きく成長する。

「守破離」という言葉がありますが、
形はさまざまだけど、師匠といえるような人と出会い、
そして、その師匠の元から旅立つことで一人前になっていく。。

旅立つ時には、痛みも感じるし、
高い壁を乗り越えることも必要だから
けっしてラクではないのだけど、
そうした「困難」こそが人を成長させていくのですよね。

※ネタバレ気にしなきゃ、もっと書きたいコトがあるのに(涙)

■どれだけ馬鹿になれたか、どれだけ一途になれたか

昨日だったかな?
SNSのタイムラインにこんな言葉が流れてきました。

青春というのは意味のあることを
成し遂げるのではない。
どれだけ馬鹿になれたか
どれだけ純粋に一途になれたかです

北方謙三(作家)

青春時代というのは、後先考えずに自分の情熱のまかせるままに、
ひたすら突っ走ることができる、そんな時代なのかも知れません。

後先考えずに・・・というのは、現実と折り合いなんかつけない!
というふうに言い換えることもできると思います。

現実と折り合いなんかつけない
だから、弱小演劇部がいきなり「行こうよ、全国!」なんて言えてしまう。

若い分、人生経験が少ないから、悩んだり、道に迷ったり
失敗したりすることもある。

だけど、

現実と折り合いなんかつけない(端から見たら)無謀とも
思えるような夢に向かって馬鹿みたいに突っ走った経験は
ナニモノにも代え難いし、人を大きく成長させるものだと思う。

若いうちから「意味のある」ことを考えて、
計算高く、小利口にふるまっていては
小さくまとまってしまうような気がするし、
何よりも人生、面白くないよね。

◆最後に・・・

感動で涙を流す

よく使われるフレーズだけど、
涙を流すといっても
堰を切ったように感情が溢れだして号泣して流す涙もあれば、

心の奥底にあった何だか柔らかいものを握りしめられて
じんわり流す涙もある。

この小説を読みながら、不覚にも(!)泣いてしまったのだけど、
それは後者の涙でした。

とっくの昔に過ぎ去ってしまって、忘れ掛けていた青春時代。
この小説を読みながら、そんな忘れ掛けていた
(今となってはちょっと気恥ずかしい)何処までも真っ直ぐだった頃の
自分に再び出会えたような気がしたのでした。

そして・・・

最後に思ったのは、橋さおりではなく、
吉岡先生は何処まで行けたのかなぁ?というのは
私が既にある程度の「オトナ」になってしまったからなのかも知れません。

映画も良かったです!お約束だと思うので一応、貼っておきますね(笑)

 

▼Kindle版

 

 

 

 

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2015年04月02日

【「逆境を乗り越える技術」佐藤優・石川知裕:著】逆境こそがチャンスだぜ!・・・なんて言ってられない人へ

 

「逆境を乗り越える技術」
佐藤 優 , 石川 知裕 :著
ワニブックスPLUS新書

人生に於ける「逆境」って、どんな時のことなのか?
今までの人生で一番の逆境はどんな時だったか?

ある人にとっては「逆境」だとしても、
別の人から見たら「な〜んだ、そんなこと・・・」
という場合もあると思う。

たぶん

持っているストレス耐性のレベルや人生経験の違いから
人によって「逆境」の捉え方は違うのだと思う。

だけど

ある日、突然いわれの無い罪で『逮捕』されてしまったとしたら
それは間違いなく「人生の逆境」になると思う。

この本の著者、佐藤優(元・外交官)と石川知裕(元・国会議員)
二人とも東京地検特捜部によって「逮捕」された経験を持つ。
それがいかに不条理な逮捕であったかということは
この本にも書かれていて、国家権力の狡猾さ恐ろしさというものを
思い知らされる。

しかし、

何よりも、そんな逮捕・拘留という逆境の中で二人の著者が
何を考え、どう行動したのか?

そこには私を含めて人生の逆境を乗り越えるためのヒントが
たくさん詰まっていると思う。

Amazonの内容紹介

ともに東京地検特捜部に逮捕され、有罪判決を受けた
外交官と衆議院議員。
長期間の検察の取り調べに毅然として臨み、佐藤氏はその後、
作家として大活躍。石川氏は議員辞職し最高裁へ上告中である。

順風満帆だった二人の目の前に突然現れたとてつもない逆境。
今まさにその真っただ中にいる石川氏が、
その逆境を乗り越えてきた佐藤氏に生き残るために
何が必要なのかを問いかける。

今、苦境に陥っている人へのリアルなアドバイスが満載。
弱肉強食が進む現代、いつ訪れるわからない逆境に備えるための
貴重な一冊が誕生した。

これはまさに、サバイバル人生論である。

■問題を紙に書きだしてみる

まず人に相談する前に紙を持ってきて、ノートがいいと思いますが、
何が問題かということを書き出してみることです。問題を書き出すと、
意外にその段階で半分くらい解決がつきますから。(P58)


書くという行為によって、問題を対象化ー自分から距離を置いて
見直すことーできるから、問題の位相ー位置や状況ーか変わります。
頭のなかでなんとなく思っているというのはダメです。やはり書かないと
問題を深く理解できません(P59)

悩んだり、問題に突き当たって身動きが取れなくなったら、
まずは自分は何に悩んでいるのか、何が問題なのか、ということを
紙に書きだしてみる

これって、割と色々な人が色々な本で書かれていますよね。

これで一番有名なエピソードといえば、
やっぱり鉄鋼王・カーネギーの話しかと。

仕事やプライベートでたくさんの悩みを抱えて、
自分はもうダメだ。死ぬしかない。
カーネギーは自殺を決意し、遺書を書き残そうとします。

その時、自分はどれだけの悩みを抱えているのか
死ぬ前に紙に書きだしてみたら、
70個かそこらしかないということに気が付きます。

悩み抜いて死のうとしているくらいなのだから、
もっとたくさんの悩みがあるのかと思っていたのに、
紙に書きだしてみたら70個くらい。。

その後、カーネギーはその悩みを解決するために
・明日できること
・来週できること
・来月できること
・解決できないこと
に仕分けしたら、すっかり気持ちが落ち着いて
自殺するどころか、奥さんと一緒に食事に出掛けた

・・・というエピソード。

私もよくあるのですが、頭のなかだけで考えていると、
堂々巡りで同じコトを何度も考えたり、
悩んだりしたりするんですよね。
で・・・パンクすると(^^;;

少し話しは逸れますが・・・

昨年の夏にお友達から万年筆をプレゼントして貰ったことが
きっかけで、それからすっかり万年筆にハマったんですね、私。

随分と散財もしましたが(笑)、
万年筆にハマって何が良かったかといったら
ノートや紙に手書きで文字を書くことが楽しくなった、
ということです!

以前は何でもかんでもキーボドを叩いて
パソコンやタブレットなどに文字を入力していたのが、
今は先ず、ノートに手書きです。

実際に手で文字を書いていると、
この本にも書かれているように問題などが客観視できるようになるし、
不思議と文字を書いている時に何やらインスピレーションが
湧くことが多いんですよ。

デジタル全盛の昨今ですが、手書きの効用というのは
たくさんあると思うので、最近なんか手書きで字を書いてないなぁ、
という人は是非ぜひ試してみて下さい!オススメ!

■天の時を知る

やはり時の流れがあるのです。運命の巡り合わせが悪いときは、
その巡り合わせの悪さが解消されるまで、じっと我慢する。
これはけっこう重要なことなのです。(P68)

不思議と何をやってもうまくいかない時って、確かにありますよね。
逆に何をやっても、すいすいとコトが運ぶときもある。

昔の人もモノゴトを成功させるためには
「天の時、地の利、人の和」が大切、みたいな言葉を
遺していますが、やっぱり「天の時」ってあるんですよね。

私ごとで恐縮ですが・・・

以前、勤め先の社長に嫌われて左遷されたことがあるんですよ。
その時は頭に来て「こんな会社、辞めてやる」と思ったのですが、
当時の直属の上司から「まぁ、まぁ」となだめられて
「ここは一度、野に下れ。そうすればいつか返り咲く時もあるから」と
言われたのです。

実際、それから1年半後に社長自ら私のところへやって来て
「戻ってきてくれ」と言われたのです。

私が言うまでもなく、人生は山あり谷ありですから、
「時」が悪いと思ったら、じっと我慢して
次の機会を待つ。そんな生き方もアリかなぁって思うのです。

■最後は「友達力」!

危機的な状況を抜け出すのは結局、何人友達を持っているか
ということにかかっています。繰り返しになりますが、
それはフェイスブックの”友達”1000人ではなくて、本当に
信頼できる友達です。例えば、黙って金を出してくれて
痛みを伴う支援をしてくれる友達です。でも裏返して言うと、
その人に何かあったとき、こちら側も痛みが伴う支援が
できるかどうかということです。
(中略)
ホントに最後は友達力によって逆境を切り抜けるしかありません。
(P241)

古今東西、逆境時の友情について語った言葉って
たくさんありますよね。

例えば・・・

『黄金は熱い炉の中で試され、友情は逆境の中で試される』
by メナンドロス(古代ギリシアの喜劇作家)

『困難な情勢になってはじめて誰が敵か、誰が味方顔を
していたか、そして誰が本当の味方だったかわかるものだ』

by 小林多喜二(日本の小説家)

などなど・・・

我が身を振り返って考えてみても、自分が本当にどん底の時に
手を差し伸べてくれた人のことって、絶対に忘れないし、
それまで友達面していたのに、知らん顔して去っていった人のことも
絶対に忘れない。。

『真の友情』なんて言葉を使うとこそばゆいですけど、
そういうものって、まさに逆境の時に分かるし、生まれるような
気がします。

それから・・・

佐藤氏は「フェイスブックの”友達”1000人」は役に立たない。。
って書かれてますが、私が思うにフェイスブックの”友達”999人は
役に立たないかもしれないけど、もしかしたら1人くらいは
すごい助けてくれる友達かもしれない・・・と思うのです。

ネットで繋がっている人であっても、自分を助けるために
走り回ってくれる人はいる!
私の経験ですけど。。

要はバーチャル(ネット)でもリアルでも、
日頃の信頼関係が大切だということですよね。

もちろん、

自分が助けて貰うことだけを考えるのではなく、
相手(友達)に何かあった時に自分が痛みを伴うようなことで
あっても助けてあげるだけの覚悟があるか・・・ということも大切。

まさに自分も相手の友達も
「友情は逆境の中で試される」
・・・のだと思うのです。

おしまい。

 

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2015年03月26日

【「論語と算盤」渋沢栄一】成功や失敗なんてカスみたいなものだ!

「現代語訳 論語と算盤」
渋沢栄一:著
守屋 淳 :翻訳
筑摩新書

言わずと知れた古典的名著。
久しぶりに読み返してみたけど、やっぱり良い!

著者の渋沢栄一は「日本の実業界の父」と言われ、
生涯に500以上の企業や団体の設立に関わったという
すごい人です!

第一国立銀行(現:みずほ銀行)、東京証券取引所、東京瓦斯
帝国ホテル、サッポロビールなどなど
これら全て、渋沢栄一が設立に関わった企業というのだから、
まさに、現在まで続く近代日本の礎を創り上げたといっても
決して過言ではないですよね。

この本の中では「論語」の思想をベースに生きてきた
渋沢栄一の人生哲学が語られていて、
よくある論語の解説本とは一線を画した骨太の一冊です。

Amazonの内容紹介

日本実業界の父が、生涯を通じて貫いた経営哲学とはなにか。
「利潤と道徳を調和させる」という、経済人がなすべき道を示した
『論語と算盤』は、すべての日本人が帰るべき原点である。
明治期に資本主義の本質を見抜き、約四百七十社もの会社設立を
成功させた彼の言葉は、指針の失われた現代にこそ響く。
経営、労働、人材育成の核心をつく経営哲学は色あせず、
未来を生きる知恵に満ちている。

■「義」と「利」を一致させる

だからわたしは、『論語』を商売するうえでの「バイブル」として、
孔子の教えた道以外には一歩も外に出ないように努力してきた。
それによってわたしは
「一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益に
なる仕事をすべきだ」
という考え方を、事業を行ううえでの見識としてきたのだ。
(P164)

京セラの創業者、稲森和夫氏が第二電電(現:KDDI)を設立する時に
「動機善なりや、私心なかりしか」と繰り返し自分自身に対して
問いつめたとある本に書かれていました。

創業する時って(自分は経験ありませんが)、
第一に儲かるかどうかを考えるのがフツーのような気がするんですよね。

あるいは、企業経営の目的は?と訊かれたら
「利潤の追求」と答える人が圧倒的に多いような気がするのです。
(まぁ、私の勝手な思い込みかもしれませんが)

確かに企業って、利益を出さないと潰れてしまいますから
「儲け」は大切だと私も思うんですよ。

だけどね

それじゃ、儲かればなんでもいいのか?
ってことですよね。

話しは少しそれますが・・・

以前、新卒採用の仕事をしていて面接をしている時に
「なぜ、この仕事を選ぼうと思ったのですか?」っていう
まぁ、典型的な志望動機を尋ねる質問をすると

「お客さまに喜んで貰えると嬉しいから」
って、こたえる学生さんが、けっこういました。

まぁ、就活のマニュアル本に出てくるような模範解答なわけですが、
でも、そう答える学生さんの中には本当にそういう理由で
志望してくる人もいるんですよ。

私、思うのですが・・・

自分がしたことで、他の人が喜んでくれたら
やっぱり嬉しいじゃないですか?!

たぶん、「人に喜んでもらう」「人の役に立つ」っていうのが
仕事(ビジネス)の原点だと思うんですよね。

だけど、片一方で利益を出さないと会社としては破綻してしまう。

この本のタイトル「論語と算盤」って、
論語=道徳、算盤=お金勘定って読み替えると、
分かりやすくなると思うのですが、
要は、人としての正しい行いでもってビジネスをしていく、
そういう渋沢栄一の仕事に対する哲学を表していると思うのです。

「欲に目がくらむ」という言葉がありますが、
人ってお金が絡んでくると、つい間違った道に走ってしまうことって
あると思うんですよね。

仕事でも、私生活でもお金が絡んできた時こそ
いったん立ち止まって、
「人として正しい行いなのか?」ということを冷静に
考えてみることが必要なんだなぁと改めて思ったのでした。

■なんのために勉強するのか?

そもそも現代の青年は、学問を修める目的を間違っている。
『論語』にも、
「昔の人間は、自分を向上させるために学問をした。今の
人間は、名前を売るために学問をする」
という嘆きが収録されている。(P193)

小さい頃、思いませんでしたか?
なんで勉強しなくちゃいけないの?・・・って。
(私は勉強嫌いだったので、よくそんなことを思ってました)

なぜ、勉強をするのか?という問いに対して
よくある答えって、
テストで良い点を取って、良い学校に入り、一流の会社に入るため
・・・というもんじゃないですかねぇ、たぶん。。

今や一流企業に就職したからといって将来安泰!ってことは
ないのだけど、なぜか一生懸命に勉強することと一流の会社に
入ることはセットになっているような気がする。。のです。

以前、昭和初期の頃に出版された「修身教授録」を読んだ時にも
感じたことなのですが、
その本の中では、学問を修めて国の発展に貢献することを
勉学の目的にしているんですよ。

で、渋沢栄一も本書の中で学問を修め、自分を磨き、
国を栄えさせるという志を何度も語っています。

片や、いい学校に入って、いい会社へ入る
片や、この国を発展させるべく己を磨く
何なんだ、この差は?!

私が以前に務めていた会社の社長がよく社員を相手に
「大きく考えて、大きく行動せよ」ということを
よく話していたんですね。

その言葉を聞く度に、私自身の考えのスケールの小ささを
痛感していたものです・・・orz

勉強の目的一つをとっても、今は小さくまとまってしまっている人が
多いのかもしれませんね。
特に若い頃はもっと天下国家を論じるくらいの気概があっても
良いのかも・・・そんなことを感じました。

■成功や失敗なんてカスみたいなものだ!

一時の成功や失敗は、長い人生や、価値の多い生涯における
泡のようなものだ。ところがこの泡に憧れて、目の前の成功や
失敗しか論ぜられない者が多いようでは、国家の発達や成長が
思いやられる。
(中略)
成功や失敗といった価値観から抜け出して、超然と自立し、
正しい行為の道筋にそって行動し続けるなら、成功や
失敗とはレベルの違う、価値ある生涯を送ることができる。
成功など、人として為すべきことを果たした結果生まれるカスに
すぎない以上、気にする必要などまったくないのである。
(P220)

いやいやいや〜、なんだか衝撃的な文章です。。!

いかにして人生の「成功」をつかみとるか?!
そんな本が溢れる中で、
成功や失敗なんてカスだ!・・・ですからね。。
身も蓋もないじゃん!

私は最初、これが何を言わんとしているのか
実は余りよく理解できなかったんですね。
(今も・・・かも知れないけど)

でも、

たぶん

こんなことを言いたかったんじゃないかなぁって
最近になって思うようになったのです。

「成功」とか「失敗」って、時の運に左右されることが
ありますよね。

頑張って努力したのに、うまくいかず失敗してしまう。
反面では、たいして努力もしていないのに、スルスルと
時の流れに乗って成功してしまう。

だからこそ、努力したからといって必ず報われるとは
限らない。。。って戯れ言もでてくる。

だけど

お金持ちになった!有名になった!恋が成就した!
「成功」も「失敗」も、ある意味「結果」じゃないですか。

たまたま成功したのかも知れないし、
たまたまうまくいかなかったのかもしれない。。

そんな偶然や運に左右されるようなものに、大きな価値はない!

それよりも大切なのは、

人として正しい考えをもち、正しいことを行って
自分の為すべきことをきちんとやることだ。。

そのような生き方をすることが、きまぐれな「成功」や「失敗」
なんかよりも遥かに価値のあることだ・・・

たぶん、そういうことなんじゃないかって思うのです。

◇最後に・・・

人として「正しい」考えを持つ
人として「正しい」行いをする

そんなふうに書くと、「正しい」ってなんだよ!
人生に於いて何が正しいかなんて人それぞれの価値観で
ちがうだろ?!・・・と、思われるかもしれませんね。

確かにその通りだと思います。

渋沢栄一にとって「正しい」の拠り所は『論語』つまり孔子の教えです。
ご存知の方も多いかと思いますが、『論語』は2,500年以上も前に
書かれたものです。

それが、この現代まで延々と読み継がれてきている。

歴史上の人物でも論語に影響された人って大勢いる。
あの有名な徳川家康の遺訓
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」も、
その殆どが論語に書かれていることがベースとなっていって
いわれてます。

それだけ長く、多くの人に読み継がれてきたのは、「論語」には
人生や生きるうえでの何か普遍的なものが書かれているから、
だと思うんです。

それが正しいのか、正しくないのかは
もう読み手が信じるかどうか・・・なんですけど。

ただ・・・ひとつ思うのは・・・

わたしは常に、精神の向上を、富の増大をともに進めることが
必要であると信じている。人はこの点から考えて、強い信仰を
持たなければならない。(P47)

渋沢栄一にとって「論語」は文字通り、より良い人生をおくるための
バイブルであり、信仰の対象だったのではないかと思うのです。

そして、「論語」の通りに考え、行動した結果、
生涯に500以上の企業、団体の設立に携わり「日本の実業の父」と
呼ばれるほどの偉業を成し遂げたのです。

人生を生きていくうえで、指針となるような考え方や哲学を学び
実践していくことが、どれだけ大切なことなのかが分かります。

色々な本をあれこれ読むのも大切。
だけど、
座右の書をもち、そこから考え方、在り方を徹底的に学ぶことも
大切だと思うのです。

この本は渋沢栄一が論語から何を学び、どのように考え、
どのように生きてきたかを知るには、最適な一冊ではないかと思います。

長々と最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

 

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書) -
現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書) -

タグ:論語
posted by penguin-oyaji at 22:22 | Comment(0) | 読書(自己啓発) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月19日

【「保護者の心をつかむ「言葉」のルール」栗田正行】先生だけが読むのはもったいない!

 

「保護者の心をつかむ「言葉」のルール」
栗田正行:著
東洋館出版社


この本は一般のビジネスパーソン向けの本ではなく、
学校の先生に向けて書かれたものです。
でも、「私、先生じゃないから関係ないけんね」と
スルーにはあまりに勿体ない!
私も先生じゃありませんけど、この本を読んで
いくつもの気付きがありました!

Amazonの内容紹介

本書は、保護者との関係を築く鍵となる「PARENTSの法則」、
保護者をファンにする話し方、保護者が思わず読みたくなる書き方
など、「言葉」にまつわる技術が満載! また、保護者会、
三者面談などの機会における「記憶に残る場のつくり方」についても
余すことなく紹介。これを読めば絶対に保護者から信頼される!

この本は著者のマロン先生こと栗田正行氏からプレゼントして
いただきました。ありがとうございます m(_ _)m

■保護者は遠距離恋愛の恋人

保護者は遠距離恋愛の恋人と同じです。
(中略)
年に数回しかない保護者と対面するシーンにおいて、私たち先生は
記憶に残る「場」を提供すべきだというのが私の考えです(P114)

この本を学校の先生じゃなくても参考になる!って
上の方で書きましたが、例えばこの「保護者は遠距離恋愛の恋人」
という文章。

私はこれを読みながら『保護者』を「取引先様」または「お客さま」って
置き換えて読んだのです。

ビジネスパーソンとして仕事をしている中で、年に数回しか
お会いしない方っていますよね?
そういう人とお会いする時って、今までどれくらい気を遣って
お迎えしていたかなぁ?って、すごく反省させられたんですね、私。

たぶん・・・それなりには気を遣ってはいたと思うのですが、
『記憶に残る』ようなことまでは考えていなかったのではないかと。。

話しが少しそれますが・・・

「人の振り見て、我が振り直せ」っていう言葉があるじゃないですか。

私が思うに、人間って自分のことよりも他人の言動の方が
色々なことに気づくんじゃないかって、思うんですよ。
(自分がやっていることって、案外と人からどう見られているか気づかない)

この本を読んでいて私が一番感じたのは、
自分とは全く縁が無い世界の話しだからこそ、気づくことが多い!
ってことなんですよ。

先生向けの本なのだけれども、だからこそ客観的に見たり考えたりできる!
書かれている内容を自分に引き寄せて読むことで、
多くの気付きを得ることができたんです。

今まで自分とは直接関係ないから・・・という理由で
異業種、異業界の本って殆どスルーしてましたけど、
この本を読んで、違う世界の本を読むことも勉強になるなぁって
改めて思いました。

■「考えること」と「書くこと」

「アナログで思考を引き出す、まとめる」という作業をしてから
パソコン(デジタル)で書くと、スピードも内容も格段に向上します。
これは手を動かし、実際に紙に書く方が考えやすいことをある本で
学んだことがきっかけです。
(中略)
ある意味、パソコンに入力、つまり書くのは作業です。ですから
「考えること」(思考)と「書くこと」(作業)は分けるというのが
私なりの考え方です。

学校の先生も「学級通信」とかで「書く」という仕事があることから
この本の中でも、いわゆる「書く技術」みたいなことが書かれています。
一般的な(という言い方でいいのかな?)ビジネスパーソンも
「企画書」や「報告書」を書くことがあると思うので、
そういう面でも役に立つかなぁ、と。

私が一番、「そうや!」って思ったのが上の引用部分。
「考えること」(思考)と「書くこと」(作業)は分ける!
というやり方です。

私もちょうどこの本を読むのと前後して、ブログを書く前に
ノートに手書きで骨子というか、書きたい内容を手書きで書くように
したんですね。

手書きで自分の思考を書き出す効果というのは、
けっこう、色々な本で触れられていたりはするのですが、
実際に自分でやってみると、その破壊力は凄まじいです!

文字を綴りながら、あれこれ書いていると
「おぉ〜!自分はこんなことを考えていたんだ!天才じゃなかろうか?!」
という場面が何度も起こるのです!
(私が天才かどうかはともかく・・・というか天才じゃないけどね)

これってたぶん・・・実際に手を動かして紙に字を書くことで
脳が刺激されているんじゃないかって(勝手に)思ってます。

「考えること」(思考)と「書くこと」(作業)は分ける

これって、マジでおすすめですよ。

■苦手な相手は・・・

いつだって苦手な相手は、自分がこれから成長するために欠かせないものを
運んできてくれるということです。神様の悪戯としか思えないかもしれませんが、
これは紛れもない事実です。
(中略)
「この方は、今の自分に足りないものを教えてくれているのだ」と思えば、
苦手なのではなく、まだ対処したことがないだけど思えます。
(P171)

先生と保護者というと、最近よく耳にする「モンスターペアレント」とかを
思い浮かべてしまいます。

けれど、この本の中でマロン先生は
「モンスターペアレントはいない」と繰り返し書かれています。

最初は「またまた、そんなキレイゴトを」って思うかもしれませんが、
この本を読んでいると、「モンスターペアレントはいない」という言葉の
真意が分かってくるのです。

私の場合だと、小売りの店頭やホテルフロントや飲食店で仕事をしている時に
何度か、いわゆる「クレーマー」というようなお客さまと遭遇してしまった
経験があります。

中には最初から「クレーム」をつけること、
そして何かオイシイ思いをしようと企んでいる正真正銘のクレーマーも
いましたが、でも、大半は相手の真意をつかまないまま、
お店の都合で対処してしまってクレーマー「化」させてしまっていることが
殆どのような気がします。

また、そういうクレーム絡みじゃないにしても、
仕事や日常の人づきあいの中で、
何となく苦手!っていう人はいたりしますよね。

私なんて基本的に「ヘタレ」なので、苦手な人からは逃げる!避ける!
というのを自分の行動方針にしてます!(苦笑)

でも、仕事の場に於いては「あの人はちょっと苦手だから・・・」なんて
言ってられないじゃないですか。

その時に、どう考えるか?

いつだって苦手な相手は、自分がこれから成長するために
欠かせないものを運んできてくれる

よく言われることではありますが・・・
どんな相手、それが苦手な相手であっても学ぶべきところはあるワケで、
そこで逃げたり、避けたりせずに学ぶことができれば自分の成長の
機会にもなる・・・ということですよね。

結局、人は人によって磨かれるのかもしれませんね。

心に留め置きたいと思いました。

◇最後に・・・

この本の著者、マロン先生こと、栗田正行氏はビジネス書もたくさん
読まれているし、ビジネスパーソン向けの講演会やセミナーなどへも
参加されているそう。

で、そこで学んだことを教育の現場に応用して
きちんと成果をあげられているんですね。

本を読んだら、読みっぱなし。
講演会で話しを聞いて感動しても、それで終わり。

まぁ、割とよくある話しで、私は確実にこのパターン!(^^;;

だから、この本を読みながら、
なるほど、こうやって現場で実践してるんだ!とか、
この法則は、こうやって使うのねとか、
随分と勉強させてもらいました。

一部で「意識高い系」とかって揶揄されたりもしてますが、
ビジネス書を読んだり、セミナーに参加して一生懸命に勉強するけど
勉強すること自体が目的化してしまって、
実際の仕事の場で、きちんと成果に結びつけている人って
(たぶん)そんなに多くはない・・・って思うんですね。

学んだら、実践しないと意味がない!

あっちこっちで言われていることですけれど、
この本の内容から、改めてその大切なことを
教えられたような気がしました。

おしまい。

タグ:栗田正行
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2015年03月12日

【佐藤優「人に強くなる極意」】人生の難所を乗り切るための指南書


「人に強くなる極意」
佐藤優:著
青春新書

凡そ人生の悩みの大半は人間関係についてのもの・・・
何かに書いてあった言葉だけど、確かにその通りかなぁと思う。
実社会においても、家族の間であっても、
人間関係の悩みは尽きない。。

この本、タイトルを見るとそういう人間関係の問題解決について
書かれたように思うけど、実際に読んで見ると書かれている範囲は
もう少し広くて、変化の激しい世界の中でこれからどのように
生きていくべきか・・・そんな人生論がまとめられているように
感じました。

著者の佐藤優氏はご存知の方も多いと思いますが、
元外務省主任分析官で、いわゆるインテリジェンスの世界で
活躍されていた方です。鈴木宗男事件(という言い方でいいのかな?)で
背任と偽計業務妨害で逮捕、起訴された後に作家へと転身された方です。

逮捕、起訴といっても決して悪いコトをしたワケじゃないんですけどね。
詳しくは佐藤氏の著書「国家の罠」に詳しく書かれているので、
興味のある方は併せてそちらもどうぞ。

Amazonの内容紹介

どんな相手にも「ぶれない」「びびらない」「怒らない」――。
ビジネスでも人生でも、人と相対したときにどう振る舞えるかが
結果を大きく左右する。いつでも最高のパフォーマンスをするには、
どんな心持ちでいることが重要なのか。外国の要人、日本国首相、
そして特捜検察などに対してギリギリの交渉力を発揮してきた著者が、
現代を“図太く"生き残るための処世術を伝授する。

■「怒り」と上手に付き合う

感情的な怒り、ドッと湧き出してくる怒りを完全になくすことは
まずできません。(中略)ただし、感情が湧き出ることは抑え
られなくても、それを別な方に向ける回路を組み込むことは
できます。(P35)


物事を引いた目線で俯瞰してみる。すると怒っている自分を、
もう一人の自分が客観的に見ているという構図が生まれます。
この構図ができると、怒りで我を忘れるという神がかり的な
状態にはまず陥らずにすむでしょう。(P36)

喜怒哀楽っていう人間の感情って、自然に湧き上がってくるものだから
「よしっ、私はもう怒らない」とか、
「もう悲しむのはよそう」って思っても
その感情を自分の思いのままにコントロールすることって、
まず出来ないんですよね。ムリ!

大切なのは感情の発生をコントロールすることではなく、
その感情に突き動かされるままに行動してしまうのではなく、
自分を客観視することで冷静になり、行動をコントロールすること、
・・・なんですよね。

ただ・・・

「怒り」とかって、ものすごく強いエネルギーを持ってるじゃないですか。
だって、場合によっては人の命さえ奪ってしまうくらいですから。

これは、経営コンサルタントでビジネス書作家の神田昌典さんの本に
書いてあったことなんだけど・・・

怒りが持っているパワーをマイナスの方向に使うのではなくて、
プラス方向に使うと、すごく大きな力を得ることも出来る。。

例えば、私の経験談ですけど。。

社会人になりたての頃、当時の上司っていうのが、社内で一番怖い!と
評判の人だったんですよ。

だからか、そりゃもう毎日のように怒られていました>私。
朝、出社すると先ず「おい」と呼ばれ、
上司の机の前に長い時で1時間くらい立たされて
すげー勢いで怒られる!

ある時は「お前さんは大学を出たのに、コピーひとつ満足にとれないのか!」
と、怒鳴られて・・・悔しくて情けなくて・・・会社の中で不覚にも
涙を流して泣いてしまった・・・なんてこともありました(遠い目)

で、思いました。

絶対に仕事が出来るようになって、いつかアイツ(その上司)を
見返してやる!って。

よく「悔しさをバネに・・・」って言いますけど、
当時の私のモチベーションの源泉は、その上司に対する怒りというか、
悔しさでした。

まぁ、おかげさまでその後、何とか人前に出ても(あまり)恥ずかしくない
イッパシの社会人になれたのですが。。

えっと、何が言いたかったかというと、
「怒り」も上手に使えば自分の成長のパワーに変えられる、ってことですね。

■「幽霊の正体見たり枯れ尾花」

もし皆さんの周りにびびってしまう相手がいたら、そんな時ほど
相手をよく見ることです。怖がって目をそらしたり無視することが
一番いけない。そうすると相手が見えなくなり、見えなくなるからこそ
ますます恐怖感が大きくなる。(P57)

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という有名な故事がありますね。
幽霊かと思ってよくよく見てみたら、ただの枯れたススキだった・・・
それから転じて、怖い怖いと思っていると何でもないものまで、
怖く感じる。(正体を知れば、なぁんだ、ということになる)

人って、よく分からないもの、見えていないものに対して
恐怖とか不安を感じるものなんですね。

で、よくよく考えると、相手の正体をよく調べもせずに盲目的に
怖がったり不安に思っていることって
自分の身の周りでもよくあるなぁ、って思いました。

例えば・・・

テレビの情報番組などを見ていると、
「健康」とか「病気」について特集していることって
よくあるじゃないですか。

お医者さんや医学生でもない限り、自分の身体の仕組なんて
そんなに詳しくはないじゃないですか。

だから、「こんな生活をしていると」「こんなものばかり食べていると」
病気になっちゃいますよ。と言われると、ちょっと不安になる。

そして

「だから、こういう生活習慣を心掛けて下さい」とか、
「こういう食べ物が身体に良いから食べてみて下さいね」
と言われると、ついつい信じてしまって
翌日スーパーに買いに行ってしまう(笑)

一見、すごく有益な情報を教えてくれているように見えるけど、
これって、よくよく考えると

相手がよく知らないであろうところを狙って不安を煽る
  ↓↓↓
解決策を提示する
  ↓↓↓
購買意欲を煽る

という、実に良く出来たマーケティングの手法であったりも
するんですよね。

この本の中でも

相手を不安にさせて購買意欲を煽る現在の消費社会では、
つねに自分が何に対してびびっているのか意識するとともに
それが仕掛けられたものでないかどうかを検証することが
肝要です(P61)

と、あります。

マスコミの情報を鵜呑みにして盲目的に不安になるのではなく、
きちんと自分で「本を読む」「ネットで情報を集める」
「詳しい人に話しを聞く」などすることで、
もしかしたら、スーパーに買いに走らなくても済むように
なるかもしれませんよね。

■断らない力

同世代や同僚とは上手くコミュニケーションがとれるが、自分より
上の世代や上司とは上手く会話できない。昔のような”飲みニケーション”
の時代は終わったにしても、時には自分と全く話しがかみ合わない
ような異質な人たちと話してみる。これも大事な「断らない力」だと
思います(P134)

上司って食事やお酒の席に部下を誘うのも、けっこう気を遣うんですよ。
(少なくとも私はそうでした!)
なのに!断るヤツがいるんですよ(プンプン)

まぁ、そんな私の話しはどーでも良いとして、

自分の世界に閉じこもって、異質の人とあまりコミュニケーションを
とらない人って確かにいますよね。

そりゃ、自分と同じ趣味、同じ価値観の人とお付き合いしている方が
楽しいし、気持ちもラク。

だけど

それだと、自分の世界が拡がらないんじゃないんですかねぇ〜?
って、よく思う。

時には敢えて「アウェイ」の場に出て行くのも楽しい!って思うんですよ。
もしも、いきなりは恥ずかしい〜というのであれば、
ツイッターで違う世界の人たちをフォローしてみるのも
ひとつの手ですよ。

例えば・・・

昨年の夏。お友達から一本の万年筆をプレゼントして貰ったことで
そこからドップリと万年筆の世界にハマったのですが、
その時に、ツイッターで万年筆とかインクのことを呟いている人を
探し出して、フォローしまっくったんですよ。

で、その人たちのツイートを追いかけてみると、
なるほど、こーいう楽しみ方があるのか!とかっていう
新たな発見があってますますハマるという(笑)

で、面白そうな人や何となく気が合いそうな人がいたら
リプを送ってみる。それで、お友達になる。
(いつかオフ会できたらいいなぁ)

あるいは、万年筆関係のイベントに行ってみたら、
そこから新たなお付き合いが始まったなんてコトもありました。

ちょっと前の私って、読書好きな人、その中でも特にビジネス書とか
自己啓発書をよく読む人とのお付き合いが主だったんですが、
別の世界の人のツイッターを読むと、まるで違う価値観があって
すごく面白いです!

「チャンスは人が連れてくる」っていう言葉もありますが、
自分で壁を作らないで、色々な人と話しをしてみる、
付き合ってみるというのは大切だと思うのです。

◇最後に・・・

この本、200ページちょっとの新書なんですけど、そこに
・怒らない
・びびらない
・飾らない
・侮らない
・断らない
・お金に振り回されない
・あきらめない
・先送りしない
という8つのテーマが押し込まれているので、読んでみると
ちょっと物足りない・・・と感じる部分もある。

だけど、裏を返せば著者、佐藤優氏の考え方や行動規範などの
言ってみれば「核」となるものが書かれていると思うので、
とても分かりやすいし、読みやすかったと感じました。

それに加えて、随所に外交官時代の要人との交渉や
拘置所に留置されている時の体験談も書かれているので、
ある意味「読み物」としても楽しめました^^
おしまい。

   

 

 

posted by penguin-oyaji at 22:40 | Comment(0) | 読書(自己啓発) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

【「なぜ、はたらくのか 94歳・女性理容師の遺言】幸せな人生をおくる秘訣がいっぱい!

なぜ はたらくのか

「なぜ、はたらくのか 94歳・女性理容師の遺言」

加藤 寿賀:著
主婦の友社(Kindle版)

この本の著者は94歳で亡くなられるまで働き続けた
女性の理容師。有名人でもなく新橋のガード下の
理容店で働いていた市井の人。

だけど、本書の中で語られている言葉はどれも
人生に根ざした深く示唆に富む言葉ばかりでした。

タイトルに「なぜ、はたらくのか」とあるけど、
内容は仕事論だけでなく、いかに生きるべきかという人生論。
長い人生をどのように生きれば幸せでいられるのか、
そんな生きる智恵が詰まった一冊でした。

Amazonの内容紹介

東京・新橋駅のガード下、わずか6坪の理髪店がある。
「バーバーホマレ」。1953年の開店以来、ずっとハサミを
握り続けた一人の女性・理容師がいた。加藤寿賀、享年94歳。
15歳で理容師修行を始めてから94歳で亡くなるまでハサミを
置くことはなく、関東大震災、第2次世界大戦を生き抜き、
はたらき続けた彼女の残した、魂の言葉。
「自分のために働くとか、夢のために働くなんて、とんでもない。
人さまのために働くのです。端を楽させるために働くから、
『はたらく』なのです」

■「はたらく」は「端を楽にさせる」こと

人間はなぜ、はたらかなくてはいけないか?  
それは「端を楽させる」ためなんです。  
つまり、「はたをらく」に、で「はたらく」。  
周りの人たちを楽させる、楽しませるためにはたらくということ。  
自分のためではなく、人のため。
人間として、はたらかないと、人生何の意味もないのです。

私は最初に就職した会社の社長から
「仕事っていうのは、人さまのお役にたつことだ」
と言われて育ってきました。

その社長の言葉、当時は何となく頭では理解しても
心に落ちてこなかったんですね(まだ若かったからね)

でも、今は何となく言葉の意味が理解できるような気がしてます。

「なぜ働くのか」
その質問に対して「生きていくため(生活していくため)に
お金が必要だから」と答える人が多いと思う。

確かにその通りだし、否定もしない。

だけど、お金のためだけじゃないとも思うんですよ。

お金のためだけに働いていると、何処かで行き詰まってしまうような
気がしてならないんです。

人の役に立っている。
ありがとうと言って貰えて嬉しい。
そういう自分以外の誰かのためになっている、そう実感できる瞬間が
必要なんじゃないかという気がするんです。

「はたらく」は「端を楽にする」。
自分以外の誰かを楽にする、つまり自分以外の誰かの役に立つこと。

■イライラしたら心の中で十かぞえる

相手の言葉にイライラしたら、頭に浮かんできた言葉は呑み込んで、
十数えること。最初より、きつくない言葉が出てくるはずです。

すぐに思いついた言葉を出さない、「売り言葉に買い言葉」を
しないということを学びました。  とにかく十数えてごらんなさい。  
何かが変わるはずです。

誰かの言葉や態度にイライラすること、よくありますよね。
ついカッとなってしまって、汚い言葉で返してしまい
その後「あ〜」となって落ち込む。。私なんてしょっちゅうです。。

あるいは、言葉に出さないまでも
心の中に怒りの感情を溜め込んでしまうことも。

そんな時にどーするか?

この本を読んでから私がやっているのは、
イライラ、ムカムカでネガティブな言葉を吐きそうになったら、
先ずは心の中で「1、2、3・・・・10」と数えて、
最後に「まっ、いいか」と言って悪い感情を手放す。

そうすることで冷静さを取り戻し、ネガティブな感情を
コントロールできるようになります。

割とよく効くので、オススメです!

本当は何を言われても動じない、そんな強い心があれば
いいのでしょうが、私はそんなにデキタ人ではないので、
悪い感情が出てきてしまうのは仕方がないと諦めました。

その代わり、その悪い感情をいかに早く手放すか、
そっちの方が大事かなぁと、最近は思うんです。

■愚痴

愚痴をこぼしている本人は、持っている徳を愚痴と一緒に
ぽろぽろこぼしてるんだから、もったいない話です。

言ってもしょうがないことは、黙って我慢すること。
またはその状態を受け入れられるように、
自分の心を変える努力をすること。

よく自己啓発系の本を読んだりすると、
「愚痴るな!」って書いてあるじゃないですか。

でも、私は「別に愚痴ったっていいじゃん!」って思うんですよ。
ちゃんとルールさえ守れば・・・

そう、愚痴るにもルールがあると思うんです。

辛い時に親しい人を相手に言っても仕方ないことだと
分かっていても話しを聞いて貰いたい時ってありますよね。

こういう時、たいていの場合は
「ちょっと話しを聞いて貰いたいんだけど・・・」と言った時点で
話しをする側もされる側も「さぁ、これから愚痴を言うぞ(言われるぞ)」
という了解が相互に成り立っていることが多いと思うんですね。

だから、よほど非常識に度を越さなければ、
そして、愚痴った後は気持ちを切り替えて前向きになれれば、
たまには愚痴をこぼしても良いと思うんですよ。

心に溜め込んでしまって、爆発させちゃうよりも
ほんの少し誰かの力を借りて、吐き出ししまった方が
良い場合だってある。

いけないのは・・・!

「いつでも」「何処でも」「誰にでも」愚痴を言うこと。
時と場所と相手を選ばない愚痴は、無差別テロと同じで
迷惑この上ない!

だから、これは絶対にNG!・・・だと私は思います。

◇最後に・・・幸せな人生を過ごすためのヒント

この本に書かれているコトって、その殆どが自己啓発本に
よく書かれているコトと同じだと思うのです。

当たり前のことが書いてある。

だけど、新橋のガード下でコツコツと働き続けてきたお婆さんが
自分の実体験と重ね合わせて、自分の言葉で語っているからこそ
心に響く。

関東大震災、あるいは第二次世界大戦。
そんな人生の修羅場での実体験も綴られています。
だけど、「時代が悪かった」なんて弱音はどこにもない。

今の世の中悪い悪いって言いますけど、戦争に比べたら小さいこと。
だって、不景気だからって、弾は飛んできませんから。

これを読むと、今の私たちが「時代がぁ」「政治がぁ」「会社がぁ」
とか言ってるのが何だか恥ずかしくなりますよね。

人生って、本当に色々なことが起きるじゃないですか。
一筋縄ではいかない。。

そんな人生を前向きに明るく生きるためには
どうすればいいのか?どう生きればいいのか?
この本にはそういうヒントがいっぱい詰まっているように感じました。

逆に考えれば、そういう生き方、考え方がちゃんと出来ていたからこそ、
著者の加藤 寿賀さんは94歳で亡くなるまで現役で元気に働き続けることが
できたんじゃないかなぁって思うんですよ。

私、この本を読み終えてこんなふうに思いました。

この本で語られているお婆ちゃんの言葉から
一つでも二つでもいいから自分で出来るようになって、
少しでもいいから、次の世代に語り継いでいきたいな、って。

そうすることが、この素晴らしい本を私たちに遺してくれた
お婆ちゃんへの恩返しになるような気がするのです。

おしまい。

 

posted by penguin-oyaji at 21:25 | Comment(0) | 読書(自己啓発) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月20日

【「会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから」】会社が消えても、人生は終わらない


「会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから」
大西康之:著
日経BP社


どういう経緯だったのか分からないのだけど、
私が小学生の頃、我が家の家電製品はその殆どが三洋製品で
よく近所の三洋ショップのおじさんが我が家にやって来たりもしていた。

しかし、ご存知のように既にSANYOというブランド商品は存在しない・・・
この本は大きくは三洋電機が無くなるまでの物語と、
三洋電機が消滅したその後の元・社員たちの物語の二部構成になっている。

実はこの本、昨年の夏くらいに買ったのだけど、
なかなか読むことが出来なかったのだ。

というのも、

私自身も数年前に「会社が消えてなくなる」という三洋電機と
同じような体験をしてきているので、
この本を読んでいると、その当時のあまり思い出したくないようなことまで
いちいち思い出してしまうから。。

でも、読後感としては「暗い気持ち」になるどころか、
よしっ!俺も頑張らねば!と
前向きな気持ちにさせられるものだった。

三洋電機という”会社”は確かに競争社会の中で消滅してしまったが、
そこで働いていた元・社員たちは「敗れざる者たち」であったことが
この本の後半部分で描かれているのだけど、
それが私に勇気を与えてくれたのだと思う。

Amazonの内容紹介

たとえ今の職場がなくなっても、人生が終わるわけではない。
では、どこに向かって次の一歩を踏み出すか。
かつて三洋電機に在籍した人々のその後の歩みは、貴重な示唆に
富んでいる。重苦しいテーマを扱いながら、本書が「希望の物語」
となっているのは、そこに会社を失ったビジネスパーソンの明るく
たくましい生き様が垣間見えるからだ。

■それでも会社を、仕事を、愛す

トップの突拍子もない思い付きを、現場が脂汗を流して
何とか形にすると、それがトップの武勇伝になる。会社の
「成功物語」というのは、えてしてこんな風に作られる。
(P199)

多くの「元三洋電機社員」に取材してみてわかったことがある。
彼らはよく、敏のことを「あほな親父」「しょうもない親父」と
罵るが、その時、たいていの人は楽しそうに笑っている。
「うちの親父は、ほんまにあほで。困ったもんですわ」という時の
息子の顔である。あほな親父を愛しているからだ。
(中略)
「井植敏は有能な経営者だったか」と問われれば答えは「否」である。
だが、社員に愛され、社員の馬力を引き出したという意味では
「立派な経営者」である。敏は極めて日本的な「担がれるタイプ」の
トップだったのだ。(P241)

※井植敏(いうえ さとし)三洋電機株式会社の元社長、会長で
 創業者、井植歳男の長男

この本の特に後半部分を読んでいると、
三洋電機という会社を、そして井植敏という元経営者のことを
本当に愛していたんだなぁ、と感じられる元社員が何人も登場する。

トップの経営判断のミスで会社は切り売りされ、
自分たちは愛していた会社から放りだされた・・・にもかかわらずだ。

親父(社長)に恥をかかせたらいかん!
そう言って孝行息子たち(社員)が一致団結して会社を支える。

まぁ今は少なくなってしまったのかも知れないけれど、
これがよくある日本企業の姿だったのではないかと思う。

それだけ自分たちの親分(経営者、社長)に魅力があったということだと
思うし、いわば家族にも似たような繋がりが社内にはあったということだ
とも思う。

詳細は省くけれど、三洋電機の経営が傾き、金融会社に切り売りされ、
パナソニックという大企業に飲み込まれていくというストーリーを
読んでいると、「(あほな)親父と孝行息子たち」という日本型経営が
グローバリズムだとか新自由主義だとかの新しい経営に敗れ去っていく・・・
そんな姿が目に見えるような印象を受けた。

そう、三洋電機という会社が特別なわけではなく、
これと同じようなストーリーを辿り、憂き目を見た日本企業は
あっちこっちにある筈だと思うし、今もそのストーリーは日本の何処かで
展開されているのかも知れない。

社会環境が変わってしまった今、そういう新しい経営を
受け入れざるを得ないのかも知れない・・・

しかし、「だけど・・・」とも思う。

三洋電機だけではない。あらゆる電機メーカーが、投資家に背中を
押されて採算の悪い事業を切り捨てた。主力製品の生産拠点は続々と
海外に移り、国内の雇用はどんどん減っていく。残った仕事もコスト
削減のため、正社員ではなく派遣や請負の社員に任せていった。利益の
多くは海外現法が稼ぐようになり、日本ではろくに税金も納めていない。
経営者の顔は投資家の方ばかりを向き、雇用や納税といった企業の義務を
忘れているように見えた。
「わしらは投資家に魂を売っとるんと違うか」(P231)

この言葉を負け犬の遠吠えととるか?
それとも、会社とは本来どんなものであるべきなのか?と問い直すか?

そして・・・

新しい社会環境の中で自分はそれでも会社を、仕事を愛せるか?

そんな問いをぶつけられたような気がする。

■逆境、苦悩、対立、修羅場

昨日まで仲間だと思っていた人々が敵に変わっていた。
誰もが「パナソニックの傘下」という新しい環境で生き残るために
必死で、ぎすぎすしていた。(P254)

会社がなくなる
会社が買収されてしまう

買収先の会社に(運良く?)転籍できるとしても、
「あぁ、そうですか」とカンタンに割り切れるわけもなく、
いったい自分はどうなってしまうのか?そんな不安に苛まれ、
昨日までの仲間が敵になってしまう・・・
それまでの人間関係があっという間に壊れていく・・・

会社が売却される時、その内部ではある意味ドロドロの人間模様が
繰り広げられているわけですよ(私も経験しました)。

この本の中でセクハラ疑惑をかけられ、会社を辞めさせられた
元営業幹部のことが書かれているのだけど、
本当に無念だったろうと思う。。

映画「タイタニック」をご覧になられた方は思い出して欲しいのだけど、
沈没シーンでは我先にと救助船に乗り込もうとする人々の姿が
描かれていましたよね。まさしく修羅場でしたね。

会社がなくなる(売られてしまう)時もあれと同じだと思うんですよ。

誰もが自分の次の居場所を確保するために必死にならざるを得ない。。
だから、昨日までの仲間が敵になってしまうようなことも起こってしまう。

でも、だからと言ってそれを責めたり、嗤うことは誰にも出来ないと
思うんですよね。。

もちろん!

最後まで演奏をやめなかった楽団員のような人もいると思うけど。

人事部長を務めた5年間は岡本にとって悪夢の時間だった。仕事の9割が
リストラ、平たく言えば「首切り」だったからである。
(中略)
もちろん経営陣の指示でやったことだ。サラリーマンの岡本に逆らう術は
なかった。それでも、当時の記憶は岡本の心の中で深い傷になっている。
ネットの掲示板には実名で誹謗中傷を書かれた。
自宅には家族に見せられない
ような手紙が来た。駅のホームでは背後が
気になり、最前列に立てなくなった。
(P258)

リストラでクビを切られる方も必死だけど、
クビを切る方も必死なのだ。

実は私も数年前には、クビを切る側で仕事をしていた。
もちろん、三洋電機と比べれば全然規模は違うのだけど、
それでも、人の職を奪ったことに変わりはない。

だから、この元人事部長の気持ちは痛いほど分かった(ように思う)

気持ちが分かるというのは、クビを切る痛みのことだけではない。。
例えば、こんなことも・・・

本社の人事部長をしている時、岡本はリストラの絵を描く傍ら、
中途採用に力を注いでいた。
「現実逃避ですよ。何か少しでも前向きなことをやっていないと、
心のバランスが崩れてしまう。人事の人間はみんなそうでした」
(P263)

そう、私も自分の会社というか事業部の売却が決まる寸前まで
採用活動をしていたのだ。

当時、一緒に役員をしていた先輩からは
片一方で人を切りながら、もう片一方で採用するって
どう考えても矛盾してるじゃないか!と何度も指摘された。

今から思えば、その時に私が採用したせいで人生計画が狂ってしまったり、
思わぬ買収劇に付き合わされてしまった人がたちが
何人かでもいることに心が痛むのだけど、
その当時の私はやはり元人事部長と同じ。

何か前向きなことを考えたりやったりしないことには
自分自身が圧し潰されてしまいそうだったのだ。

■会社が消えても人生は終わらない

三洋電機という船から放りだされた約9万人の人々も、どこかで
働いている。会社は消えても、人生は終わらない。そこから始まる
新しい人生があるのだ。(P5)

「会社が消える」という絶望的な状況から立ち上がった人々の
物語は、現在進行形で困難な状況と闘っているすべてのビジネスマンに
勇気と希望を与えるだろう。
彼らの「再生」は、かつての強さを取り戻す「復活」ではない。
しかし、厳しい現実と折り合いをつけながら、彼らは「新しい人生」を
つかみ取った。(P6)

最初にも書いたように、この本の後半部分では三洋電機という大型船から
放りだされてしまった人たちがその後、どのような人生を送っているのかが
描かれている。

読んで頂ければ分かる通り、それぞれがそれぞれに希望を持ちながら
新たな一歩を踏み出している姿が描かれていて、
それが読んでいて、自分も頑張ろう!と勇気を与えてくれている。

さて。

ここからは私の個人的な話を少し書いてみたいと思う。

少し前のこと。
数年前まで一緒に働いていた後輩から連絡が来た。
今度、昔の仲間が集まって一杯やることになったので、
良かったら来ませんか?と。

正直、最初は「どのツラさげて会いに行けばいいのか?!」と思った。
・・・というのも、その集まりというのは
数年前に会社の事業売却によってバラバラになってしまった仲間たちの集まり
であり、私はその当時の彼らの上司であり、リストラを進めた張本人だったからだ。

今さら、合わせる顔なんてない

そう思った。

そう思ったけど・・・
今会っておかないともう二度と会うことはないのかも知れない。。
今さら「すまなかった」もないのだろうけど、
あれから数年たった彼らの姿をひと目見ておくのも
かつての上司の役割なのかも知れない。。

そんな勝手な理屈をこしらえて、教えられた会場へと足を運んだ。

当日は十数名がやって来た。
あの頃の笑い話や、今だから言える当時のオフレコ話しなどで
大いに盛り上がった。

それぞれが、それぞれの新しい人生を歩んでいた。
多少、見た目がオジさん化している人もいたけど、
みんな元気にやっているようだった。

そんな姿を見て、私はほんの少しだけど
この数年間、ずっと心の片隅に会ったわだかまりみたいなものが
軽くなったような気がした。

もちろん、

バラバラになった後、人には言えないような苦しい思いをした人も
いたはずだし、その苦しみが今も現在進行形で続いていて
会場に来られなかった人もいるのだろうと思う。

だけど

会社は消えても、人生は終わらない。

それならば、やはり何処かで過去を断ち切って
前を向いて進まなければならない。

前を向いて進めば、いつか笑い合える日もやって来る。

そんなコトを思ったその日の集まりでした。

おしまい。

※相変わらず読んでくれる人のことを全く考えない長文エントリーで
 失礼しました。最後まで読んでくれて、ありがとう。

▽単行本       ▽Kindle版

  

posted by penguin-oyaji at 23:17 | Comment(0) | 読書(経営者) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする