2011年05月23日

価格と価値のバランス【V=Q/P】

前回のエントリーで「V=Q/P」という公式の事を書いたら
「興味があるので、教えて欲しい」というリクエストを
頂きましたので、読書会当日のプレゼンを再現しながら
書いてみようと思います。

【1】価値>価格
スライド1

「稼げる営業になる!」の中に何箇所か

『価値>価格』と書かれているところがあります。
何か物なりサービスを購入しようとする時には
やはり、財布から出ていくお金以上の
価値があると思わないと、なかなか積極的に
「うん!買おう!」とは思いませんよね。
 
モノの価格と価値のバランスが大切なのですが、
それをシンプルに表した公式を前の会社で
教えてもらって使っていたので、
それをシェアしたいと思います。
特に新入社員教育などで使うと説明しやすいです。
 
【2】V=Q/P
スライド2

見ての通り、

V=Value(価値)
P=Price(価格)
Q=Quality(性能、品質)
という意味です。

ここから先、一応「分数」の理屈が分かっているという
前提で話しを進めますね(笑)



【3】ちくわ
スライド3

見ての通り、ちくわです!

何年か前に、原材料費が値上がりした時に
値段は据え置きで、その代わり、ちくわの穴を
大きくして、売っていた事がありましたよね。
 
これを先ほどの公式に当てはめて
考えると、どうなるか・・・



【4】ちくわの公式
スライド4

先ず、値段は据え置きですから

分母の「P」は変わりません。


ちくわの穴を大きくしたということは、
消費者的にはあまり嬉しくありませんから、
分子の「Q」は下がります。



分母が変わらず、分子が小さくなると
その分数が表す値は、
小さくなりますね。



つまり、お客様にとっての価値は
下がったということです。



【5】今だけマック
スライド5

マクドナルドが「今だけマック」といって

期間限定で値下げをする事がありますね。
これを、やはり公式を使って考えてみましょう。



【6】今だけマックの公式
スライド6

ちくわとは逆で、商品自体は変わりませんから

分子の「Q」も変わりません。


そして「値下げ」ですから、
分母の「P」は小さくなります。
 

分母が小さくなって、
分子が変わらなければ、
値自体は大きくなりますね。



つまり、「今だけマック」は
値段を下げる事で、お客様にとっての
価値を上げたことになります。



【7】自社(自分)にとっての「Q」は何か?
スライド7

「ちくわ」と「今だけマック」で
お分かり頂けたと思いますが、

お客様にとっての価値を高めるためには、
「P:価格」を下げるか、
「Q:品質」を上げる事が必要なんです。



ここまでは、とてもシンプルだと思うのですが、
この公式のキモは、自社あるいは自分にとって
「Q」は何なのかということを考えることです。



価格を下げれば、価値は上がるかも知れませんが
しかし、無限に下げ続けることはできませんね。
どんなに下げても「0円」までです。
つまり、価格は有限なんです。


それに価格はすぐに他社に追随されますし、
自社の利益も圧迫してしまいます。



それに対して「Q」は追求していけば、
無限に上がる可能性があります。



では、果たしてお客様に価値を感じてもらうために
自社(自分)にとって追求すべき
「Q」は何であるのかを考える事がとても大切なのです。



おしまい。

 
タグ:読書会
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2010年05月14日

福岡、よかところ・・・「博多ルール」

Book-No.151

「博多ルール」博多よかよか!ライフを楽しむための48のルール

都市生活研究プロジェクト[博多チーム]
中経出版

 

ブログ復活宣言から早くも1ヶ月が経ってしまいました。。
新たな転職先として選んだ会社が九州の会社だったために、
引越しをしたり、諸々の届出を出したり、
何とも慌しい、私にとっては怒涛の1ヶ月でもありました。

さて、

気付けば福岡の街に引っ越してきてから、
もう半月以上も経つというのに、
アパートと職場の近隣をウロチョロしているだけで、
福岡の街中にもまだ行っておりません!
(ちなみに住んでいるのは福岡市東区の端っこ、
職場もアパートから徒歩12分の至近距離!)

そんな福岡初心者な私としては
遊びに行くにも、食べに行くにも、
そして、買い物に行くにしても、
何処に行っていいのか、さっぱり分かりません!

こりゃ、どげんかせんといかんばい!
(注!↑↑きっと正しい福岡弁ではありません)

そんなわけで、手にしたのがこの「博多ルール」

福岡のタウン情報や、福岡人気質の事などを
面白おかしく紹介してくれています^^

■福岡人は、うどん好き・・・?

最近になって気付いたのですが・・・
福岡の片田舎の道を車で走っていると、
「うどん」と書かれた看板がやたらと目に付きます!

試しに一軒のうどん屋さんに入って食べてみたのですが、
讃岐うどんのような、しこしことしたコシの強さは全く感じられず、
麺が妙に柔らかい・・・
汁は当然のごとく薄味仕立て。
(東京の黒い汁とは全く違います!)

博多人にとってのうどんは「やわらかめ」がスタンダードなのだ。
カタいラーメンとヤワいうどんを愛する、不可思議な博多人。
その気質を理解し、間違っても、「このうどん、ノビてるよ」などと
文句をつけることのないよう注意したい
」(P63)

そーだったんですね〜

個人的には讃岐うどんのようなコシのしっかりした
うどんがスキですなのですが、
これからはヤワいうどんも愛していこう

ちなみに、こちらのうどん屋さんのテーブルには
ネギと天かすが置かれていて、どちらも入れ放題みたいですが、
これも、本によると博多流ということらしいです。

ルール16 うどんはネギ&天かす入れ放題」(P64)

■目指せ!博多弁ネイティブ!

ビギナー向けの博多弁は?というと、比較的使いやすいのが
「と」「たい」「ばい」という”語尾3変換”とも言うべき基本形。
これらを使うだけで、博多気分がガゼン盛り上がる
」(P111)

やっぱり福岡の会社に就職したけん、博多弁ばマスターして
地元に溶け込みたいと思うとっとるですよ、私。
(怪しい博多弁↑)

職場で働いていると自然と博多弁の会話が耳に入ってくる訳ですが、
幸いな事に、ひどい訛もないので、言葉が分からないという事は
ありません。

ただ・・・

この本を読んで知ったのですが、福岡と小倉などの北九州地区では
ビミョーに語尾が違うんですね〜

例えば・・・

「何してるの?」

博多弁「なんしようと」

北九州弁「なんしよん」

※北九州では語尾が「と」ではなく、「ん」に変化するらしい。

その他にも語尾に「ちゃ」が付くのも北九州独特らしい。

「と」も「ん」も「ちゃ」も同じ博多弁だと思っていたのですが、
地域によって違うんですね〜
博多弁ネイティブの道は険しそうです。。

私事ですが、普段働いているのは福岡の事務所ですが、
受け持ち店舗として小倉や八幡などに行く機会があります。
これから、その店へ行く時にはさりげなく、スタッフが話す
会話の語尾に注意してみようと思いました。

ちなみに「北九州」のことを地元では「きたきゅう」と呼ぶらしい。

■ちょっとそこまで・・・韓国へ

韓国の釜山に船で気軽に行けるのは博多ならではの特典。
(中略)
1泊2日の釜山ツアーを利用するほか、日帰りで行くことも可能。
「ちょっとそこまで買い物に」という感覚で、買い物袋を提げていく
おばちゃんもザラにいる。会社の忘年旅行などで韓国への焼き肉
ツアーが組まれるのも特別なことではない
」(P23)

最初にこの文章を読んだ時「えっ〜、マジですかぁ?」と
思いましたよ。

でも調べてみると・・・

本当に往復1万円で釜山へ行けてしまうんですね〜

http://www.jrbeetle.co.jp/fare/cho_b_spe/index.html

それに高速フェリーで片道3時間弱。これなら確かに日帰りも可能。

こりゃ、行くしかないでしょ!

久々にパスポートを取って、韓国へ焼肉を食べに行こうかと
密かに思いを馳せる今日この頃だったりします(笑)

■福岡よかとこ

博多人は「博多に悪か人はおらんと」とよく口にするが、
その変化形が「博多ば好きな人はよか人ばい」。自分の地元を
ホメられて怒る人はいないが、博多人の場合は、よりうれしさを
強く表現する傾向が強い
」(P109)

福岡に引っ越してきて、2週間ちょっとですが、
本当に職場でも街中でも、人が優しいです!
それに純粋な心を持った人が多いようにも感じます。
お世辞抜きで、本当にそう思います。

「博多に悪か人はおらんと」・・・もしかしたら本当かも。
少なくとも今の私は、そんなふうに思っています。

ほぼ純粋な関東人だった私が見知らぬ街で
ちゃんとやっていけるのだろうか・・・?
そんな不安を吹き飛ばしてくれるほど、
博多の人たちは優しさに満ちとるとですよ。

これから何年、この街に住み続ける事になるのか
分かりませんが、先ずはこの「博多ルール」を手にして
福岡の街を探索し、その魅力をこのブログでも
随時、発信していきたいと思います^^

 

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2009年08月18日

一人の少女の生き方から学んだこと・・・・「最後の言葉」


Book-No.150
「最後の言葉」

川嶋あい 著
ゴマブックス



「どんな音楽が好き?」と聞かれると、
ほぼ躊躇なく「JAZZ」と答えます。
(ちなみに、山中千尋さんとマイルス・デイヴィスのファンです)

もしくは「吉田拓郎」と答える時もあります。

でも、実はその他に(年甲斐もなく・・・)川嶋あいさんの歌も
よく聞いています♪

川嶋あいさんって、ご存知ですか?

私が彼女の事を知ったのは、3年くらいまえの「24時間テレビ」に
出演しているのを見た時でした。

そこで流れていた彼女の出生にかかわる話しや
その後の苦労と、それを乗り越えてきたエピソードを見て
ものすごく衝撃を受け、すぐにCDショップに走った覚えがあります。

この「最後の言葉」は、そんな川嶋あいさんの波乱万丈な今までを
綴った自叙伝的な1冊です。

■内容

「私は、生まれたときの名前は川島愛ではなかった」。
その生い立ちから母親との二人三脚で歌手デビューした福岡でのこと。
本格的な活動のために上京するもののその道は険しく、
少女は街で歌い始め、高校に通いながらの路上ライブを続ける。
そこで出会った人々、彼女を支えてくれる母親。
そして突然襲ってきた母親の死という現実。
スターダムを昇りつめていく歌手川嶋あい。悲しい現実を乗り越えて、
人として、歌手として成長していく川嶋あいの軌跡をつづる」
(amazonより転載)

■運命の出会い

人と人との一瞬の出会いがいつ運命の出会いになるかわからない。
だから大切にしていかないとね。
この出会いがあるのも、私が踏み出すことができたから。
踏み出さなきゃ絶対何も変わらないって、今も胸に刻んでいることだ

(P70)

福岡から単身で東京に出てきたものの、所属していた事務所からクビを
宣告されてしまいます。
(以前、テレビで「15歳でリストラされた」とコメントされてました・・・)

何もすることがなくなってしまった時に、
彼女は一人、路上で歌い始めます。

これからどうしたらいいんだろう、と押しつぶされそうな不安の中で
それでも、一歩前に出るために路上で歌いだした彼女の勇気。

行動しなければ、何も変わらない。

私もよく、このブログでこんな事を書いたりしていますが、
川嶋あいさんが辿った軌跡に比べたら
私が思い悩んでいる事の、なんと小さな事よ!!

それから、

私は運命論者ではありませんが、
この本を読むと、養護施設での育ての母との出会い、
そして路上での、今の事務所の人たちのとの出会い、
そんな人との出会いが、
今の歌手・川嶋あいを創り出してきたことに、
どうしても「運命的」なものを感じずにいられませんでした。

一歩、踏み出す勇気と、人との出会いが
自分を変えていってくれるんですよね。


■母の思い

母さんは全力で私を育ててくれた。血のつながりのない
赤の他人の私を全力で・・・。
自分のことなんてどうでもよかった。自らの命さえも切り刻んで
私を夢に導いてくれた。すごい人だと思う
」(P94)

川嶋あいさんは、ご存知の方も多いかと思いますが、
生まれて直ぐに施設に預けられ、
自分の事を生んでくれた母親の記憶は無いそうです。
そして、3歳になった時に、育ての両親に引き取られて
そこで育てられました。

でも・・・
10歳の時に、育ての父を亡くし、
16歳の時に今度は育てての母も亡くしています。

ただ・・・
この本を実際に読んでいただければ分かると思うのですが、
この育てのお母さんが、本当に全力を傾けて
川嶋あいさんを育て、歌手への夢をつないでくれたのです。

確かに、血のつながりは無い親子なのですが、
でも、そんなこと関係ない。

ちょっと安っぽい言葉かもしれませんが・・・
「子を思う親心って、こんなにも深いものなのか」、と
改めて思い知らされました。


■生きてきた道

自分自身の出生のことや、苦労や絶望のことなどを
言葉にして人前で話したり、本に書こうと思った
彼女の心境について、こんな言葉が綴られています。

人は皆、何か背負って生きてる。
人が一生懸命生きてきたその道には、恥ずべきものは決して
何も落ちてはいない。
だから隠して生きてゆくことに意味はない
」(P194)



「自分は望まれて生まれた子じゃない」
「私は産んでくれた母さんの命をも縮めてしまった」
「私のせいで育ててくれた母さんまで死んじゃった」



そんなことを思いながら、
「私は生まれてきてはいけない子だったんだ」と、
自分の運命を恨んだりしていた頃の話しが書かれています。

でも、そんな彼女が(産みと育ての)二人の母親の本当の思いを知り、
ある出来事をきっかけに、自分自身の事を人前で話す決心をします。
そして・・・
私はたぶん変わると思う。大きく変われると思う。
(中略)
だって、ずっと否定していた、この世に存在している事実を
肯定できたのだから
」(P179)
こんな言葉で、彼女自身の心の変化を表しています。

きっと誰にだって、一つや二つ誰にも言いたくない事ってありますよね。
恥ずかしいとか、辛かったとか、色々な思いがあっての事だと思うし、
その思いは人それぞれだから、
一概に括ることは出来ないけど・・・

でも、その過去の思い出を自分なりに前向きに捉えなおした時、
人が一生懸命に生きてきたその道には、恥ずべきものは
決して何も落ちてはいない
』と、気づいた時に
何か一つ、自分の中でわだかまりとか、ネガティブな気持ちから
開放されて、一歩前に進むこと出来るんだと感じました。

■「8月のシンフォニー」

前にも書いたように、私が川嶋あいさんの事を知ったのは3年前だし、
彼女が経験してきた数々の出来事も、メディアなどを通して
大体のことは知っていました。

なのに、今あらためてこの本を手にしたのは・・・
もうすぐ、この「最後の言葉」を題材にした映画が公開されるから。
映画のタイトルは「8月のシンフォニー」。
※8月22日に公開です。

ちなみに、あの小宮先生も試写でこの映画を
涙ぐみながら見られたそうです。。
※小宮コンサルタンツBlog

書評的な書き方になってしまって、申し訳ないのですが、
確かに拙い表現も多々ありますが、
でも、そんな事は関係なく、
数々の困難や絶望を彼女がどうやって乗り越えてきたのか、
そして、今の彼女が手掛けている途上国や被災地に対する
ボランティア活動をどんな思いで、やっているのかなど
多くの事を学び、感じることのできる1冊だと思います。

すべての人にオススメは出来ないかも知れないけど、
少しでも興味を持った方は、ぜひ手に取ってみてください。

■最後に・・・

成功にもし近道があるのなら教えてください。
なぜなら−絶対に通りたくないから。
がんばった先の成功が欲しい

これは、同じく川嶋あいさんの「16歳の白い地図」に
記されている言葉です。

16歳の少女に、こんなことを言われてしまったら
40オヤジとしては、ただただ脱帽するしかないのですが・・・

でも、実際にI wish として「明日への扉」がオリコンチャートで
1位になったにもかかわらず
路上での1000回ライブにこだわり、
決して安易な成功への道を選ばなかった彼女の生き方を
この言葉は象徴していると思うのです。

効率重視も大切だけど、
根っこの部分では、頑固なまでに自分の生き方にこだわることが
どれだけ大切なことかを、オヤジは少女から学んだのでした。

では、このへんで。
今日もありがとうございました。

posted by penguin-oyaji at 03:14 | Comment(4) | TrackBack(1) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

日本人が語り継いできた価値観・・・・「目に見えない資本主義」

目に見えない資本主義

Book-No.148
「目に見えない資本主義」
貨幣を超えた新たな経済の誕生

田坂広志 著
東洋経済新報社



今回の本も、和田裕美さんがブログとラジオ(Wada Cafe)で
取り上げられていたのがきっかけで、手に取った次第。

今まで和田さんがオススメしている本を何冊か読みましたが、
どれもハズレなし!共感できる内容のものばかりだったので、
今回も読むのが楽しみでした!
そして・・・期待通り素晴らしい1冊だと思います。


■この経済危機から学ぶもの

毎朝、テレビをつけると、CNNのニュースが流れ、
誰もが、こう語っている。
「この危機は、いつ終わるのか」と。
しかし、私は、これは問いの立て方が間違っていると思う。
我々が問うべきは、別な問いではないか。
「この危機は、我々を、どう変えるのか」
その問いをこそ問うべきであろう
」(P13)

「100年に一度の・・・」も、
耳タコになってきつつありますが、
米国のサブプライム問題に端を発した
世界的な経済危機の中にあって、
いつになったら景気は回復するのだろう?というのは
ある意味、至極まっとうな問いではあると思うのです。


でも・・・ 

景気が回復した後に、そこにはどんな景色が見えるのでしょうね?

以前と同じ(行き過ぎた)市場原理主義の世の中なのか、 
それとも、新たな資本主義が生まれてくるのか。

この本の中で、その問いに対する答えを
田坂さんが弁証法の法則を用いて、導き出しています。

弁証法・・・・覚えてますか?
昔、学校で哲学だか倫理だかの授業で教えてもらったような・・・
(当然、私はすっかり記憶から飛んでいましたが、それが何か?

弁証法とは、世界の変化、発展、進化の法則を述べた哲学
(P39)・・・だそうです。
まぁ、これだけではナンのこっちゃ?だと思うのですが、
私も説明する自信がないので(汗)、
詳しくは本書をお読みくだされ。

で、途中をすっ飛ばして 

どういう答えが導き出されるかというと・・・

そして、これらのパラダイム転換の結果、これから、
「目に見えない価値」「目に見えない資本」を重視する
成熟した資本主義が生まれてくる。 

言葉を換えれば、「目に見えない資本主義」。
その新たな資本主義への進化が起こる。

しかし、
この新たな資本主義において重視される価値観は、
不思議なことに、かつて「日本型資本主義」と「日本型経営」
大切にしてきた懐かしい価値観に他ならない 

(Amazonの商品紹介より抜粋)

つまり、私たち日本人が大切にしてきた仕事観、組織観
などの
価値観が見直されて、そして発展していくといふうに 

結論付けられている訳です。

なぜ、そういう答えが出てくるかというと・・・ 

現在の経済危機の後の世界の経済秩序を考えるとき、
我々は、「自由競争の維持」と「政府規制の強化」という 

二つの方法だけでなく、「自己規律の促進」という第三の方法を
重視しなければならない。そして、そのためには、
まず企業や個人の倫理基準や行動規範の確立という方策を、
長期的な視点で、必ず進めていかなければならない
」(P67)

この第三の方法「自己規律の促進」を進む際に、
かつての日本企業が大切していた価値観が
大いに役立つというのです。

ここまで、うまく伝わってますか?
(ちょっと自信ない。。。)


■日本人が大切にしてきたもの

人間の精神は、成熟するにつれ、「目に見えないもの」が
見えるようになってくる
」(P99)

もし、そうであるなら、「企業経営の成熟」とは、何か。
これからの時代に求められる「資本主義の成熟」とは、何か。

それは、「目に見える価値」だけでなく、「目に見えない価値」を
見つめる経営が生まれてくることに他ならない。
そしえ、それは、「目に見える資本」だけでなく、
「目に見えない資本」を見つめる資本主義が生まれてくることに
他ならない
」(P101)

ここでいう「
目に見えない価値」=「目に見えない資本」
というものの中に
私たち日本人が大切に守ってきた価値観が
多く含まれると 
田坂さんは記しています。

具体的にいくつか抜き出してみると・・・ 

「「日本型経営」や「日本型資本主義」の歴史を
虚心に振り返るならば、 
実は、そこには、遙か昔から
CSRの思想が確固として
存在していたことに気がつく。 

例えば、渋沢栄一の「右手に算盤、左手に論語」という言葉。
例えば、住友の家訓「浮利を追わず」という言葉。
例えば、近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし、
三方よし」という言葉」(P148)

「例えば、日本におい
は、「働く」(はたらく)とは、
「傍」(はた)を「楽」(らく)にすることの意味であると
語り継がれてきた」(P148)


「我が国においては、企業や個人が法令を遵守し、
倫理を守るのは、 
「法律に反すると罰せられる」からではなく、
「たとえ法律で許されても、世間が許さない」という
「世間様」の文化が存在したからである」(P150) 

「日本企業においては、「社会的責任」とは、
単に「社会に対して、悪しきことをしない」という
消極的・受動的な意味ではない。
むしろ、社会的責任とは、「社会に対して、良きことを為す」
という積極的・能動的な意味に他ならない」(P157)


「お客さまは、我々の心を映す鏡である」
この言葉に象徴されるように、日本企業において、
「お客さま」とは、本来、「商品を売りつける相手」では
なかった。「お客さま」とは、商品の売買という「ご縁」に
よって巡り会った大切な方であり、そのお客さまという「鏡」に
映し出される自分の姿を見つめることによって、
成長させていただく」(P201)


うーん、いっぱいあり過ぎて、書ききれない!! 

利益至上主義だとか、(見せかけの)成果主義に押されて
いつの間にか忘れかけてしまっていた、昔から語り継がれてきた
こうした言葉が、今さらながら心に染みこんでくるような思いで
読みました。

私が尊敬する人の一人、小宮先生も、よく「
考え方がだいじ」と
言われたり書かれたりしますが、それってまさしく、
こういう正しい考え方のことを指すのでしょうね。

■最後に・・・

これからの資本主義社会がこの本に書かれているようなものに
なるのかどうか、私には分かりません。
でも、「強欲な」と形容される行き過ぎた市場主義の社会で
あるよりも「目に見えない価値」を大切にする社会になった方が、
私には心地よいのではないかと思うのです。

また、この本ではこれからの資本主義がどのように進化するのか、
だけを読み取るのではなく、後半に書かれているような
私たち日本人が大事に語り継いできた価値観って何だったのか
改めて見つめなおすのに、良いきっかけになるのではないかと
思います。

今日は抜粋だらけの記事になってしまいましたが、
(私らしくないですね・・・)
どうぞ、ご勘弁を!

では、このへんで。
今日も、ありがとうございました。

タグ:資本主義
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2009年07月17日

今さらながら日経新聞に再入門!

Book-No.142
「渋井真帆の日経新聞読みこなし隊」

渋井真帆 著
日本経済新聞出版社

Book-No.143
「記事トレ!日経新聞で鍛えるビジュアル思考力」

板垣悟 著
日本経済新聞出版社

ビジネスパーソンであれば、きっと多くの人が
「日本経済新聞」は読んでいると思います。

が・・・

お恥ずかしながら、私はつい5年前までは
殆ど読んでいませんでした(汗)

実は前の会社で昇格した時に、
さすがにマズイ!」と焦って読み始めたしだいで・・・

さらに・・・

ずっと長い間、駅売りを買って済ませていたんですね。

今年の春先に小宮先生のセミナーに通うようになって
ようやく定期購読に切り替えたという・・・

まぁ、何とも頼りないというか、
やる気あんのか?!状態な訳です。

で、

40過ぎのおっさんですが、
今さらながら「日経新聞」に再入門です。

■基本として押さえるべきポイント

先ずは「読みこなし隊」の方から・・・

「「ヨコ読み」実践に欠かせないのは、『3つのマルを意識する』ことです。
(中略)
「3つのマル」とは「国・企業・個人」の経済活動の
3つの主体のことです」
(P24)

次に「ビジュアル思考力」では・・・

「新聞記者は5W1H、つまりいつ、どこで、誰が、何を、なぜ、
どのように、という視点で記事を書く。
でもビジネスパーソンにとって大事なのは3W1H。
誰が(Who)、誰に(Whom)、何を(What)、
いくらで(How much)だ」
(P23)

「ビジネスでは、モノやサービスを提供する「企業」、
それを受けるほかの「企業」や「個人」、ときには提携する
別の「企業」などのプレイヤー(ヒト)が登場し、
そのプレイヤー間をモノ・サービスとカネが行き交う。
こうした「ヒト・モノ・カネの関係性」は、言い換えれば
「ビジネスモデル」です。」
(P29)

まとめてみると・・・
日経新聞はやはり「経済」の新聞ですから、

・ヒト・モノ・カネに着目する

・記事の主体(国、企業、個人)が誰で、どうつながっているか?

・モノとカネの流れがどうなっているのか

この3点は基本として押さえておかないといけないポイントですね。

■書かれていないことが重要?!

「読みこなし隊」では・・・

「「ヨコ読み」とは、記事の中にパズルピースのように
ちりばめられている「断片的な情報」を関連付けて、
組み立て、経済ドラマを読み取っていくということです」
(P19)

「ビジュアル思考力」の方では・・・

「「2つのアタマ」、それは「経営者アタマ」と「消費者アタマ」です。
記事は、漠然と読んでいる限り、あくまで「他人事」。
それを「自分だったら」と置き換え、「自分事」として
2つの視点で考えてみる」
(P31)

微妙に違う事を言っているようですが、
根っこは同じで、要は記事をつなぎ合わせて、
何が起きているのか企業側、消費者側など複数の視点で
立体的に自分で情報を再構築する
・・・ということでしょうか。

つまり
新聞を読みながらも、記事に書かれていない部分を
自分自身でどう推察するかが大事だと思うのです。

「ビジュアル思考力」の中に「リーディングピラミッド」という話が
書かれていて、要旨は以下のような感じです。

・レベル1:「理解」=Fact(事実)を知る
・レベル2:「会話」=Opinion(意見)を持つ
・レベル3:「発想」=Ideaを生む

記事に書いてあることを、そのまま事実として知っていても
独自の価値はありませんよね。
誰でも知っている話なのですから・・・

もっとも以前の私のように、新聞も読まないのは
ある意味、論外だったりするのですが・・・(汗)

ただ、このブログでも時々書いていますが、
マスコミがいう事は必ずしも真実ではない、という可能性があります。
事実、日経新聞であれば「経済」というフィルターを通して
記事が編集されているのですから。

だからこそ、新聞から得た情報を基に
自分なりに記事をつなぎ合わせたり、自分の視点や第三者の視点を
取り入れながら、自分の「意見」、格好よく言うと「見立て」が
持てるようにならないといけない、ということだと思います。

つまり・・・

「重要な情報をすくい上げ、「多面的・多角的視点」から考察して
環境を大まかにでも正確に認識することが、
不確実さが増すこの社会で自分の満足いく人生を手に入れ、
生き抜いていく必要条件になると思います」
(「読みこなし隊」P58より抜粋)

■マクロか?ミクロか?

同じ日経新聞を題材にしていますが、この二冊のアプローチは
けっこう違うんですよ。

ザックリ言うと
「読みこなし隊」は、どちらかというと「マクロ経済」寄り
対して「ビジュアル思考力」は、ビジネスの実践で役立つように
「企業活動」寄りの視点で記事が書かれています。

ところで突然ですが・・・

何のために新聞を読んでますか?

私は正直、新聞を読む目的なんて考えた事もありません!
何となく、「読むべきものだ」という既成概念に
ドップリと浸かってますから(笑)

新聞を隅から隅まで、すべての記事を読んでいる人って
そうそういないと思います。
ということは、意識、無意識は別にして
人それぞれ、自分の関心に合わせて記事を拾っていることに
なりますよね。

世界経済の流れとか、日本経済の現状というような
マクロの視点を知りたい時と

個々の企業の活動や新ビジネス、新商品について
情報を集めたい時とでは、

おのずと読むべきポイントが違ってきますよね。

漠然と紙面を読むのではなくて、
自分が知りたい情報を意識してポイントを変えながら読むのも
読みこなすための一つのやり方だと感じました。

もっとも、朝刊なんて読む時間帯が
眼をこすりながら、あくびをしているような時間帯ですから
先ずは、しっかり目覚める事の方が大切かも>自分

■ちなに新聞初心者であれば・・・

コチラの本では、就活の学生さん向けに
日経新聞の基本から解説してくれているので、
これから日経を読もうというのであれば
先ずは、この本から読むのもアリだと思います。

(補足)

私が読んだ「読みこなし隊」は05年に書かれたものなので、

記事の中でライブドアや村上ファンドが大活躍(?)しているのですが、

今は改定された新版が出ていますので、もしも読まれるのでしたら

そちらの方が良いかと思います。。

では、このへんで。
今日もありがとうございました。

posted by penguin-oyaji at 01:36 | Comment(4) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

極限状態での人の心理と生きる意味・・・「夜と霧」


Book-No.127
「夜と霧」(新版)

ヴィクトール・E・フランクル 著
池田 香代子 訳
みすず書房


こちら』のページで絶賛されていたのを読んで
手にとってみました。

長い間、読み継がれてきた名著ですので、
既に読まれた方も多いかも知れませんね。

内容はユダヤ人精神分析学者である著書が
ナチス強制収容所で体験したさまざまな出来事を
記録したものです。

そして単なる体験記にとどまらず、
収容所での暴力や虐待、あるいは仲間の死が
そこに収容されている者にどのような心理的影響を
及ぼすのかを、学者らしい冷静な眼で分析し、
記録されているのです。

あまりにも残忍で、過酷な状況での出来事なのに
感情的な描写は最低限に抑え
事実と心理学的な分析で綴られているのですが、
それが却って当時の悲惨な状況を生々しく
伝えているように感じました。

しかし、この本の主題というか、メインテーマは
ナチス強制収容所がどれだけ悲惨で非人道的なところで
あったのかを告発するものでもなく、
著者自身の酷い運命を訴えかけることでもないのです。

これ以上は無いと思えるような過酷な状況の中で
人の心理はどうなるのか、
人はなぜ生きるのか、
人間とは何か、
というように、人の心理の奥底に迫っていく事こそが
この本から読み取るべきことであるように思います。



しかし未来を、自分の未来をもはや信じることが
できなかった者は、収容所内で破綻した。そういう人は
未来とともに精神的なよりどころを失い、精神的に自分を
見捨て、身体的にも精神的にも破綻していったのだ
」(P125)


極限的な状態の中にあっても「未来を信じる心」があれば、
人は耐えて生きていけるし、
逆に「未来の希望」が失われてしまうと、
心は折れ、命さえ落としてしまう・・・

これは普段の私たちの日常の中においても
同じように当てはまるような気がします。

明日は今日よりも良くなる」と信じていればこそ、
今がどんなに辛くても頑張れるけど、
もしも未来が暗いものであったら、
頑張る気力も萎えてしまいます・・・よね。


文中、こんなニーチェの言葉が引用されています。


なぜ生きるかを知っている者は、
どのように生きることにも耐えられる



悲しいこと、辛いことが続いた時、
ふと、「何のために生きているのだろう?」と
考えてしまうことがありました。

意味がわからない苦しみは、
単なる精神的な拷問に過ぎませんが、
与えられる「苦痛」にさえ、その意味を見出すことができれば
自分が生きる意味を理解し、
ひとは耐えて生きていける・・・ということでしょうか。


今の自分の苦しみを肯定的に受け入れ、
明日への希望を持ち続けることが
どれだけ人間を強くするものなのかを、
この本から私は感じました。


最後にもう一つだけ、文中から引用します。

自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を
自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、
自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんど
あらゆる「どのように」にも耐えられるのだ
」(P134)

著者、フランクル氏が何故、苛酷な環境の中で
生き続けることに絶望せず、苦しみに耐え抜き
生還できたのかが、
この言葉に表れているような気がするのです。



私の解釈はともかく・・・
本書が長い間、多くの人に読み継がれてきたのは
単なる強制収容所の体験記ではなく、
フランクル氏が身をもって体験した中から導き出された
人の心理(真理)に触れることが出来るからだと
思うのです。

そして、その真理は時を越えた現在の私たちの心にも
深く響いてくるように思います。。

■最後に・・・・

私の場合・・・
最初に読んだときは、強制収容所での
無残な出来事の数々があまりにも強烈すぎて
ドキュメンタリーのように読んでしまいました。

でも、少し冷静になって読み返してみると
人の心の動きや、筆者の「生」に対する肯定感などが
浮かび上がってきて、より深く筆者の言葉を
受け止めることができたような気がします・・・

また、時期を変えて読み返してみると
新たな気付きや感動があるかも知れません。

今さら私がここでお奨めしなくてもいいくらいの名著ですが、
もし読まれていないようであれば、
一度、手に取ってみるのもよいのではないでしょうか。

今日もお付き合いくださり、ありがとうございました。
posted by penguin-oyaji at 15:25 | Comment(8) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

耳勉・・・ペンギンオヤジ的ポッドキャストの薦め

駅で売っているお弁当は・・・・「駅弁

空港で売っているお弁当は・・・・「空弁

耳で聴いてする勉強は・・・・「耳勉
 
いきなり、くだらないシャレで失礼しました(汗)

私は通勤中、iPodを持ち歩いていますので、
よくPodcast(ポッドキャスト)を聴いています。

※愛用しているのは「iPod touch」

Podcastというのは、ネットからダウンロードして聴けるラジオ番組を
イメージして貰えばよいかと思います。

以前は音楽ばかりだったのですが、
ちょっと飽きてきたというか、
Podcastでも面白い番組が増えてきたので、
それで聴くようになったのです。

ぼーっと町を歩いているときや満員電車の中など、
耳を使う余地なら、一日数時間単位であるはずです

(「無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法」 勝間和代・著 P97)

勝間さんも著書の中で耳を使ったインプット
推奨されていますよね。

自分の日常を思い起こしてみると、
通勤時間や、移動時間など
けっこう、ぼんやりして過ごしている時間がありますよね。
私の場合だと、家から会社までは片道40分くらいですので、
そんなに長時間ではないのですが、
何もしなければ、往復で1時間半くらいは、
ボーっと過ぎて行ってしまいます。

そんな移動時間に、本を読むのもアリですが、
さすがに歩いている時には読めない!(当たり前!)

そういう時にPodcastを聴いています。

以前は勝間さんが著書に書かれている通り、
オーディオブックを聴いていたのですが、
最初から最後まで3〜5時間くらいあるので、
どうしてもブツ切りになってしまうので、
それよりも手軽なPodcastの方が良いかなぁ〜って思っています。

今では本当に多種多様なPodcast番組があって
以前は私も欲張って数多くの番組をダウンロードしていました。
でも・・・
私の場合、Podcastを聴くのって
往復の通勤時間と、寝る前の少しの時間に限られるので、
結局、聴く番組は限られてしまうのですよね。

で・・・
■ペンギンオヤジ的Podcast番組のご案内
1.和田裕美のWada Cafe

毎回、「やる気満々の人も、ちょっと明日が憂鬱な人も
明日、笑っていけるよう今夜もわくわくお届けします
」という
和田さんの優しいナレーションで始まる
神戸のKiss-FMで放送されているラジオ番組がそのまま
Podcastで聴けます!
内容は、リスナーからの質問メールに和田さんが答えてくれたり、
ゲスト対談で和田さんとゲストの方の楽しいお話を聴くことが出来ます。
和田さんの声に癒される!
という声の多い番組でもあります(笑)

※過去のゲスト対談の模様は、こちらのページでも読むことが出来ます。

和田裕美さんのファンの方は必聴ですね。
和田さんって誰?和田アキ子のこと?」という方でも、
是非一度聴いてみてくださいね。

2.勝間和代のBook Lovers

J-Waveインターネットラジオ「BrandnewJ」で月〜金に
放送されているものがPodcastで聴けます。
内容は毎週、勝間さんがゲストの方と一緒にお薦めの本を紹介しながら
トークを繰り広げます。

ゲストとしては割とビジネス書の著者の方が多く、
本にはあまり書かれていない本音トークが聴けたり、
お薦めの本の情報も得られるので、重宝して聴いています。

それから、一回当たり15分弱と比較的短時間ですので、
本当にスキマ時間に、サクッと聞けるのも良いですね。

3.長谷部瞳は日経1年生

女優の長谷部瞳さんと、日本経済新聞社の西川靖志さんが
毎回、旬の経済の話題を取り上げて、分かりやすく解説して
くれます。
世界で一番分かりやすい経済番組」をモットーにしているだけあって、
本当に基本の基本から話してくれています。
普段、新聞を読んで分かった様な気になっている経済の事も
この番組を聴くことで、思わぬ発見や気付きがあったりもします。

最近、番組としては二冊目になる
「日経1年生!NEXT」が発売になりました。
《関連図書》



4.聴く日経

新聞休刊日を除く月曜から金曜まで、毎朝その日の日経新聞の
ポイント記事を配信している番組です。
<ダイジェスト版>と<総合版>と2つのバージョンがあるのですが、
私が聴いているのは<ダイジェスト版>です。

一面と企業面の主要記事を聴くことが出来るので、
毎朝の通勤中に聴いています。
起きるのが遅くなってしまって、新聞を読む時間が無い時には
この番組だけで済ませてしまう事も・・・(汗)

色々な番組を聴いてきましたが、今のところはこの4つの番組に
落ち着いてきました。

■iPodなくても聴けますよ〜

時々、「PodcastはiPodを持っていないと聴けないのではないか!」と
思われている方がいるようですが、
パソコンだけでも聴くことは出来るのですよ^^

上記の4つの番組については、番組名のところに該当番組のサイトへの
リンクを貼りました。そのページには番組の音声ファイルのダウンロードボタンが
ありますので、それをクリックすればOKです。

ただ、出来ればiTunesというソフトをインストールして、登録する方法のほうが
お薦めです。(最新のものを自動的にダウンロードしてくれるので)
それに、Podcast番組を探すのなら、iTunesの「iTunes Store」のページから
探すのが一番!だと思います。

■耳勉の効用
やはり、スキマ時間とか朝のラッシュで新聞も本も読めない!というような時に
こうしたPodcast番組を聴くだけでも時間が有効に使えるかなと思います。

私は全然ダメですが・・・
英語とかの語学を勉強されている方にとっては、やはりスキマ時間に
リスニングの訓練が出来るというのは、ありがたい事なのではないでしょうか?
語学に関するPodcast番組も色々と揃っていますので、
是非、興味のある方は色々と試してみてください。

それでは、今日もありがうとございました。
posted by penguin-oyaji at 14:59 | Comment(6) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月31日

煩悩でBomb!!・・・「煩悩リセット稽古帖」

 

Book-No.107
「煩悩リセット稽古帖」

小池 龍之介 著
ディスカヴァー・トゥエンティワン

 
お薦めされて読んでみました!

内容云々を語る前に、この本の魅力は何と言っても
著者直筆の、ゆるゆるの4コマ漫画でしょ。
『仏道式イエデ4コマ』というらしい・・・

コボウズさんとか、ポッポとか、クマッコだとかの
ユルキャラ達に「萌え」である・・・とにかくカワイイo(^o^)o

それから筆者の小池龍之介さんが29歳という若さだからなのか、
言葉遣いも、ちょっと若者言葉ふうです。
例えば・・・
悟りインストーラー
ボンノーチェッカー
怒りの業(カルマ)の協奏曲
などなど。
いわゆる仏教用語を並びたてられたら、
それだけで読む気が失せてしまうと思うが、
本の少し言葉を今風に変えてあることで、
非常に読みやすく仕上がっていると思います。

■仏教は心のトレーニング・メソッド?!
死後の世界を説くよりも、現世での修行によって悟りの境地に
至ることが仏教の目的です。そして、そのためのトレーニング・メソッドを
「仏道(ふつどう)」といいます
」(P231)

「煩悩」と聞くと、どーしても「仏教」を連想してしまいますが、
確かに仏教は、仏教なんだけど、
欲望」とか「怒り」、「迷い」という良からぬ感情に対して
どう対処して心を浄化するか、というような
心のトレーニングの仕方を中心に書かれています。

例えば・・・

いちばん良いのは、日常において怒らず、不快にならず、非難せず、
怒りの業(カルマ)を溜め込まないよう心がけ、不必要に欲望の業を
積まないようにすることです。そうすれば、ストレスがなくなります

(P42)

この辺は、勝間さんが提唱されている「三毒追放」のまんまって感じですね。
あるいは・・・

自らのネガティブな感情を自分自身から切り離してしまうことです。
そう、まるで他人事を観客席から観察するかのごとくドライに客観化して
しまいますことです
」(P30)

要は負の感情を持った時に、その感情を押し殺すのではなく
全部受け入れてしまう。

例えば「不安」という負のエネルギーに対しては
「不安になっちゃダメ」と言って、自分の感情を押し殺すのではなく
逆に「不安、不安、不安、不安・・・」と唱えながら、
負のエネルギーを受け入れてしまうのです。

そして、不安に思っている自分を一歩引いた位置から
客観視できるようになると、心が自然とその状態を
解消してくれるようになる・・・そうです。

■心は迷ってばかり・・・
みなさまに悟りを目指しましょう、とまで申すつもりはありませんが、3%でも
悟りに近づけば、人間関係も感覚能力も、3%分は向上いたします。それは
3%ほど、悟りを味見したことになると申せましょう
」(P173)

喜怒哀楽と言われるように、
私たちは人間として色々な感情を持ちながら人生を過ごしている訳で、
時には自分の感情がコントロールできなくなって
苦しんだりしている訳ですよね。

もっとも、そういう感情を持ち合わせているからこそ、
人間らしい・・・と言えるのだと思うのですが。

ただ、出来ればなるべく嫌な感情に振り回される事なく
穏やかな人生を過ごしたいと思いませんか?

心を「」わせ、「」ませるから、「煩悩」と呼ばれるらしいですが、
こうした負のエネルギーはストレスの素!
ストレスばっかり溜めていると、
怖い病気にだってなりかねません。

特に「怒りの業(カルマ)」は、
自分だけでなく周囲の人をも巻き込んでしまう
暗いエネルギーの塊!
そんなエネルギーは要らないっつーの!

心はいつだって迷ってばかりだけど、
見たくないものから目を背けるのではなく、
お酒やタバコやヤケ食いなどのストレス解消に逃げるのではなく、
ましてや人に当り散らしたり、陰口を言うのでもなく
2000年以上も前に、お釈迦様が残して下さった
心理的トレーニング法を活用してみるのも、一つの手ではないかと・・・

なお、本書の中では
死後、極楽浄土に往けるだとか、成仏できるといった宗教くさい話は
書かれていませんので、宗教アレルギーのある人も安心して
読めるのではないかと思われます。
※巻末の「仏道超入門ミニ講座」に少しだけ、それっぽい記述はありますが・・・

===================================

1月も終わりましたね。新年のスタートダッシュはいかがでしたでしょうか?
私はちっと、失敗してしまった部分もあります。
明日は2月1日。
1の付く日はスタートの日ですので、
心も新たに再スタートを切りたいと思います。

それでは、今日もありがとうございました。
タグ:仏教
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2009年01月25日

「ねこ」と「きつね」の絵本

まさか、まさか、
このブログで絵本の記事を書く日がやって来るとは
思いもしませんでしたが・・・

40過ぎのオヤジが書店で絵本を、それも2冊買うと
先ず「プレゼント用か?自宅用か?」と聞かれることも
ちょっと発見でした・・・
オヤジが絵本を読むことは想定していないらしい(笑)

 

 

Book-No.104
「100万回生きたねこ」

佐野 洋子 作・絵
講談社

奥付を見ると1977年に出版され、08年12月に95刷となっているので、
大ロングセラーですね。

学生時代に書店でアルバイトをしていたので、
この絵本のことは、なんとなく記憶にはあるのですが、
今まで一度も読んだことはありませんでした。

今回、あるWebサイトの「お薦め本」として取り上げられているのを見て
興味を持ち、数十年ぶりに絵本売り場へ足を運びました。

内容は、既にご存知の方も多いと思いますが・・・

100万回生まれかわっては、飼い主のもとで死んでゆく猫。
飼い主たちは猫の死をひどく悲しんだが、
猫自身は死ぬのなんか平気だった。
ある時、猫は誰の猫でもない野良猫となり、一匹の白猫に恋をする…。

(amazon、商品説明より転記)

短い物語ですが、最後のページの最後の一行を読んだ時に
一瞬、全身に鳥肌がたって、
ちょっと「うるっ」ときて
でもすぐに「そうだよね、そうだよね」と納得したのでした。

未読の人にとっては、まったく意味不明の感想だと思いますが・・・(汗)

愛されること」と「愛すること」というのは、全く別のことで、

それと

人生は学びの場であるという事を、改めて思いました。

例え100万回、人生を繰り返し生きても、
本当に大切なものを手にした1回の人生の方が
遥かに価値がある・・・というようなことなのでしょうか。

大人が読んでも、いい話です。

 

 

Book-No.105
「ごんぎつね」

新美 南吉 作
黒井 健 絵
偕成社

(今はどうだか分かりませんが)
小学校の教科書にも載るくらいの定番のお話しですね。

上の「100万回生きたねこ」を買いに行ったら、
たまたま目につき、
懐かしさと黒井健さんの絵の美しさに惹かれて
衝動買いしてしまいました。

今回、初めて目にしましたが、黒井さんの絵は良いですねぇ。
眺めていると、何だか心が癒されます。

でも、その絵に反してご存知のように、
物語の最後は悲しい終わり方ですよね。

子どもの頃、教科書で読んだ時には
ごんぎつねが、かわいそう・・・」と
ただただ、悲しみを感じていたのを何となく覚えています。

この悲しさって、なんでしょう?

思いやりとか、優しさが相手に伝わらない悲しさ・・・?

自分を受け入れてもらえない悲しさ・・・?

兵十からの視点で見れば、

自分を見守ってくれていた大切な人(狐)を
自らの手で殺めてしまった、罪悪感と喪失感ですよね。

一人ぽっちという寂しさと、
そんな自分を影で支えてくれている人がいることに
気付かずに傷つけてしまい
そして、大切な人の存在に気付いた時には
手遅れになっているという・・・・

でも、こんな悲しい物語が
長い時間ずっと読み継がれているのは
何故なのでしょう?

きっと誰もが一度は読んだことがあると思うのですが、
大人になった今、
黒井健さんの情感溢れる絵を眺めながら、
もう一度、物語の世界に浸ってみるのも
よいのではないでしょうか。

たまには童心に返って・・・・

ありがとうございました。

posted by penguin-oyaji at 14:08 | Comment(8) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

病床での最後の授業・・・「モリー先生との火曜日」

 

Book-No.103
「モリー先生との火曜日」

ミッチ・アルボム 著
別宮 貞徳 訳
NHK出版

人の生と死について書かれた本です。

先ず、この本の内容について・・・

スポーツコラムニストとして活躍していた著者のミッチ・アルボムが
偶然テレビで大学時代の恩師、モリー先生が
難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されているのを知り、
そして16年ぶりの再会。
そしてそれから、毎週火曜日にミッチは恩師の病床を訪れ、
そこで最後の講義を受けます。
最後の授業の内容は「人生の意味について」

実話です。

ずっと読み進めていて、モリー先生の言葉に心動かされる場面も
多々あったのですが、それよりも自分の愛すべき人が難病に侵されて
それをずっと側で見守っている人の心中を想像すると
切なくなってきて、ちょっと苦しかったです。。。

死に往く当人にも、人には言えない、言葉に出来ない思いが
あると思います。
しかし、ちょっとした身の回りの世話くらいしかできずに
唯ただ見守るだけしかできない、周囲の人の悲しみを感じて、
読み終えるまでの間、胸が締め付けられました。

■生きること、死ぬこと
いかに死ぬかを学べば、いかに生きるかも学べるんだよ」(P86)

いずれ死ぬことを認めて、いつ死んでもいいように準備すること。
そのほうがずっといい。そうしてこそ、生きている間、はるかに真剣に
人生に取り組むことができる
」(P85)

確かに期限付きの命をもって生まれた訳ですから、
自分もいつかは死にます。
そして、自分の愛すべき人たちもいつかは・・・
頭では分かっているつもりですが、
実感として感じる事は、そうはありません。

誰でもいずれ死ぬことはわかっているのに、誰もそれを信じない」(P84)

私も日々の中で「死」を意識することは、殆どありません。
でも、きっと「余命三ヶ月!」と宣告されたりしてしまったら
死生観もガラリと変わるんでしょうね。

どういうふうに死にたいのか
どんな状態で、この世とお別れしたいのかを考えれば
自ずと自分の生き方も、するべき事も分かる
という事を
きっとモリー先生は言いたかったと思うんです。

有り得ない話しですが、不老長寿の命を授かったとしたら
人はどんなふうな人生を過ごすようになるんでしょうね?

いつか期限が切れるという事が分かっているからこそ、
思いっ切り生きたいと願うと思うのです。

■自分を許す
「許さなければいけないのは、人の事だけじゃない。自分もなんだ」
自分?
「そう。やらなかったことすべてについて。やるべきなのにやらなかったこと
すべてについてね。そのことをいつまでもくよくよ悔やんでも始まらないんだ
」」
(P168)

そうは言っても、100%完璧な人生なんて、きっと有り得ない。
出来なかったこと、やれなかったことを引きずって死ぬよりも
完璧でなかった自分を許す・・・
つまり、全てを受け入れるという事なんでしょうね。

うまくいったことも、失敗したことも
出来たことも、出来なかったことも
全部ひっくるめて「これが私の人生」と潔く言い切れる
そんな大きな器を持って旅立ちたいものです・・・

■人を愛すること、周囲の社会に尽くすこと
人を愛することにみずからを捧げよ、周囲の社会にみずからを捧げよ、
目的と意味を与えてくれるものを創りだすことにみずからを捧げよ
」(P130)

人に与えることで自分が元気になれるんだよ。車や家じゃない。鏡にうつる
自分の顔じゃない。自分の時間を与え、悲しい思いをしていた人たちをほほえませることが
できれば、私としてはこれ以上ないほど健康になった感じがするんだよ
」(P131)

一言で言ってしまえば、「利他の心」ということなのでしょう。

ただ、ジワジワと病魔に侵される病床の中で死と向き合いながら、
語られた言葉だからこそ、より一層この言葉の意味を重くしているような気がします。

■死で人生は終わる。つながりは終わらない
人間はお互いに愛し合えるかぎり、またその愛し合った気持ちをおぼえているかぎり、
死んでもほんとうに行ってしまうことはない。つくり出した愛はすべてそのまま残っている。
思い出はすべてそのまま残っている。死んでも生きつづけるんだ−この世にいる間に
ふれた人、育てた人すべての心の中に
」(P176)

モノより思い出」といったTVCMがありましたが、
確かに家とか車といった「モノ」が周りにどれだけあっても、
それだけでは幸せは感じられないということは、最近よく思います。

もっとも、無いと困るという「モノ」もそれなりにあるのですが・・・

この文章を読んだ時、改めて思いました。
自分がこの世から去ってしまった後、家族、友人、恋人(?)、誰か一人でもいいから
自分の事を思い出として、ひっそりと心の片隅でも覚えていて懐かしんでくれる人が
いたら、それだけでも幸せだと・・・

それと、こんな文章も思い出しました・・・

もしもあなたがこの世からいなくなっても、あなたの存在が「愛すべき人」
として誰かの心の中で生きていける、こんな贅沢な財産を残すことができる
人こそ、成功した人生を生きた人と私は思いたいのです。

(「人づきあいのレッスン」和田裕美 著)

同じですね・・・

■喪失感・・・
モリーは土曜日の朝亡くなった。」(P188)

「生」と「死」という、重くて大きいテーマの本であるだけに、正直に言うと
よく分かったような、分からないような・・・そんなちょっと消化不良の部分があるのも事実。

ただ自分が死ぬ間際に、どんな言葉を遺すことが出来るんだろうと感じました。
人の人生の価値は、死の瞬間に分かる」というような言葉をどこかで目にしましたが、
自分の人生の経験、思いなどを価値ある言葉として、親しい人の心に残すことが出来た
モリー先生の最期は、もしかしたらものすごく幸せな最期だったのかも知れません。

読者であることの気楽さなのかもしれませんが、
人がひとり死んでしまったというのに、
悲しみも喪失感も私はあまり感じることはありませんでした。

モリー先生の身体と命は消えてしまったけれど
思いとか言葉はこうして望みどおりに教え子(筆者のミッチ)が本にして
多くの人の心に届いて、今も語り継がれているのだから・・・・

 

最期まで、ありがとうございました。

posted by penguin-oyaji at 23:22 | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

人を幸せにするプロジェクト(思い出の1冊)

 

Book-No.99
実用企業小説
「プロジェクトマネージメント」

近藤 哲生 著
日本経済新聞社

 

このブログを始めた時から、いつか機会があったら
書きたいと思っていた1冊です。

最初に読んだのは、もう4年も前なのですが、
私にとっては忘れられない思い出の本です。

■言い渡された「半年納期」
本の内容を書く前に、私がこの本と出会った時の事を
先ずは書きたいと思います。

4年前、それまで店舗で使用していたレジシステムが古くなり
入れ替えをしないといけなくなりました。
(ちなみに私の勤め先は小売業の会社です)

単純にレジだけ取り替えれば話が済むのであれば、簡単なのですが、
当時のシステムの構成上、レジ端末、店舗系システム、
そして本社の基幹系システムまで取り替える必要があり
結構大掛かりな話でした。

当時、私は商品部というところで店で販売する商品の仕入担当を
していました。つまり、何事もなければシステムの入れ替えとは
全く関係のない部署です。

なのに、色々と事情がありまして・・・
私がシステム入れ替えのためのプロジェクトチームのリーダーに
なってたのです。

そして会社からは「半年でやり切れ!」という期限を付けられました。

SEの仕事をされている方なら、分かって頂けると思うのですが、
店舗数が十数店舗の規模とはいえ、基幹系まで入れ替えるとなると
それなりに期間は必要。
お付き合いすることになったシステム会社からは
半年・・・?絶対ムリですよ。最短でも1年!普通はもっと時間が掛かりますよ
と言われました。

・・・とまぁ、そんな状況下の中でIT系のプロジェクトなんか
仕切った経験も無いので、勉強しなければ!と思って手にした中の一冊が
この「プロジェクトマネジメント」でした。

■傾きかけたプロジェクトの再建物語
内容は傾きかけたプロジェクトを再建するために赴任した
新任のプロジェクトマネジャーが紆余曲折を経て、遂にはプロジェクトを成功に
導くという小説です。

私自身もありえない短納期と、全く未経験のプロジェクトリーダーという仕事に
不安だらけででしたので、この苦難を乗り越えてプロジェクトを成功させるという
物語には、ものすごく共感するところが多くて何度も何度も読み返していました。

■人を幸せにするプロジェクト
一人ひとりがそれぞれの力を発揮して、また皆が協力して、いくつもの
難関を見事に突破してきました。いま、僕は『僕たちは史上最強のプロジェクト
チームだ』と豪語できます
」(P273)

プロジェクトが人を幸福にするものになれば、まず僕たちが幸福になる。
僕たちが幸福になれば、僕たちの家族が幸福になる。わが社が幸福な会社になり
お客も幸福になり、一緒に仕事をしてくれている協力会社も幸福になる。
プロジェクトが人を幸福にするものになれば、幸福はどんどん皆に広がっていく。
そんな『人を幸福にするプロジェクト』の雛形を、僕はこのプロジェクトでつくることが
できたと思っています
」(P285)

これは小説の中でプロジェクトが成功を収め、その慰労会兼解散式で
プロジェクトマネジャーが語った一節です。

この部分が特に印象的で、本当に飽きもせずに繰り返し、繰り返し
読み返していました。そして、その度ごとに自分たちのプロジェクトも
こうした幸福な解散式が出来るようになろうと思って、その場の状況を
想像しながら読んでしましたね。

今から思えば、当時の私にとってこの本は不安な自分の心を支えるための
拠り所みたいな存在だったのですね。

「仕事はな、人間を幸福にするもんでないと、あかん」
これが徳永の口癖だった。
「幸福はな、人から人へ伝わって拡大する。けど、不幸もまた然りや。
伝染しよる。だからこそ、幸福を生みださなあかんのや」
こうした話をする時の徳永は、いつもぴしりと背筋を伸ばしていた

(P23)

今でこそ、口癖のように言っていますが、
仕事は人を幸福にするもの」だという事を強く意識するようになったのも
この本を読んでからでした。

■そして想像の場が現実のものに!
そして、私たちのプロジェクトは「絶対に無理」と言われていたにもかかわらず
予定通り半年後に、システムは無事に稼動を始めたのです。

短い準備期間でしたので、何か問題が残っているのではないか、
何か問題が起こっても当然だ、と思っていたシステム稼動初日、
店まで含めて本当に何も問題らしい問題が発生しなかったのには
自分でも驚きました。
その日の日報に「何も起こらない、というトンでもなく大きなことが起こった!」と
ちょっと興奮しながら書いたのを覚えています。

そしてプロジェクトの解散式。
会社の近所の居酒屋に社内外の関係者の方々に集まって貰ってやったのですが、
冗談のような大変なスケジュールで苦労したにもかかわらず、
本当に皆が笑顔でした。
自分が本を読んで思い描いていた通りの解散式が実現できたのです!

成功したのは別に私の力ではなく、社内、社外の関係してくれた人みんなが
最後の最後まで諦めないで、力を尽くしてくれたからなのですが、
本当にあのプロジェクトは今でも、ささやかながら私自身の誇りです。

プロジェクトの成功法則

不安とプレッシャーで何度も押しつぶされそうになり、
その度ごとに、この本を開いて解決策をさがしたりしていました。
実際に、この本の中に書かれているノウハウなどを、
そのまま現場に持ち込んで、成果につながったことも数多くあります。

でも、多分プロジェクトの成否を決めるのって、
チーム全員の心のあり方だと思うのです。
また、精神論かと思われるかもしれませんが、
一人ひとりのモチベーションをどうやって高め、維持していくことが
どれだけ大事なことかを、この物語を通じて無意識のうちに学んでいたようにも
思います。

それから、このプロジェクトをやっていた期間、私の生活はワーク一色でした。
チョッと前に記事にした「ワークライフ”アンバランス”みたいな感じ。
でも、本当に楽しかったです!
仕事の醍醐味みたいなものを感じられた初めての経験だったのかも知れません。
もう一回、同じ事をやれ!と言われたら・・・
ちょっと考えてしまうかもしれませんが、多分またやります(笑)

 

それでは、長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。

(残り 1冊 タイムリミットまで約9.5時間

posted by penguin-oyaji at 14:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この国の未来、自分の未来 「この国を作り変えよう」

 

Book-No.97
「この国を作り変えよう」
日本を再生させる10の提言

松本 大 ・ 冨山 和彦 著
講談社

タイトルから分かるように、内容としては
これからの日本をどう変えていくべきか」を二人の経営者が語ったものです。

勝間さんの「勝間和代の日本を変えよう」と同じ系統の本かと・・・

《関連書籍》

 

松本大さんは、マネックスグループのCEOで
1963年生まれという事ですから、ほぼ私と同年代。

冨山和彦さんは産業再生機構でCOOを努め、
現在は経営共創基盤のCEO。1960年生まれですので、
私より少し上の年代です。

いきなり読後感ですが、読み終えて「恐れ入りました」と思いましたね。
私とそれほど年齢も違わないお二人の見識の深さに
自分自身の不勉強を恥じ入ったという方が、より近い感じですかね。
同じくらいの時間を生きてきた筈なのに・・・という思いです。

■品格ブームの裏側
本書をめくると、一番最初の章タイトルが「品格ブームの胡散臭さ」である。
確かに書店へ行くと、何とかの品格みたいな本がけっこう積まれていて、
売れているような感じです(私は読んだ事もありませんが・・・)

品格のある生き方をしましょう」と言われて、
それは違う!」と首を横に振るのは、けっこう勇気の要ることではないかと・・・
私は単純なので、そうした「品格本」を手にしていたら、黙って頷き
同意していたのではないかと思います。

しかし・・・

昨今の品格ブームを、諸手を挙げて歓迎する気には、どうにもなれません。
どこか胡散臭く感じられて仕方がないからです
」(P12)
だいたい、品格といって騒いでいる中高年の既得権益層、とくにいちばん
うるさい団塊の世代に、品格を語る資格があるのでしょうか
」(P14)

昨今の品格ブームの発信者であり、歓迎して受け入れている中高年層
それも特に団塊の世代に対しての挑戦状みたいな事が綴られています。

読んでいて団塊の世代に対する批判は痛烈で、ある意味、爽快でもあるのですが、

それよりも・・・

人が滅多に「No!」と言わないような事に対して、疑念を感じ取り
問題点を見つけ出して、論理的に誰もが頷けるように言葉にして
提示できる能力
に「スゴイなぁ」と思うわけです。

物事の本質というか、裏側まで読み取る能力がないと、
なかなか、こういう事は書けませんよね。

※ちなみに「団塊の世代」とは、一般的には戦後のベビーブーマー世代のことで
現在、60歳前後の世代のことです。

■若い人が明るくなれない理由(世代別人口構成)
本書の中で、著者のお二人が指摘されている問題の一つは、既得権益を
手に入れた中高年層(特に団塊の世代)が、その権益を死守するために
若年層をスポイルしてしまっている点です。

もっとも、既得権益層は昔から存在して訳ですが、
なぜそれが今、問題になるのか・・・?

答えは割りと簡単ですね。
総務省統計局のサイトに行くと、いろいろな統計データが公開されていますので、
是非、お正月休みにでも見てもらいたいと思うのですが、
日本の世代別人口分布を見ると、
団塊の世代が属する55歳〜65歳のゾーンの人口は、約1880万人です。
彼らの子ども世代である団塊ジュニアが属する30歳〜39歳のゾーンが1850万人です。
現在の日本では、この二つのゾーンが圧倒的に多いんですよね。

ちなみに、若年層の20歳〜29歳ゾーンは1480万人くらいですから、
団塊の世代と比べると、400万人くらい少ないんです。

限られた権力や富を上の方の世代、それもカズの多い世代が握ってしまったら
下の世代には何も回ってこなくなってしまういますよね。

それと、ときどき耳にするようになりましたが、選挙すると人口構成から
必然的に票を持っているのは上の方の世代ですし、世代別の投票率を見ても
圧倒的に中高年層の方が投票率は高い。
そうすると、これまた必然的に政策は中高年に優位な政策を掲げた方が
選挙で当選しやすくなるという事が起こってしまうわけですね。

では、下の世代が頑張ってもっと稼げば良いじゃないか!
という話しもあると思います。

しかし・・・

いい悪いはともかく、大学で四年間遊んだ人も会社は正社員として採用し、
それなりに飯を食えるようにするというのは、この社会の暗黙の約束事だった
はずです。
その約束事を中高年世代は守らなかった。バブルが崩壊して景気が悪くなると、
新卒の一括採用をあっさりやめてしまいました
」(P15)

そう、下の世代が頑張るチャンスを摘み取ったのは、間違いなく既得権益層である
中高年世代
です。それも、自分たちが手にした権益を守るために・・・

こうした世代別人口構成から来る問題を解消するために、本書の中では
世代別選挙制度の実現』が提案されています。
二十代、三十代、四十代、五十代、六十代で選挙区を分け、各世代別の
議員定数を人口比とする。一般の若者でも政治家になれ、人口が少ない
若者世代が国政に意見を反映できる仕組みをつくり出す
」(P152)

絶対にやるべきですよね。私、この提言に賛成です。

■暗い若者が日本を変える
勝間さんが「日本を変えよう」の中で「若い人が暗い国」という表現を
されていましたが、その暗い若者もいずれは日本の中心舞台に立つ時が
やって来ます。

先日も、当社の若い社員に、日本の一人当たりGDPが急落していることに
ついて感想をきいたところ、彼の返事はこうでした。
「私は生まれてから一度だって、日本がすごい国だと思ったことはありません。
いまがダメというより、いつもダメダメな国でした
」」(P74)

ウーム、と思いましたね。
同じような風景を見てきている筈なのに、世代によって見ている風景は
随分と違うものなんですね。

しかし、日本をダメダメと思って育ってきた若い世代が中心となって
活躍する時、どうなるのか?

成功体験のバイアスがない彼らは、現在のスタイルに固執する理由など
ないので、このままでは世界の中で相手にされないと感じれば、躊躇なく
世界標準を受け入れるでしょう
」(P74)

要は今の日本は、高度経済成長の置き土産であって、特に上の世代には
その時の成功体験が残っているわけです。
だから、今後もかつて非常にうまくいった成功体験を繰り返せば、
きっとまたうまくいくに違いない、と思っている人が少なからず居る。

そうした、かつての成功体験に縛られない今の若い世代がリーダーになった時に
思いもしないブレークスルーが起こるのではないかと期待できるという事が
書かれています。

まさに「成功は失敗の素」だというわけです。

私も最近、20代の人と話すときによく言う事があって、それは
おじさん世代からマナーとか礼儀作法等は学ぶべきだが、仕事のやり方に
ついては少し斜に構えて、本当に学ぶべき価値があるものかどうかは
自分で判断した方がいい
」という事です。

「俺が若い頃はななぁ・・・」で始まった話は聞き流せ!とも
言っていたりしますが(笑)

今後の若い世代の活躍は彼らに託すとして、私たちオヤジ世代の今後の
課題といえば、やっぱりこれですよね。
結局、上の世代にできることというのは、下の世代が表に出ようとするとき、
彼らに道を開いてあげることしかありません。もっといえば、自分たちの権力や
財産を、遺品として新しい世代に譲り渡して颯爽と去っていくことが、本当の
品格ある姿だと思うのです
」(P114)

颯爽と去っていくことができるかどうかはともかく、邪魔だけはしないように
したいと思うのです。

■最後に・・・
折りしも2009年という新しい年が目前にやって来ているわけですが、
100年に一度の危機とか、世界的経済不況とか、色々いわれています。

そうした話を「悲観的」に捉えるのはあまり良くないと思うのですが、
「危機感」をもって捉えるのは、非常に良いことだと個人的には思っています。

ピンチはチャンスですから、何かを始める、何かを変革する良いチャンスの時が
やって来てくれているのではないかと思うんですよ。

今後のこの国のあり方、そして自分の今後の在り方を考えるきっかけとしては
こういう本を読んでみるのも良いのではないかと・・・

最後まで、ありがとうございました。

(残り3冊 タイムリミットまで約23時間・・・24時間を切ってしまった!)

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2008年12月30日

パパよくがんばったね・・・「なぜ君は絶望と闘えたのか」

 

Book-No.93
「なぜ君は絶望と闘えたのか」
本村洋の3300日

門田 隆将 著
新潮社

内容は光市母子殺害事件で愛する妻子を殺された本村洋さんが
死刑判決を「勝ち取る」までのノンフィクションです。

裁判が行われる度ごとにマスコミにも取り上げられ、記者会見で
発言する本村さんの姿を私もテレビで何度か見た事はありました。
特に広島高裁での差戻裁判が行われた時に、
死刑反対論者の安田弁護士が付き、
「ドラえもん」だとか、「魔界転生」など荒唐無稽と思えるような
証言が飛び出してきた時には、憤りすら感じながらニュースを見ていました。

この本を読み終えて感じた事なのですが、
本村さんが10年近い歳月を掛けて闘っていた相手は、
加害者の少年Fではなく、日本の司法制度そのもの、であったように思います。

■日本の司法制度の壁と変革
裁判が始まって遺影を持っていったら、荷物として預けさせられました。
二人に法廷を見せてあげることもできない。法廷では、僕たち遺族には
傍聴席さえ用意してもらえない
」(P107)

最初は、傍聴席にも遺族は満足に入れなくて、意見も言えませんでした。
いろいろ悔しい思いをしました。刑事司法制度がもっと被害者寄りに
変わらなければいけないと思っています
」(P176)

そして、出した判決は、個別の事情には何の関係もない、過去の判例に
縛られた単なる「相場主義」に基づいたものだった。
裁判官は被害者の味方ではない。むしろ敵だ。裁判の結果に加害者では
なく、被害者の側が泣く。それが日本の裁判だと、本村はこの時、思い
知ったのである
」(P131)

遺影の入廷、傍聴席の確保、被害者側の意見陳述・・・・
今では「当たり前」と思っているような事が、光市母子殺害事件が発生した
1999年当時では、被害者側の気持ちは汲み取られることなく、
一切許されていなかったのです。
それでも、被害者側が納得できる判決が出されるなら、
まだ報われもするのでしょうが・・・個別の事情は考慮されることのない
前例主義」「相場主義」にのかった判決が言い渡されるのでは、
被害者は泣くに泣けなかったと思います。

加えてこの本村さんの事件の犯人は、事件当時は18歳の少年。
「少年法」によって守られ、保護されてしまうというような状況な訳です。

いくら本村さんが人を殺めた者は自らの命でそれを償って欲しい
訴えたところで、厚い司法の壁に跳ね返されてしまうのです。

正直、私自身は不満タラタラですが、この本を読んで
裁判員制度」という制度が必要とされるほど、
この国の司法が国民感情とはかけ離れた孤立した世界の話である事が
よく理解できました。

しかし、それでも本村さんや犯罪被害者遺族の方々が声を上げたことで
厚い司法の壁も徐々に変革されてきているようです。

先ず小渕首相。
「無辜(むこ)の被害者への法律的な救済が、このままでいいのか。
本村さんの気持ちに政治家として応えなければならない」
記者団に囲まれた小渕恵三総理が、突然、本村の名前を挙げて犯罪被害者
問題に言及したのは、判決が出たその日のことである
」(P143)

続いて小泉首相。
小泉も光市母子殺害事件のことは知っている。家族を惨殺された
哀しみのどん底から這い上がってきたこの青年の話に小泉は
熱心に耳を傾けた
」(P176)

世の中に背を向け、自分たちだけの世界に閉じこもっていれば
よかった司法の世界が、犯罪被害者たちの血を吐くような叫びによって
徐々に変わらざるを得なくなってきたことを、本村は肌で感じていた
」(P176)

比べるレベルが違うとは思うのですが・・・・
相撲協会絡みの一連の不祥事とその対応の様子を見ていて思うのですが、
結局、硬直した組織は自らの改革能力って無いんですね、きっと
司法制度(法曹界)も、結局は政治(立法府)の外圧を以ってして
ようやく犯罪被害者に考慮した、ある意味当たり前のことができるように
なってきたのですから。

■支える人々
事件直後、本村さんが思い余って会社に辞表を提出した時の
上司(日高氏)の言葉。
君は、この職場にいる限り、私の部下だ。その間は、私は君を守ることが
できる。裁判は、いつか終わる。一生かかるわけじゃない。その先を
どうやって生きていくんだ。君が辞めた瞬間から、私は君を守れなくなる

(P92)

「犯罪被害者の会」発足のきっかけとなた会合の場でのこと。
おかしいのは法律だ。この国の制度が間違っている。それを変えなければ
ならない。
法律の専門家である岡村が、そう言い切ったのである。本村に新たな
希望が湧いてきたのは、この岡村の言葉を聞いた時からだった
」(P108)

東京へ向かう全日空機の機内でのこと。
「山口の事件のご遺族の方ですよね」
座席に座っていた本村に、スチュワーデスが飲み物のサービスをしながら
声をかけてきたのである。
(中略)
「お昼、テレビを見ました。これはこの飛行機に乗っているスチュワーデス
全員の気持ちです。こんなものしかありませんけど・・・・。これはお守りです。
がんばってください」
(中略)
自分を支持してくれる人もいる。それは本村に、ささやかだが、しっかりと
勇気を与えてくれる出来事だった
」(P138)

自分の最愛の妻と娘を惨殺され、それだけでも辛いのに
加えて前述した司法制度との戦い。
普通だったら、心が折れてとても闘えない・・・
闘えないどころか、生きているのさえ辛い状況だったと思うのです。

事実、本村さんも自殺を考えて遺書まで用意したと、本書の中では
綴られています。

しかし、身近な会社の上司、法律の専門家、そして市井の人々からの応援
そうした人の心が、どれだけ本村さんの支えになったことか・・・

こうした人の心に支えられている中で、本村さんはやがて
「闘う意味」を見出していきます。

■闘う意味
私は、事件直後に一つの選択をしました。
”一切社会に対し発言せず、このまま事件が風化し、人知れず裁判が
終結するのを静観するべきか、積極的に社会に対し被害者としての立場で
発言を行い、事件が社会の目に晒されることで、司法制度や犯罪被害者の
置かれる状況の問題点を見出してもらうべきか”
そして、私は後者を選択しました。(中略)それこそが家族の命を無駄にしない
ことに繋がると思ったからです
」(P216)

私の立場で軽々しく、こんな事を書いて良いのか分かりませんが、
人は絶望の淵に立った時に、自分の一人のために頑張ることは出来ないが、
他の誰かのためになら、頑張ることが出来る。
例えその誰かは、既にこの世に居ない人であっても・・・
そう思ったのです。
前にもこのブログで同じ言葉を書いた事がありますが、
本村さんも、やはり自分個人の憎しみの感情だけだったら、
最後まで闘えていなかったのではないかと・・・

「パパ、よくがんばったね」
天国で二人に会った時、そう言ってもらうことができればと思って、
本村は九年間、闘ってきたのである
」(P229)

■主文。被告人を死刑に処す
本村は、死刑制度というのは、人の生命を尊いと思っているからこそ
存在している制度と思っている。残虐な犯罪を人の生命で償うというのは
生命を尊いと考えていなければ出てくるものではないからだ
」(P237)

死刑制度そのものについて「是」か「非」かと問われたら、
正直、今の私には答えられません。

でも、この本を読み終えて死刑判決が下されたのは
非常に正しい判断だったのではないかと感じました。

正しい・・・というのは、ちょっと違うかな?
本村さんが10年近い歳月を掛けて
何度も何度も厚い司法の壁に跳ね返されて
それでも、訴えてきた事に対して
日本の司法が、きちんと考えて判断を下した事が
何よりも良かった

そんなふうに感じたのです。

そして、この話しがフィクションだったら・・・
もっと違う読後感もあったかなと。

非常に重いテーマ、事件を扱った内容ですが、
これまで、時折ニュースで見るだけだった本村洋さんが
どんな思いで、闘ってきたのかをよく知ることが出来ました。

前回の「奇跡のリンゴ」とは全くシチュエーションは違いますが、
苦しい時間を乗り越えて、遂には思いを遂げる、そんな部分では
根っこは同じかなとも思います。

何だか、うまくまとまりませんが、この辺で。

(謝辞)
「奇跡のリンゴ」と、この「なぜ君は絶望と闘えたのか」の2冊は
「話し方教室」で一緒にレッスンを受けた参加者のお一人から
「お薦め本」という事で教えてもらい、手にすることが出来ました。
2冊とも、本当に感動しました。
教えてくださったOさん、ありがとうございました。

(残り7冊、タイムリミットまで約43時間

すみません、いったんこの辺で寝ます・・・zzz

posted by penguin-oyaji at 04:42 | Comment(1) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年の感動本No.1 「奇跡のリンゴ」

 

Book-No.92
「奇跡のリンゴ」
「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録

石川 拓治 著
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班  監修
幻冬舍

&

 

DVD
プロフェッショナル 仕事の流儀
農家 木村秋則の仕事 りんごは愛で育てる

NHKエンタープライズ

 

いや、いや、泣きましたね。
涙する・・・なんてもんじゃなくて
嗚咽しながら読みました。

間違いなく今年の感動本No.1です。

ご存知の方も多いと思いますが、
元々はNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で
取り上げられ、あまりの反響のスゴさに
書籍化されたそうです。

内容としては、不可能と思われていた無農薬でのリンゴの栽培に
挑戦して、苦難の末に成功した一人の男の物語・・・
という事になるかと思います。

この本の冒頭部分に、こんな言葉が書かれています。
ひとつのものに狂えば、いつか答えに巡り合う

読んで頂ければ分かると思うのですが、
いつまで経っても成功しない無農薬でのリンゴ栽培に
普通、そこまでする・・・?
と思うくらいの執念で取り組み、
それでも一度は諦めて、自殺までしようとします。

まさに「狂う」という言葉でしか表現できない
挑戦だったわけです。

木村さんはリンゴ農家ですから、当たり前ですが、
リンゴが収穫できないという事は、
即そのまま現金収入が途絶える事につながる訳です。
実際、リンゴの木に農薬や化学肥料を与えるのを止めたその年から
害虫や病気にやられてリンゴは収穫できなくなり、
そこから木村さん一家は耐乏生活を強いられるようになってしまいます。
それも、1年や2年という時間軸ではなく、 9年間も!!

■家族の絆
一家の主として、そんなにも長期間
自分の家族に耐乏生活を強いる事なんて、
普通は出来ない・・・と思うのです(おまけに木村さんは婿養子!)

私の感覚で言うと、「よく家族が逃げ出さなかったなぁ」と
思ってしまうのですが・・・

リンゴ畑で、夫が珍しく弱音を吐いたことがあった。
「もう諦めた方がいいかな」
(中略)
子供たちにその話をすると、長女が思いがけない反応を見せた。
いつも大人しい彼女が、色をなして怒ったのだ。
「そんなの嫌だ。なんのために、私たちはこんなに貧乏をしているの?」
父親の夢は、いつしか娘の夢になっていた
」(P100)

このシーンを読んだ時には、安っぽい言葉かも知れませんが
家族の絆」というものを突き付けられたように感じました。
よく、「子は親の背中を見て育つ」と言いますが、
家族を巻き込んで、誰よりも苦しんでいる父親の気持ちが
娘さんたちにもいつしか、伝わっていたんでしょうね。

■成功までの時間の長さ
何年も花を咲かせなかったリンゴの木々が、いっせいに花を
咲かせていた。
本当に感動したとき、人は言葉も、表情すら失ってしまうものらしい。
何か言葉を発することも、そこから動くことすら忘れて、
二人はその場に立ち尽くしていた。
(中略)
夫の目にも、妻の目にも、うっすらと涙が浮かんでいる。
九年ぶりのリンゴの花見は、涙に濡れていた
」(P165)

9年・・・言葉にすると一言ですが、
失敗に失敗を重ね、苦悩の日々を送っていた木村さん夫婦にとっては
9年ではなく、もっともっと長い時間に感じられていたと思うのです。

前に和田さん(和田裕美さん)が、講演会で
3日がんばって、3日で散ってしまう花もあるし、
10年間がんばって、10年咲き続ける花もある

というような事を話されていたのを聞いた事があります。

私なんかは、どちらかと言うと早く成功したくて、
ちょっと頑張って、ダメだったらまた別の方法を試してみる・・・
そんなことの繰り返しをしているだけのような気もします。

でも丈夫な木が育つためには、先ず目には見えない根っこを
しっかりと張って、それから芽が出て幹が大きく太く育っていくように
人も、成功が目に見えるようになるまでには
長い年月を要することもある・・・
要は、それまで諦めないで継続できる力があるかどうかが
大事だということなのだと思うのです。

1991年の秋に青森県を台風が直撃して、リンゴ農家が
壊滅的な被害を受けたことがある。
(中略)
ところが、木村の畑の被害はきわめて軽かった。
(中略)
リンゴの木は揺るぎもしなかった。根が普通のリンゴの木の何倍も
長く密に張っていたというだけでなく、木村のリンゴは実と枝をつなぐ
軸が他のものよりずっと太く丈夫に育っていたのだ
」(P186)

太くて丈夫な根が張っていれば、嵐にだって耐えられることを
木村さんのリンゴの木は教えてくれています。
人も、しっかりとした根っこがあれば、
苦難に襲われても、心が折れることなく前を向いて耐えられる・・・

時間が掛かっても、そんな「根っこ」を育てていきたいものです。

■柔和な顔
NHKでオンエアされたのを私は見ていないのですが、
幸いなことにDVDとして発売されていましたので、
本を読み終えた後、速攻でamazonに発注しました!

で、観ました。

テレビだと、本に書かれているような木村さんの苦労は
それほど伝わってこないのですが、
その代わりに、木村さんの柔和な笑顔とか優しい話し方が
よく伝わってきます。

長年、苦労を重ねてきた人というのは、
優しい、心から滲み出るような笑顔になるんですね。

それから、木村さんはご自身があれほど苦労して見つけ出した
無農薬でのリンゴの栽培方法を惜しげもなく人に教えているんです。
番組の中でも、そうやって木村さんから栽培方法を
教えて貰っている人が登場します。
で、その場面を見ていて分かりました。

大切なのは、ノウハウではなく「心」だという事が。

木村さんからノウハウを教えて貰っても、それを「受け止める心」が
無いと無農薬でのリンゴの栽培は成功しないんですね。
(※詳しくはDVDを観て下さいね)

これって、自己啓発本やビジネス書から単純にノウハウ、技術だけを
学ぼうとしても、身に付かない・・・というのと一緒ですね。
観ていて、そう思いました。

この本の中では、その他にも農業の在り方だとか
自然の生態系の素晴らしさだとか
色々と多くの事を読み取る事ができる内容でした。

本当はもっと、書きたいことが一杯あるのですが、
取りあえず、この辺で終わりにしたいと思います。

是非ぜひ、一度読んでみてください。おすすめです!

いかん、またウルウルしてきてしまった!

ありがとうございました。

(残り8冊、タイムリミットまで約46時間

posted by penguin-oyaji at 02:01 | Comment(2) | TrackBack(1) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月18日

初詣に行く前に・・・・神社のしきたり

 

Book-No.90
「神社のしきたり」
日本人ならおさえておきたいルール

浦山 明俊 著
角川マガジンズ

ビジネス書・・・・では、ありませんが、
たまには、こういう本も良いのではないかと・・・・
ちなみに、この本の事を知ったのは、
当然といえば、当然ながら
和田さんのブログでこの記事を読んだのがきっかけでした。

それに、もうすぐお正月!
お正月といえば、初詣!
神社に行く機会もあるかと思いますので、
今日は、この本を読んで知ったお参りの作法などを書いてみたいと思います。
是非、初詣に行ったら思い出してくださいね。

●参道の歩き方
境内の参道は、真ん中ではなく、端を歩きます。これは神様と
正面に対さないのが礼儀とされているからです
」(P16)

三が日の明治神宮で、この作法を守れ!といったら、
ちょっと無理があるかも知れませんが(笑)
基本的には、参道の「端」を歩く。
会社によっては、社員は廊下や階段の端を歩くよう指導されている
ところもあるかと思いますが、それと一緒ですね。

●手水(ちょうず)の使い方
両手を清め口をすすぐことにより、心(魂)と身体を洗い清める意味があり、
きれいな心と身体で神様にお参りするための準備を整えるのです
」(P25)

鳥居をくぐると先ずは、手水を使って手や口を清めるわけですが、
これにも、きちんと作法があるんですね。

1.右手に柄杓を持ち、左手を清める
2.左手に柄杓を持ち替え、右手を清める
3.再び右手に柄杓を持ち、左の手のひらに水を受け口をすすぐ
(柄杓に直接、口をつけるのはマナー違反)
4.口をすすぎ終わったら、もう一度左手に水をかけて清める
5.最後に、水の残っている柄杓を立てて柄の部分を洗い流す

私の場合、手を洗うのは何となく、今までもやっていたのですが、
口をすすぐやり方がイマイチ分かっていなかったので、
いつも省略しておりました(汗)
それに、最後に柄杓の柄の部分を洗うなんていう発想は全然なくて、
思えば、失礼の連続だったりして・・・・

●呼び鈴ではなかったのか?!
鈴は神様への呼び鈴ではなく、音を浴びてあなたの邪気を祓う
意味があります
」(P49)

拝殿に立つと、たいていの場合、大きな鈴があって
紐を引きながらジャラン、ジャランと鈴を鳴らしたりしますよね。
今までずっと、あれは神様を呼び出す「呼び鈴」だと思っていたのですが、
違うんですねぇ〜
鈴の音で邪気を祓う、つまりお清めのための作法の一つだったとは
目ウロコでした。

●お賽銭の作法
お賽銭は願いごとを聞いてもらう代価ではありません。自分の命の糧を
捧げることで、私欲を捨てて神様に会う意味があります
」(P50)

元々は命の糧である稲穂やお米を捧げていたそうです。
お賽銭のことを「初穂」というのは、その頃の名残なのですね。
お賽銭に関しては、この本に書かれている事よりも
和田師匠がブログに書かれているのを読まれたほうが参考になるのでは
ないかと思われます。
(※和田師匠、言わずと知れた和田裕美さんのコトです^^)

「和田裕美のわくわく営業セミナー秘密現場日記」
08年2月3日 文学座、本田さんとハワイ、そしてポチ袋・・・

●二礼・二拍手・一礼
さて、神様にお会いする時の作法としては「二礼・二拍手・一礼」というのは
ある程度、知れ渡っているのではないかと思うのですが、
この本を読んで、新たに知ったのが拍手の時の作法です。

まずは胸の高さで手のひらを合わせ、右手を少し下にずらして拍手を
打ちます。二回目の拍手を打ち終えたら、その後、指先をきちんと合わせます

(P50)

知ってました?
右手を少しずらすのは、神様と人とがまだ一体になっていない事
表すのだそうです。

それと、拍手を打った後で、目をつむってお願いごとを
唱えたりするじゃないですか。
でも、あれって神社の正式な参拝の仕方にはないんですね。

よく両手を合わせて、目をつむってお願いごとを念じている人を
見かけますが、それは正しい参拝の作法とはいえないのです。
神社へのお参りの仕方は(中略)、「二礼・二拍手・一礼」です。
この所作の間に、目をつむる動作はありません。両手を合わせて
じっと拝むこともありません
」(P48)

へ〜、へ〜、
読みながら、一人トリビアでした(笑)

この本によると、目をつむってお願いごとをするのは、「神仏習合」の時代の
名残ではないかと書かれていました。
「神仏習合」・・・・そういえば歴史の授業の時に習いましたね。

そうは言っても、私はやはり拍手を打った後で目をつむって
感謝の気持ちを伝えたりしているのですが・・・・

●おみくじ、縁結び
もともとおみくじを木に結ぶ風習に、根拠はないのです。
結ぶことで恋愛の「縁を結ぶ」に通じると迷信されたのがルーツです。
また神様との「縁を結ぶ」に通じると考えて木に結びつけられるように
なったともいわれてます
」(P64)

最近、あまりおみくじを引くこともしなくなってしまいましたが、
以前は、神社にお参りすると必ずおみくじは引いていましたね。
正月早々に「凶」が出たりすると、けっこう凹みましたが・・・(笑)

凶のおみくじを利き腕と反対の手で結べば、困難な行いを達成したことになり、
つまりは修行をしたことになり、凶が吉に転じると信じられたというのです

(P65)

これまた、「へー、へー」の一人トリビアです。
今度、「凶」が出てしまったら、試してみたいと思います。

さて、そのおみくじですが、木に結んだり、おみくじを結ぶ専用の場所に
結んだりしていましたが、これもあまり根拠はないそうです。
私の場合は、吉でも凶でも持ち帰ることなく、神社の木などに結んで帰って
きていますが・・・

●これで09年の初詣はバッチリ?!
さて、取りあえず、これくらい知っておけば初詣は卒なくこなせるのでは
ないでしょうか?

ちなみに、読んで頂いている方にはどーでも良い話だと思いますが、
先日、ついに神棚を買ってきました。
熊野に行ったときに嬉しくて、勢いでお札とかお守りとかを買ってきたのですが、
これでようやく、熊野の神様にも落ち着いて貰うことが出来ました。
ちゃんと毎朝、毎晩、神様にお参りしていますよ
(まだ、時々忘れる事もありますが・・・)
最近では、祝詞(祓詞)もマスターしつつあります。

※ちなみに、祝詞はYouTubeでも見られるの、知ってました?
http://jp.youtube.com/watch?v=W8pvruZPF-o&feature=related

それにしても・・・
・今年はビジネス書を読もう!
・和田さんの本を手に取り、はまる!
・わくわく伝染ツアーに参加する
・何故か突然、熊野に行きたくなり、本当に行ってしまった!
・神社のことが気になる
・神棚を買ってしまう、ついでに祝詞も覚えてしまう

まさか、一年前には想像もしていなかったような行動をしていますが、
私はこれから何処に向かっていくのでしょう・・・?(笑)

 
それでは、今日も最後までお付き合いくださり
ありがとうございました。
残り10冊!最後まで頑張ります!
タグ:神社
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2008年12月15日

サキヨミに見る資本主義の暴走・・・

 

Book-No,88
「暴走する資本主義」

ロバート・B・ライシュ 著
雨宮 寛 / 今井 章子 訳
東洋経済新報社

 

昨日(12月4日)は・・・
ご存知の通り、赤穂浪士の討ち入りの日であり、
勝間和代さんの誕生日の日でもあり、
フジテレビ「サキヨミ」でChabo!の活動報告のVTRが
放映された日でもあります。

「サキヨミ」見ましたとも!(録画だけど・・・)

Chabo!を仕掛けられた勝間さんもスゴイと思いますし、
何よりも遠い異国の地で、苦労しながらも地道にコツコツと
活動を続けていらっしゃるJENのスタッフの皆さんには
頭が下がる思いです。

話は突然変わりますが・・・

「サキヨミ」の冒頭部分で、派遣切りの話しが取り上げられて
いましたよね。(見た?)

概要を簡単にまとめると、以下の通り。

・日本の派遣人口が急増したのは、2004年から
・当初は専門職に限定されていた派遣先が、2004年の法改正で
製造業への派遣が解禁されたのが主な要因
・2004年の法改正の背景として、経団連が2002年にまとめた
「規制改革要望」の中で、派遣対象業務の拡大を政府に提言をしたこと
・そもそも企業が派遣労働者を受け入れる目的は(1)低賃金労働者の活用
(2)(不況時などの)雇用調整の二つ。
・現在の派遣切りを2004年の法改正時点で予見できたのではないか

と、まぁこんな内容でした。
私、これを見ながら「暴走する資本主義」というこの本の事を思い出していました。
■超資本主義(スーパーキャピタリズム)

過去数十年の間、資本主義は私たちから市民としての力を奪い、
もっぱら消費者や投資家としての力を強化することに向けられてきたということで
ある
」(P6)

例えば、私たちは一人の「消費者」としてお店で生活に必要な物や欲しい物を
お金を出して買いますね。
もちろん、値段は安ければ安いほど良い訳で・・・
しかし反面で、企業に勤める「労働者」として考えるとどうでしょう?
自分たちが作ったものは、出来るだけ高く買って貰いたいと考えませんか?

デフレスパイラルの中、私は小売店舗で働いていましたので、
この矛盾は肌で感じていました。
安くしないと売れない!」でも、そうすると売上単価が下がりますし、
粗利額も減りますので、売上・利益の確保がものすごくキツかったのです。

しかし、競争が激しくなればなるほど、「消費者」側の方が力を持つように
なりますから、企業側(労働者)の負担は高まる一方になります。

また、本来は民主主義の主役である「市民」としての私たちの考えや意思は
政府の政策に、きちんと反映されているでしょうか?

ご存知のように、各政党には支持団体というものがあって、
そこに政党と団体との利害関係が発生してしまいます。
さらに力を付けた企業は、自分たちの企業活動が有利となるよう
政治家に働き掛けるロビー活動を展開するようになりました。
そうなると、政策も市民の意見ではなく、企業や利益代表団体に偏ったものに
なってしまうという弊害が生まれます。

また、企業は投資家の利益が最大化することに目を向けるようになり、
人件費を含めたコストの抑制に走るようになる・・・

つまり、資本主義が力を付ければつけるほど、民主主義の良さが失われていく
結果として、格差問題や環境問題などを引き起こしてしまう
、という問題点が
本書の中では数々の事例をあげながら、指摘されているのです。

ものすごーく、単純にまとめると本書の要旨はこんな感じなると思います。

■日本で起きている現実
さて、「サキヨミ」の話に戻ります。

先ず派遣労働法が改正された2004年の時代背景ですが、
バブル崩壊後の不景気に日本全体が喘いでいて、それでも少し回復の兆しが
見えてきた頃ですね。
で、小泉政権が着々と規制緩和路線をひた走っていた頃でもあります。
雇用問題としては、就職氷河期の末期に当たり、一時ほどではないにしても
大学生の就職活動ではまだまだ苦労を強いられていたような時期でもあります。

こうした時代の流れの中で経団連が政府に対して、派遣対象業務の拡大を
提言していたというのは、本書の中で描かれているように企業活動が
有利となるよう企業が様々なロビー活動を展開していた話と、ダブって見えます。

「サキヨミ」の中では、将来的に問題が露見する事が分かっていながら
法案を成立させてしまった政府に対する批判があったように思いますが、
私、個人的には政府だけの問題ではないと思っています。

法律には「整備」と「運用」という二面性が必ずあって、
この問題に関しての私の意見としては、

整備面」でいうと、経団連の目論見をどれだけ当時の政府が配慮したのか
分かりませんが、ある意味では、本書の中で指摘されているように
市民の意見ではなく、企業の見方になって法整備をしてしまった点に
一つ、問題があるように思います。

運用面」で考えると、これは当初の企業側の目論見どおりに不景気なった際に
立場の弱い派遣従業員の解雇に走るという企業側の誤った運用が目につきます。

つまり、力を持った企業が政府を動かし、自分たちの都合の良い法整備を進め、
自分たちの利益、投資家の利益を守るために、その法律を都合の良いように
振り回している・・・というふうにしか私には見えないのです。

ちなみに、その法改正を働き掛けたと言われている経団連に関しては
大前先生が著書の中で、こんな記述を残されています。

経済のパイを拡げる提案ではなく、加減乗除で辻褄合わせしかできない
経団連という組織は、政党の応援団みないなものに堕している。
世界広しといえども、増税、特に消費税増税を提案する経済団体など
見たことがない

(「サラリーマン「再起動」マニュアル」大前研一 著 P86より抜粋)

 

まさに本書の中で描かれている「超資本主義」の一片が、今の日本に
見て取れると感じています。

 

政府、企業、投資家・・・・誰が悪いと言うよりは
勝間さんが指摘されているように、アメリカ型の資本主義という
「制度」自体が疲弊しえきているのでしょうか?

だからこそポスト資本主義を模索する・・・と勝間さんも行動していますしね。
 
■ついでに・・・三毒追放なんて言ってられない!

今、派遣切りと並んで問題になっているのが来年4月に入社予定だった
大学生に対する「内定取消し問題」!
全国で300名以上の学生が内定取消しの憂き目にあっているという調査結果が
出ていますね。

勝間さん推奨の「三毒追放」(妬まない、怒らない、愚痴らない)を心掛けている
私ですが、この「内定取消し」のニュースを聞く度に、怒りが沸々と沸いてきます。

本当にひどい対応ですよ!
内定だから取り消し説明不要/自己都合で辞退と書いて送れ/・・・(毎日新聞)

不思議でならないのですが・・・
派遣契約の打ち切りをした企業は自分で公表もするし、マスコミでも社名付きで
報道されるじゃないですか。
なのに、内定取消し問題についてはあまり社名が報道されることがないですよね。
内定取消しって、立派な(?)違法行為なのに・・・

若者の人生をどれだけ、弄べば気が済むのでしょうか・・・?
この国の企業は・・・
同じ採用業務に携わる一人として、どーしても許せない!

ゴメンなさい、こんな個人的な感情をむき出しにして・・・
こんな事読むために、このブログに来て下さっている訳じゃないですよね。

でも、どうしても自分の意見として書いておきたかった・・・

私は怒ってばかりですが・・・
「はじめての課長の教科書」などの著者である酒井穣さんが
この内定取消し問題についても明るく前向きな提言をご自身のブログに
書かれていますので、良かったら読んでみて下さい。

軸を増やす苦しみと、内定取り消しについて

 
私も次からはもう少し明るい事を書きたいとおもいますm(_ _)m
今日も、ありがとうございました。
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2008年08月11日

事件は作られる・・・・ 「国家の罠」

 

Book-No,54
「国家の罠」
外務省のラスプーチンと呼ばれて

佐藤 優 著
新潮文庫

今日はいつもとチョッと毛色の違う本です。
そうそう、茶髪なんです(違うだろ!)

一ヶ月くらい前に、二代目さんがご自身のブログで取り上げているのを
読み、「面白そうではないか!」と、即効amazonしたしました!
(その割にはアップが遅いのでは・・・?という突っ込みは止めてくださいね)

ロシア外交、北方領土返還問題などにまつわる不正疑惑で
逮捕、拘留された外交官、佐藤優氏のノンフイクションです。
当事はマスコミなどでも取り上げられたようですが、
世間事情に疎い私には、殆ど記憶がありません。

むしろ世間的にも、佐藤氏に続いて逮捕された鈴木宗男議員の事件の方が
記憶に残っているのでは?
何たって「ムネオハウス」や「疑惑の総合商社」などの
流行語を生み出しましたからね。

知っている人は知っていると思いますが、
佐藤氏の逮捕は、いわば鈴木宗男議員を逮捕するための「足がかり」を
つくるために検察庁が仕組んだものだったようです。

■時代のけじめとしての『国策捜査』
あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。
国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、
何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです
」(P366)

時代の転換というのは、小泉政権誕生を機に
内政面では、ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換
外交面では、地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換
ということ・・・らしい。

「時代のけじめ」をつけるため、言い換えれば政治路線の流れを変えていくために
従来の政治路線「ケインズ型」と「国際協調主義」の両面を持ち合わせた政治家として、
鈴木宗男議員を断罪することが謀られたというのである。

本書の著者である佐藤氏は現役外交官として、ロシア方面の情報収集、分析を
担当していて、その仕事の中で鈴木宗男議員と密接な関係を持っていたことで
同じように国策捜査の標的となってしまったのだ。

詳しくは本書を読んで理解していただきたい!!(私には、とても説明できない!)

恥ずかしながら、「国策捜査」という言葉は、本書を読むまで知らなかった。
でも、言葉は知らないが時々、有名人や政治家の逮捕劇を見て
狙われたな!」と思うことはあった。

日本はご存知のように、法治国家ではあるが、
法律を武器として、時の権力に不都合な者が断罪されるという事は
実際に行われているのだろう・・・
しかし、本書のように克明にその様子を記しているものを読むと
非常に「恐ろしい」と思えてくるものだ。

■法律を武器にして、事件を作る
国策捜査とは、国家がいわば、「自己保存の本能」に基づいて、検察を道具にして
政治事件を作り出していくことだ。冤罪事件と違って、初めから特定の人物を
断罪することを想定した上で捜査が始まるのである
」(P383)

チョッと前に上戸彩が新米弁護士を演じたドラマ「ほかべん」の中で
法律っていうのは武器なんだよ」というセリフがありました。
まさに、国策捜査に於いては法律を武器として、事件を作り出していく様子
本書の中でありありと記されています。

法律っていうものは、その解釈や適用範囲を変えるだけで、何でもないようなことでも
犯罪に仕立て上げることが可能なんですね。
だから揺さぶれば必ず何かでてくる。そこに引っかけていくのが僕たちの仕事なんだ。
だから捕まえれば、必ず事件を仕上げる自信はある
」(P370)

■駆け引きと人間ドラマ
本書を読み物としてみると、第四章、第五章での取調べのシーンが実に面白い!
東京拘置所内での特捜検事、西村検事と佐藤氏とのやり取りが
何というか、下手な映画よりもドラマチックに再現されているのです。
グイグイと引き込まれながら読むことが出来ると思いますよ。

私のような小市民が国策捜査の標的になるようなことはまず、ありえないと思いますが、
それよりも心掛けなければいけないのは、マスコミなどを通じて流される情報の
信憑性だと思います。
鈴木宗男議員が国会尋問で「疑惑の総合商社」と糾弾された時に
多くの人が鈴木宗男=悪者という見方をしていたのではないでしょうか。
しかし、二代目さんもブログで書かれていますが、
本書を読むと、鈴木宗男議員という人の印象が当事のマスコミ報道とは少し違うことに
気づくと思います。
まさに「一方聞いて沙汰するな」だと感じました。

===============================================================
《1/52のレッスン・その4》〜和田さんの言葉を自分の勇気に変える〜

未来を信じることも同じだと思います。10年後、確実に生きている保障は
ないのですから、これからの未来がわくわくしたものでいっぱいであると、
「きっと大丈夫」だと私は信じていたいのです

先は見えないけれど、見えないことを信じていようと思えるのです
(「息を吸って吐くように目標達成できる本」 和田裕美 著 P165、P167)

毎朝、「息を吸って吐くように〜」をパラパラとめくりながら、気になった言葉を
見つけて手帳に書き記しています。
で、今朝は、この言葉を選んでみました。

"未来を信じるって言葉で言うのは簡単です。
でも、本当に自分は未来を信じているのだろうか・・・?
だって、10年後どころか、1年後だってどーなっているか分からないんですよ。
何だか怖くないですか?
でも、未来は今日とつながっているのですから、
今日を頑張って生きていれば、きっと未来はわくわくするような気持ちで
迎えられるんじゃないかなって思うんです。
今朝、そんなふうに思って、この言葉を手帳に書いてみました。

===============================================================
世間的には、北京オリンピックやお盆休みで、普段とはチョッと違う日常に
なっていますね(朝の電車、空いているし・・・)

中学、高校と(和田さんと同じように)バレーボール部に所属していた私は
当然のことながら、北京オリンピックが始まると同時に
「ニッポン、チャチャチャ」モードに突入しています(笑)
初戦は男女ともに負けてしまいましたが、まだまだこれからです!!

そんな訳で、ブログが更新されない時は、「ニッポン、チャチャチャ」していると
思ってください(笑)

では、今日もありがとうございました!
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2008年07月02日

是非、読んでいただきたい涙、涙のビジネス書

 

Book-No.33
「日本でいちばん大切にしたい会社」

坂本 光司 著
あさ出版

最初から、最後まで泣きっぱなし!
いわゆるビジネス書を読んで、こんなにも感動し、
こんなにも泣いたのは初めてでした。

著者の坂本光司氏はプロフィールを見ると
いくつかの大学の教授を経て、現在は
法政大学大学院政策創造研究科の教授をされている方です。

本書の概要ですが、著者が「6000社のフィールドワークを
通じて見出した「日本一」価値ある企業」として、五つの会社と
コラムとして取り上げられている9社、合計14社について
まとめられています。

メインとして取り上げられている会社は、以下の通りです。
(目次より抜粋)

●障害者の方々がほめられ、役立ち、必要とされる場を作りたい
日本理化学工業株式会社

●「社員の幸せのための経営」「戦わない経営」を貫き、
四八年間増収増益 伊那食品工業株式会社

●「人を支える」会社には、日本中から社員が集まり、
世界中からお客様が訪ねてくる 中村プレイス株式会社

●地域に生き、人と人、心と心を結ぶ経営を貫いていく
株式会社柳月

●「あなたのお客でほんとうによかった」と言われる、光り輝く果物店
杉山フルーツ

これらの会社が何故、日本でいちばん大切にしたい会社なのか、は
本書を読んで頂ければ分かると思います。
ここでは、最初に登場する日本理化学工業の話について、概要を
書かせてもらいたいと思います。

「日本理化学工業」
・主に学校などで使われるチョークを製造している会社
・この会社の障害者雇用率は70%(つまり社員全体の7割は障害者の方)

50年ほど前のある日、日本理化学工業に養護学校の先生が
生徒二人を就職させて貰えないか、とお願いをしに来たそうです。
しかし、大山社長は「その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにして
あげなければいけない。でも今のこの会社にそんなことができるのか・・・」と
悩んで最終的には断ったそうです。
でも先生は、またやってくる。断る。またやってくる。断る。
そして三回目の訪問のときに
就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験でもさせてもらえませんか?
そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で
死ぬまで暮らすことになってしまいます。(後略)」
頭をじめんにこすりつけるようにお願いをしている先生の姿に、大山さんは心を
打たれました。「一週間だけ」ということで、障害をもつ二人の少女に就業体験を
させてあげることになったのです。
」(P46)

二人の少女の就業体験が終わろうするとき、十数人の社員全員が、大山社長を
取り囲みました。
「あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。どうか、大山さん、
あの子たちを正規の社員として採用してあげてください。
もしあの子たちにできないことがあるなら、わたしたちみんなでカバーします。
どうか採用してください」
これがみんなのお願い、つまり、総意だと言います。
社員みんなの心を動かすほど、その子たちは朝から終業時間まで、何しろ
一生懸命働いていたのです」
(P47)

こうして障害者を採用するようになった大山社長。でも、会社で毎日働くよりも
施設でゆっくりのんびり暮らした方が幸せなのではないかと思い、
その疑問をある時、禅寺のお坊さんに尋ねたところ、こんな答えが返ってきました。
幸福とは(1)人に愛されること、(2)人にほめられること、(3)人の役に立つこと、
(4)人に必要とされることです。そのうちの(2)人にほめられること、(3)人の
役に立つこと、(4)人に必要とされることは、施設では得られないでしょう。
この三つの幸福は、働くことによって得られるのです」
(中略)
「その四つの幸せのなかの三つは、働くことを通じて実現できる幸せなんです。
だから、どんな障害者の方でも、働きたいという気持ちがあるんですよ。
(中略)真の幸せは働くことなんです
」(P49)

50年前に初めて障害者の採用をした時のエピソードを読むと、あまりにも
感動的で、思わず涙が出てきてしまいます。
日本理化学工業の話は「障害者雇用」をキーワードにして読んでしまいがちだと
思いますが、でも、それだけだったら「お涙頂戴」的な薄っぺらい本になってしまうと
思うのです。

何故、50年前に障害者の少女二人を「採用してください」と社員全員が社長に
直訴したのか・・・?
障害者だったから・・・・じゃ、ないですよね。
その二人の子が朝から就業時間まで一生懸命に働いている姿を見て
社員みんなの心が動かされたからだと思うのです。
禅寺のお坊さんが言うように「真の幸せは働くこと」にあると気付いたからでは
ないのでしょうか。

本書の全編を通じて考えさせられるのは、
・会社って、そもそも何のためにあるんだっけ?
・そもそも何のために働くんだっけ?
という、根源的な”問い”です。

筆者の坂本氏は本書の第一部の中で、こう書いています。
会社には「五人に対する使命と責任がある」と考えています。その五人に対する
使命と責任を果たすための行動のことを、本当の「経営」と定義しています

(P20)
その五人とは
1、社員とその家族を幸せにする
2、外注先、下請企業の社員を幸せにする
3、顧客を幸せにする
4、地域社会を幸せにし、活性化させる
5、自然に生まれる株主の幸せ

筆者が考えるこの五人に対する使命と責任、異論がある人もいると思います。
私も全面的に共感するわけではありません。
でも、一つ思うのは、いくら業績が良くても、そこで働いている人たちが幸せになれない
企業活動というのは「歪みがある」と云う事です。

言い過ぎかもしれませんが、例えば
残業代を不払いにし、非正規雇用の従業員を踏み台にしてあげた利益で
CSR活動を行うことは、果たして意味があるのでしょうか?

さて、本書ですが、私は冒頭に書いたように涙、涙で読みましたが、
書評ブログでもあまり取り上げられていませんし、amazonのカスタマーレビューの件数も
6件と少なく(08年7月2日時点)、書店でもあまり見掛けません。
確かに筆者の坂本氏が相当、感情移入して書かれているので、それが鼻につく人も
いるかも知れません。
でも、私としては是非多くの人に読んでもらって、感じたり考えてもらいたい一冊では
ないかと思っています。

今日も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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2008年03月30日

言行不一致の”痛い”タイトル

Book-No.10「iPodをつくった男」
著者:大谷和利
アスキー新書
(ISBN : 978-4-7561-5096-7)

「ウーム、困った!」と思いました。

このブログに本書の事を書いたものか、どうか・・・

でも書いてしまいます!

困ったと思ったのは、タイトルと中身が基本的に一致していない
感じたからです。

タイトル「iPodをつくった男」
サブタイトル「スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」
折り返し「iPodで快進撃を続けるアップル社の強みは一体どこにあるのか?
     ビジネスマン必読の一冊!」

前にも書きましたが、私は長年のMac愛用者ですので、この手の本は
よく中身も確認せずに、カバーとタイトルだけで買ってしまいます・・・

タイトルの「iPodをつくった男」 = スティーブ・ジョブズと云う事に
なるかと思います。
(ちなみに、ご存知ないかたへ・・・スティーブ・ジョブズと云うのは
米国アップル社の創業者であり、現在CEOを務めている方です)
続くサブタイトルで「現場介入型ビジネス」と謳っている訳ですから、
普通に考えれば、
いかにしてスティーブ・ジョブズが現場に介入しながら(首を突っ込みながら)、
iPodを創り出したのか・・・
と云う内容を期待してしまうと思うのです。

し・か・し・・・
もちろん、iPod開発秘話みたいな内容も盛り込まれているのですが、
書いてある中身が薄い、と云うか散漫です。
以下、なぜ私がそう感じるのかを書きたいと思います。

1.iPodの話だけでなく、アップル社の歴史的なエピソードとか多岐に
  わたった内容になっていて焦点が絞り切れていない。
2.筆者の推測で結論をまとめてしまっている点がいくつかあり、検証がなされていない
3.視点がアップル社サイドに偏りすぎている
4.そこそこのMac・ファンというかアップル社に関心を持っている人なら
  誰でも知っているようなエピーソードばかりで新たな話題(ネタ)の提供が無い


概ね私が本書に感じる不満点は上記の4点です。

では、先ず目次から本書の内容を検証してみたいと思います。

第1章 スティーブ・ジョブズという男について
(ここは、タイトル通り主役のジョブズについての分析ですので、妥当なオープニングだと
思います)

第2章 アップル社の経営方針
(ジュブズに続いて、その当人が率いるアップル社についての解説ですから、これも妥当)
第3章 デザインの重要性
(まぁ、アップル社の経営基軸の中にデザインに対する強いこだわりがありますので、これも
良いかと思います)

第4章 キャッチコピーから見るアップル社
(この辺から何だか怪しくなってきます。iPodともジョブズとも関係のない話が結構、多く
書かれています)

第5章 同じ過ちは繰り返さない
(アップル社が過去に犯した数々の経営的な失敗を上げ連ねています、何でこんな事を
書く必要があるのか・・・?)


もうとにかく、アップル社、ジョブズにまつわる数々のエピソードを取り上げているのですが、
200ページ弱の新書にこれだけの内容を押し込める訳ですから、一つ一つに関する記述は
どうしても薄くなってしまい、結果的に焦点の定まらない”ごった煮”状態になってしまっていると
感じるのです。

それから推測が多いと云うのは・・・
本書の第2章に「裏プロジェクトの重要性」という件があります。
その中でiPodが異例とも言える短期間での開発スピードで発売された事を受けて
「密かに、個人もしくは小さなグループレベルでこうした携帯デバイスの研究をしていた
エンジニアが社内にいたのではないかと推測される。」
(P62)
続く段落の結末では
「世界的なトレンドを睨んで携帯音楽プレーヤーをテーマにした試作が行われていた可能性も
なきにしもあらずだ。」
と締めくくり、最後には
「アップル社では、無意識のうちにそうした仕組みが社内にできあがり、自己防衛的に機能して
いるとすら思えるのである」
と結論づけている。

推測される」「なきにしもあらずだ」「思えるのである」推論に推論を重ねて推論としての結論を
導く、というのは、如何なものか・・・

何だか、悪口ばかりになってしまうので、もうやめます。

出来れば、iPodやスティーブ・ジョブズにまとを絞って、内容を”濃く”するか、
「アップル・ファン! 〜話題のiPodやiMacを創り出したアップル社のエピソード〜」
なんていうタイトルにして頂きたいと思うのでした。
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2008年03月08日

Book-No.5「iPhoneショック」

「iPhoneショック」 林 信行著 日経BP社
(ISBN:978-4-8222-4636-5)

三洋が携帯事業を京セラに売却して同事業から徹底したと思ったら、
続いて三菱も携帯事業から、手を引いてしまった。
携帯電話って儲からなくなったんですねぇ。
何故、この時期に次々と携帯電話事業からメーカーが撤退するのか、
と言うと、
一つは現在の日本の携帯電話契約件数は約1億台と言われています。
日本人、平均一人一台の時代となり、今後の日本マーケットは
頭打ち状態
となり、大きな飛躍は望めない。
そこに追い討ちをかけるように、販売奨励金に頼って携帯端末を
安く売ると云うビジネスモデルの崩壊が始まり、携帯電話自体の
価格が高くなってきました(その分、通話料は安いプランが増えて
きましたが・・・)その影響で、携帯の買い替えサイクルは今後
長期化する
、つまり従来のように短いサイクルで携帯端末を
買い替えるユーザーが少なくなりつつあると云う事です。

そんな訳で、日本の携帯メーカーは苦戦していますが,
海外ではAppleが発売した”iPhone”が好調に売れているようです。
(日本での発売は一体いつになるんでしょう?)

著者の林信行氏はApple、Mac系の雑誌やwebなどによく記事を
書いているテクニカルライターです。

この「iPhoneショック」のサブタイトルは
「ケータイビジネスまで変える驚異のアップル流ものづくり」です。
そして、本の帯には大きく「日本メーカーは、なぜ魅力的な製品が
作れないのか?」と謳われています。
この本の内容は、このサブタイトルと帯のキャッチフレーズが
全てを物語っています。

この本ではiPhoneの成功について
・製品デザイン
・インターフェース
・ブランド戦略
・ビジネスモデル
など多方面から検証、分析がされています。
と同時にApple対日本の携帯メーカー&携帯キャリアという構図で
対比させる事で、現在の日本の携帯電話業界に対する
強烈な問題提議がなされています。

少し話は横道に逸れますが・・・
10年以上前、私自身が初めて手にしたパソコンがMacで、その後も
ずっとMacを使い続けているという生粋のMacユーザーです。
そうした人間が、こうしたAppleの成功について書かれた本を
読んでいると、ものすごく気持ちが良くなったりします。
その”気持ち良さ”だけでも、この本を読んだ甲斐があったと言うものです(笑)

しかし、著者である林信行氏は、決してAppleの成功を伝えようと云う
意図”だけ”で、この本を書いたのではないと思います。
最後の章において、「魅力的な製品を作る3つの視点」と題して
日本のメーカーに対する提言がいくつか書かれています。
冒頭にも書いたように、日本の携帯電話メーカーは淘汰の時代に突入しました。
また、個人的には分厚いマニュアルを読まないと、何だか良く分からない機能が
詰め込まれているケータイには、もはや何の魅力も感じません。
iPhoneという、ある意味とんでもないケータイを開発したAppleの流儀から
私たちも仕事の上で、多くの”学び”があると思います。
著者である林氏から、日本のメーカーに対して、”元気”になってもらいたい!
そんなエールが感じられました。
posted by penguin-oyaji at 21:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする