2014年09月17日

前を向いて未来に進むすべての人へオススメしたい!「全盲の僕が弁護士になった理由」

全盲の僕が弁護士になった理由

「全盲の僕が弁護士になった理由」
あきらめない心の鍛え方

大胡田誠:著
日経BP社

この本を読み終えた後、何だかとても爽やか!というか

勇気が湧いてくる感じがしました。

タイトルから分かるように、全盲になってしまった著者が

頑張って弁護士になったという実話なのですが、

障がい者が苦労を重ねて・・・

という読み方はしない方が良いと思うのです。

何故なら、誰だって身体的な障がいはなかったとしても

心の「弱さ」は持っているし壁にぶつかることは

ありますよね(たぶん・・・)

困難を乗り越えて前に進むのに、健常者も障がい者もない!

と思うのです。

この本が語りかけてくれるのは、その弱さや壁を

「どのようにして」乗り越えるかという

誰にでも必要な『勇気』だと感じました。

Amazonの内容紹介 

全盲でどう司法試験を突破したのか?証拠写真をいかに

読み解くのか?顔を見ずに依頼人の心を読むテクニックとは?

ネットやパソコンをどう使うのか?苦難をエネルギーに

変える思考法とは?「あきらめない心」を育んだ両親の教えとは?

「だから無理」より「じゃあどうする」のほうが面白い。

この本は日経BP社様より頂きました。ありがとうございました。

■本当の限界は少し先にある 

思えばいつも、「もう無理かもしれない」と思った、その少し先に

ゴールがあったような気がする。山では泣き言は通らない。途中で

どんなに疲れても、結局は自分の足で進まなければ、山を越えることも

下りることもできない。しんどいけれど、でもそこを乗り切ったときに、

次はもう少しだけやれそうな気がした。そんな小さな自信をいくつも

積み重ねた。

(中略)

人は無意識のうちに、「自分にできるのはここまで」と限界を線引き

している。でも大概は本当の限界はその先にある。(P91)

逃げ場がないくらいに追い込まれた時に、

人は限界を超えて自分の本当の力が発揮できる!

のではないかと思うんですよね。

私も学生時代にチャリでツーリングをしている時に、峠を越えるために

山道を走っていて、ギブアップしそうになったことがあるんですよ。

あたりは木がうっそうと茂っていて、車も走ってなければ

他に人もいない。。

だんだんと陽は沈んでいき、あたりは暗くなってきて

本当、マジで泣きそうになりました(苦笑)

でもね、本当に無理かというと、そうじゃなくて

ちゃんと走れるんですよ。

だって、誰も助けてはくれないんだから

(そもそも周りに人なんていなかったし)

自分の足を動かして進むしかないんですよ。

そう、追い込まれると人って「火事場の馬鹿力」みたいに

とんでもないパワーを発揮したりできるものなんですよね。

背水の陣をひくとか、退路を断つって言い方よくしますけど、

あれも同じですよね。

自らを追い込んで、自分を奮い立たせる!

まぁ、気を付けないと自滅することもありますがァ。。。(経験アリ!)

■「弱さ」は逃げるものではなく、認め向かい合うためのもの 

勝負に勝つために何より大切なのは、自分の弱さを見せつけられた時、

逃げずにそれときちんと向き合う心の強さを持つことだ(P151)

例えば、話しがヘタで人とのコミュニケーションが

苦手だったとしますよね。

どうしますか?

なるべく人と会わないようにする?

会っても話さないで済むように隅の方に逃げ隠れる?

なんか、ちっと情けないですよね。

・・・まぁ、これがかつての私の姿だったんですけど(^^::

そんな情けない自分を何とかしたい!

そう思って、自分の「弱さ」と向かい合った時に

気付いたんですね。

話しがヘタなら、聞き上手になればいいんだ!って。

自力じゃムリだったんで「話し方教室」みたいなところにも

行きましたが、おかげさまで今では知らない人とも

普通に話せるようになったし、

コソコソと隅の方に逃げることもなくなってきたかな(たぶんね)

自分の「弱さ」って、気付いても出来れば見なかったとコトにしたいけど、

一生それから逃げ回っているのも、格好悪いじゃないですか。

ちょっと視点を変えれば、弱さが強さに変わることだってある。

「弱さ」は逃げるものではなく、認めて向かい合うためのもの・・・

■明日の夢をかなえるのは今日の自分 

逃げずに、弱さを一度は受け止めて、そして自分を信じることだ。

自分を信じる力は、それまで積み上げてきた努力の量に比例する。

だから、最後の最後で自分に負けないための努力を日々しなければ、

と思う。(P155)

高校受験とか大学受験のように、ちょっと大袈裟かもしれないけど、

自分の人生を懸けた大一番みたいな場面って人生の中で

時々あったりしますよね。

やけに昔の話しで恐縮なのですが・・・

高校受験の時のこと。

その頃、好きだった女の子と同じ高校に行きたい!という一心で

猛勉強をして半年くらいの間に確か偏差値を10か15くらい

アップさせたんですね、私。

それで何とか彼女と同じ高校の合格圏内に滑り込んだワケですが

いざ、最終的な受験校を決める時になって親や先生から

「もしかしたら、この前の模試はたまたま良い成績がとれただけ

かもしれないから」という理由で、絶対安全圏の高校を勧められたんですよ。

で、私も私でその当時からヘタレでしたから、最終的には

周りの言う通りにワンランク下の彼女とは別の高校を受験することに

したんですよ。

結局、15歳の私は自分で自分を信じられなかったわけです。

(あんだけ勉強したのに!)

まぁ、高校受験でそんな体験をしたせいなのか、

「いくら努力したって、報われないことだってあるよ〜!」と

かなりスレたものの見方をしている私ですが、

それでも!

自分を信じる力は、それまで積み上げてきた努力の量に比例する。

と言うこの一文には、ものすごく共感します!

大事な受験や試験前に、「自分はこれだけやって来たのだから

絶対に大丈夫!」そう思えるだけの努力の積み重ねって

やっぱり大切だと思うんですよ。

努力の積み重ねって、自分の自信を育てるからね。

■「だから無理だ」よりも「じゃあどうするか」 

娘も将来、人生を左右するような試練に直面するときがくる

だろう。でもそこで諦めずに、勇気をもって前に進んでいくと、

まったく別の地平が目の前に開けてくる。「だから無理だ」と

逃げるよりも「じゃあどうするか」と考えるほうが、人生は

がぜん面白くなる。そのことを僕たちは、これまでの、

そしてこれからの生き方を通じて見せてあげたい。(P183)

何かの本で読んだんですけど、人間の脳って「どのようにすれば

よいか?」っていうような疑問形で問われると、自然とその答えを

探そうと考えはじめるそうです。

だから、会社で上司や先輩からムチャ振りされた時でも

即座に「んなこと、出来るわけない!無理だ!」と思うよりも

先ずはそのムチャ振りに対して「どのようにすれば出来るだろうか?」と

考えたほうが良いのだとか・・・

まぁ、確かに即座に「無理だ!」と思うよりも

出来る、出来ない、やる、やらないはともかく

「どのようにすれば?」と考える方が

『できる人』に近づけるような気がしますよね。

著者が書かれているように確かに人生には時々、どう考えても

乗り越えることができないような壁が出現します。

そういう壁を前にした時に、

先ずはぶつかる!よじ登ってみる!それでもダメなら

どうやれば乗り越えられるかを考えてみる。

もしかしたら、それはムチャで無謀な挑戦なのかもしれないけれど、

壁によじ登りもしないで「無理だよ〜」と言っているよりは

遥かに価値のある挑戦なんだろうと思う。

◇◆◇◆◇◆

本当はもっと書きたいコト、紹介したい本文があるのだけれど、

さすがに長くなるので、この辺で。

最初の方で

「障がい者が苦労を重ねて・・・

という読み方はしない方が良い」

と書きましたが、私が何故そう感じたのかは、

ここまで読んで頂ければ

だいたい分かって頂けたのではないかと。

確かに全盲の障がいをもっている人ならではの苦労話も書かれてますが、

自分の人生の夢を叶えるために弱さに立ち向かう勇気とか決断、

立ちはだかる壁をどうやって乗り越えるのか?

そういう部分って、きっと障がい者、健常者とか関係なく

誰にでも必要なものですよね。

自分の弱さに立ち止まってしまっとき、

目の前の壁に押しつぶされそうになってしまっとき、

この本を開けば、きっと「勇気」が貰えると思うのです。

それから・・・

この本のドラマ化も決定したそうです。

どんなドラマになるのか楽しみですね^^

 

posted by penguin-oyaji at 20:48 | Comment(0) | ルポルタージュ・ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

疲れたら休め「人の砂漠」

人の砂漠 (新潮文庫) 

「人の砂漠」

沢木耕太郎:著

新潮社

沢木耕太郎の初期の作品に「人の砂漠」という

8篇のルポルタージュをおさめたものがある。

そこに取り上げられているルポといえば、

餓死した老婆の話しであったり、元売春婦の養護施設の話し、

それに詐欺をはたらいた老女の話しなど、

どちらかと言うと陰鬱とした社会の闇や人の心の奥底を

覗き見るような作品ばかりだ。

私がこの本を手にしたのは、高校生の頃だったと思う。

そんな陰鬱とした内容の本であったにもかかわらず、

何度も繰り返し、繰り返し読んだ覚えがある。

何にそんなに惹き付けられたのか・・・?

「人の砂漠」から数年後に出版された沢木のエッセイ集

「路上の視野」の中におさめされている「人の砂漠の中で」と題された

短いエッセイの中で沢木自身が、こんなことを書いている。 

ぼくは元売春婦だった者たちや、屑屋の中でも最下層に属する

者たちを書いた。日本の最辺境の島や岬についても書いた。

あるいは飢えて死んでいった老女についても書いた。

だがそれらの「物語」は、地の漂流者たちの悲惨について

書こうとしたものではなかった。

もちろん告発のためでもない。

彼らの「にもかかわらず生きている!」という生命力のようなものこそ

書きたかった。

そうなのだ!

「人の砂漠」を読みながらまだ十代だった私は私なりに、

生きることの哀しさと力強さというものを感じとっていたのだと思う。

私は8篇の作品の中でも特に屑(廃品)の集荷場である仕切場に

出入りする者たちのことについて書かれた「屑の世界」が好きだった。

仕切場には廃業者からの屑も持ち込まれるが、

屑を拾い歩きながら集めて持ち込む曳子と呼ばれる個人も出入りしている。

言葉悪くて失礼なのだが、

決して裕福な生活をしているワケではない人たちだ。

オンボロ自転車に乗って屑を集める緑のおじさん

亭主に家財道具を売られてしまうからとリヤカーに

一切合切の世帯道具を載せながら屑を広い集めている一本歯のおばさん

右半身不随ながら小遣い稼ぎのために屑を拾っている自転車のおじいちゃん

などなど・・・

そんな仕切場に出入りする人たちには一つの不文律があるという。

それは互いの過去のことを訊かないということ。

経歴はおろか、年齢や出生地、名前すらも知らない場合もあるそうだ。

そんな仕切場の人間模様を沢木は

仕切場は「ヒト」にとっても「敗者復活戦」の場だと書いている。

そして私がこの「屑の世界」を読んでいて

最も心惹かれるのは、最後のくだりだ。

新年が目前に迫った大晦日の夜のこと。

仕切場の親方が出入りする曳子の人たちに

半年はもちそうな大きなチリ紙の束をお歳暮として渡していく。

たかがチリ紙だが、曳子の人たちにとっては仕切場で貰うチリ紙が

唯一のお歳暮ということになるらしい。 

《まぁ、まぁ、すみませんね》と乳母車のおばさんは腰をかがめ、

一本歯のおばさんは《チリ紙とは助かったね》と嬉しさをおしかくし、

・・・・(中略)・・・・その対応の仕方はさまざまだったが、

年に一度の、そして唯一のお歳暮に対する嬉しさは共通のようだった。

最後に緑のおじさんが《オセイボか、ゴーギだな》といって

どこかへ去っていった。

(中略)

オセーボか、ゴーギだな、と呟いてみる。

何度か呟いているうちに、久しぶりに幸せな気分で

年が越せそうな気がしてきた。

《ゴーギなこった》

大きな声でいってみると、不意に、どこかで耳にしたことのある

文句が思い出された。

「疲れたら休め、彼らもそう遠くへゆくまいから」

そうだ、疲れたら休もう。そして仕切場の人たちのように

ゆっくり歩けばいいのだ。ゆっくり歩いたからといって、

誰がいったい遠くへ行ってしまうというのだ。

《オセイボか、ゴーギなこった》

ぼくはもう一度、大晦日の冷たい夜に呟いていた。

「光あるところに陰」とはよく聞くセリフではあるが、

この仕切場の人たちは世間的に見て決して「光」のあたる場所で

生きているとは言いがたいと思う。

だが!まさに「にもかかわらず生きている!」のだ。

唯一のオセイボであるチリ紙の束に顔をほころばせ喜ぶ姿は、

光のあたる場所で生活をしている人たちと何ら変わるところはないだろう。

むしろ、チリ紙の束ひとつで喜ぶなんて

よほど「素直」であり、人の「情」というものが

分かっているのかも知れない。

年を重ねると段々と、光のあたる人生ばかりではない、

ということに気がつくようになる。

だが、光があたらないからと言って・・・

いじけることなんて何一つないのだ。

仕切場の人たちのように素直に逞しく生きていけば良い。

「疲れたら休め」

競争や仕事に追われる日々の中で自分を見失いそうになったら、

素直に立ち止まって休もう。焦ることはない。。

「彼らもそう遠くへゆくまいから」

疲れて立ち止まってしまったところで、

誰が遠くへ行ってしまうのだろう。

自分の人生は自分のもので、人と比べるものではないのだから

人が遠くへ行ってしまうなんていう事はないのだ。

 

posted by penguin-oyaji at 21:46 | Comment(0) | ルポルタージュ・ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

ファイト!闘う君の唄を・・・「彼らの流儀」

彼らの流儀 (新潮文庫)

「彼らの流儀」沢木耕太郎:著

10代の後半から20代に掛けて、かなり熱心に

ルポライター・沢木耕太郎の著作を読んでいた。

そんな昔に読んだ沢木の著作の中に

朝日新聞紙上で連載していたコラムをまとめた

「彼らの流儀」という本がある。

著名人から無名の市井の人まで

人生の一コマを切り取ったエッセイのような文章が

全部で33篇おさめられている。

その本を何となく読み返してみた。

「ホットライン」と題されたコラムのところで

ページをめくる手が止まった。

そこには、昔のラジオ番組の中で若者とパーソナリティの

電話越しのやり取りが克明に書かれていた。 

二昔前のラジオ番組である「青春ホットライン」には、

電話を掛けてきた聴取者とそれを受けるパーソナリティーとの間で、

たとえばこんなやりとりもあった。

「・・・・・・・」

少年が電話口でしゃくりあげている。

「どうしたんだい?もしもし?」

関西なまりのある男がやさしい口調で呼びかけると、しばらくして

ようやく少年の口が開かれる。

「仕事を始めて二年になるんだけど、俺、やっぱり進学したかったん

ですよね。みんなと一緒に、高校へ。でも、うち、行くお金もなくてさ、

そいで働かなくちゃいけないなんて言われてさ。進学した奴が羨ましくて、

憎くてさ。いまだに、二年間も悔しくてしょうがないんだ」

(中略)

「夜は何時まで?」

「だいたい十一時くらいまで」

「寝るのは?」

「一時か二時くらい」

(中略)

「十一時から一時まで、何をしてますか」

「別に何も・・・」

「勉強しろよ。悔しいんだったら勉強しろよ。あのね、俺もね、

十六の時、一年でやめたんだよ、高校を」

「なんでやめたんですか」

「あなたと同じような理由だね」

「そんなことないですよ」

「どうしてそんなことないと決めつけるの。俺は船乗りをやって、

家に送金したよ。だけど、やる気があったからね、俺は。勉強したよ。

悔しい悔しいって思うだけで一生終わったら、悔しいの嘘になるよ。

悔しかったらやらないとしょうがないよ。そうだろ、違う?」

(中略)

「君の気持ちでどうにでもなれるんだよ。意地でもやってみろよ、え、

男の子じゃないか」

「はい・・・」

「ね、できるよ。泣くことができる人だもん、悔しくてさ。

やれるはずだよ、な、え?」

「はい・・・」

「な、おやすみ」

「はい・・・ありがとう」

読みながら不覚にも涙が流れた。

国、時代、両親、性別を選ぶことなく人は生まれてくる。

つまり、生まれた瞬間から一定の制約と言うか、

条件の中で生きていくことになる。

たまたま生まれた家が貧しくて、高校に進学できなかった。。

でも、それをいくら嘆いてみたところで自分の家庭環境が

変わるわけじゃない。

結局、自分の人生は自分の力で切り開いていくしかないのだ。

ビジネス書作家の和田裕美さんがよく

手持ちのカードで勝負するしかない」というようなことを

書いたり話されたりしているが、

つまりは、そう言うことなんだと思う。

不遇を嘆くのではなく、諦めるのでもなく、

自分の人生は自分の力で切り開いていくしかない

ある意味、人生は闘いなんだなぁって思った。

そして・・・

それは何も生まれた環境に限った話しではないことに気付く。

前回のエントリーの中でも書いたが、

長い人生の中では雨が降ることもあれば、

時には槍や鉄砲が降り掛かってくることもある。

そんな不幸な・・・ツラい目にあってしまった時、

同情してくれる人もいるかもしれない

共感してくれる人だっているだろう

あるいは、がんばれ!と励ましてくれる人だって

でも、最終的に困難に立ち向かっていくのは自分自身だ。

そして・・・

そんな困難に立ち向かい、克服した者にしか言えない言葉がある。

「勉強しろよ。悔しいんだったら勉強しろよ。」

「君の気持ちでどうにでもなれるんだよ。意地でもやってみろよ」

変に甘やかすでもなく、

突き放すでもなく、

力強くも優しい言葉。

自分もそんな言葉を掛けてあげられる人でありたい。

読みながら、そんなコトをつくづくと思った。

 

3:24 中島みゆき

偉そうなことを言っちゃえば、どういうところを通ってきたかって

いうことよりも、そこで何をあんたが吸収してきたかってことだと

思うわけよね。

posted by penguin-oyaji at 19:47 | Comment(0) | ルポルタージュ・ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月09日

生きるチカラ---「敗れざる者たち」

ここ最近、一通の遺書のことがずっと気になっていた。

東京オリンピックのマラソンで銅メダルに輝いたものの

それから数年後に自らの手で命を絶った円谷幸吉の遺書のことが

ずっと気になっていたのだ。 

父上様、母上様、

三日とろろ美味しゅうございました。

干し柿、モチも美味しゅうございました。

敏雄兄、姉上様、

おすし美味しゅうございました。

克美兄、姉上様、

ブドウ酒、リンゴ美味しゅうございました。

巌兄、姉上様、

しそめし、南ばんづけ美味しゅうございました。

喜久造兄、姉上様、

ブドウ液、養命酒、美味しゅうございました。

又いつも洗濯ありがとうございました。

幸造兄、姉上様、

往復車に便乗させて頂き有難うございました。

正男兄、姉上様

お気をわずらわして大変申し訳ありませんでした。

幸雄君、英雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、

敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、

芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、

立派な人になってください。

父上様、母上様、

幸吉はもうすっかり疲れ切って走れません。

なにとぞお許し下さい。

気が休まる事もなく、

御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。

幸吉は父母上様のそばで暮しとうございました。

この遺書のことを知ったのはルポライター・沢木耕太郎が書いた

「長距離ランナーの遺書」(「敗れざる者たち」に集録)を

読んだのが最初だった。

敗れざる者たち (文春文庫)

確か高校生の頃に読んだので、かれこれ30年くらい前になるだろうか。

今回、帰省して久しぶりに本棚から「敗れざる者たち」を引っ張り出し、

「長距離ランナーの遺書」を読み返してみた。

その中で沢木はこの遺書に対して、こんなことを書いていた。 

驚くべきことは、「美味しゅうございました」という独特の繰り返しの中に

微塵も自己主張が透けてこないことであった。夭折者の特権的な輝きは

なによりもその完結性と自己表現の欲求の激しさによって増す場合が多い。

しかし、円谷幸吉という若くして命を絶った者の、この異常なほどの

自己表白のなさは、いったいどうしたことだろう。存在するのは血族への

メッセージだけである。

声をあげて読んでみればわかるが、円谷の遺書には、幼い頃聞いた

まじないや呪文のような響きがある。農村の奥深く眠っている土俗の

魂が秘められているように思える。

確かに、「美味しゅうございました」という言葉が何度も繰り返される文章は

私の心に深く刺さったし、だからこそ30年経っても私の心のどこかに

引っ掛かり続けていたのだと思う。

「美味しゅうございました」という言葉は、

私にとっては「追憶」であり、「哀切」を感じさせるものだ。

そして・・・

幸吉は父母上様のそばで暮しとうございました。

自らの死の間際に唯一望んだものが自分の両親と一緒に暮らしたいという

本当にささやかな望みであったことが尚更、哀しみを感じさせる。

東京オリンピックで銅メダルを獲得した後、円谷がどれだけ周囲から期待され、

そして、周囲の者たちから翻弄されたかは沢木のルポから読み取ることができる。

それなのに・・・ 

円谷幸吉の遺書にはうらみつらみの一片もなく、

ただ「礼」と「詫び」で終始している。

と、沢木も書いているように円谷幸吉という一人の人間が決して他人を怨まず

悲運さえも己の運命として受け入れ、その悲運の中でもがき苦しみ、

でも最後は「礼」と「詫」だけを書き遺して逝ったことも、やはり哀しさを

増長させる。

ところで、なぜ私がこの円谷幸吉の遺書が気になっていたのか・・・

福島の桃が 大好きです

山形 サクランボ 大好きです

宮城の牛タン 大好きです

あきたこまち 大好きです

青森 リンゴはテッパンです

岩手のお魚 大好きです

どうかあきらめず 希望をその胸に

また!ももクロちゃんの話しで申し訳ないのだが・・・

これは「ももクロのニッポン万歳!」という唄の歌詞の一部。

初めてこの唄を聴いた時に私は咄嗟に円谷の遺書を連想したのだ。

食べ物、「大好きです」という同じ言葉の繰り返し、

そして円谷は福島の生まれ

何となく共通したものを感じとったのだ。

私にとって「美味しゅうございました」という言葉の繰り返しは

「哀切」を感じさせるものだと書いた。

だが、この唄の「大好きです」は何となく「生きるチカラ」を

私に感じさせてくれる。

「大好きです」という言葉は、その対象への「賞賛」であり

「親愛」そして「伴に寄り添って生きたい」という感情が

込められているよう感じる。

この「ニッポン万歳!」という唄の東北パートは

震災復興への応援歌でもあるのだが、

「大好きです」という言葉には「ガンバレ」の何倍ものエールが

込められているようにも聞き取れる。

ところで!話しは戻るのだが・・・

自殺した円谷にはある時期、結婚を望んでいた女性がいた。

だが、次のメキシコ・オリンピックの有力な候補であった

円谷は「結婚はオリンピックが終わってから・・・」と

周囲の反対に遇い、遂にはその彼女とは別れてしまうことになった。

沢木は本の中で次のような文章を書いている。

人生に真の「もしも」など存在しない。

まさに、そのように生きるしか仕方なかったのだ。

だが、無意味なことは承知の上で私は円谷の人生に

問うてみたい。

もしも、その大好きな女性と結ばれていたら、

果たしてそれでも死を選んだのであろうかと。

「美味しゅうございました」ではなく、

「大好きです」と書くことのできる人がそばにいたら・・・

人を大好きです!という感情は思いのほか、

強く生きるチカラになるのではないだろうか。。

 

大震災からちょうど1年後の2012年3月11日のライブで

歌われた「ももクロのニッポン万歳!」

4:17あたりから東北パート。

歌っている有安杏果さんが感極まって涙声。

posted by penguin-oyaji at 21:03 | Comment(0) | ルポルタージュ・ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

極限状態での人の心理と生きる意味・・・「夜と霧」


Book-No.127


「夜と霧」(新版)

ヴィクトール・E・フランクル 著


池田 香代子 訳


みすず書房


こちら』のページで絶賛されていたのを読んで


手にとってみました。

長い間、読み継がれてきた名著ですので、


既に読まれた方も多いかも知れませんね。

内容はユダヤ人精神分析学者である著書が


ナチス強制収容所で体験したさまざまな出来事を


記録したものです。

そして単なる体験記にとどまらず、


収容所での暴力や虐待、あるいは仲間の死が


そこに収容されている者にどのような心理的影響を


及ぼすのかを、学者らしい冷静な眼で分析し、


記録されているのです。

あまりにも残忍で、過酷な状況での出来事なのに


感情的な描写は最低限に抑え


事実と心理学的な分析で綴られているのですが、


それが却って当時の悲惨な状況を生々しく


伝えているように感じました。

しかし、この本の主題というか、メインテーマは


ナチス強制収容所がどれだけ悲惨で非人道的なところで


あったのかを告発するものでもなく、


著者自身の酷い運命を訴えかけることでもないのです。

これ以上は無いと思えるような過酷な状況の中で


人の心理はどうなるのか、


人はなぜ生きるのか、


人間とは何か、


というように、人の心理の奥底に迫っていく事こそが


この本から読み取るべきことであるように思います。



しかし未来を、自分の未来をもはや信じることが


できなかった者は、収容所内で破綻した。そういう人は


未来とともに精神的なよりどころを失い、精神的に自分を


見捨て、身体的にも精神的にも破綻していったのだ」(P125)


極限的な状態の中にあっても「未来を信じる心」があれば、


人は耐えて生きていけるし、


逆に「未来の希望」が失われてしまうと、


心は折れ、命さえ落としてしまう・・・

これは普段の私たちの日常の中においても


同じように当てはまるような気がします。

明日は今日よりも良くなる」と信じていればこそ、


今がどんなに辛くても頑張れるけど、


もしも未来が暗いものであったら、


頑張る気力も萎えてしまいます・・・よね。


文中、こんなニーチェの言葉が引用されています。



なぜ生きるかを知っている者は、


どのように生きることにも耐えられる



悲しいこと、辛いことが続いた時、


ふと、「何のために生きているのだろう?」と


考えてしまうことがありました。

意味がわからない苦しみは、


単なる精神的な拷問に過ぎませんが、


与えられる「苦痛」にさえ、その意味を見出すことができれば


自分が生きる意味を理解し、


ひとは耐えて生きていける・・・ということでしょうか。


今の自分の苦しみを肯定的に受け入れ、


明日への希望を持ち続けることが


どれだけ人間を強くするものなのかを、


この本から私は感じました。


最後にもう一つだけ、文中から引用します。

自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を


自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、


自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんど


あらゆる「どのように」にも耐えられるのだ」(P134)

著者、フランクル氏が何故、苛酷な環境の中で


生き続けることに絶望せず、苦しみに耐え抜き


生還できたのかが、


この言葉に表れているような気がするのです。



私の解釈はともかく・・・


本書が長い間、多くの人に読み継がれてきたのは


単なる強制収容所の体験記ではなく、


フランクル氏が身をもって体験した中から導き出された


人の心理(真理)に触れることが出来るからだと


思うのです。

そして、その真理は時を越えた現在の私たちの心にも


深く響いてくるように思います。。

■最後に・・・・

私の場合・・・


最初に読んだときは、強制収容所での


無残な出来事の数々があまりにも強烈すぎて


ドキュメンタリーのように読んでしまいました。

でも、少し冷静になって読み返してみると


人の心の動きや、筆者の「生」に対する肯定感などが


浮かび上がってきて、より深く筆者の言葉を


受け止めることができたような気がします・・・

また、時期を変えて読み返してみると


新たな気付きや感動があるかも知れません。

今さら私がここでお奨めしなくてもいいくらいの名著ですが、


もし読まれていないようであれば、


一度、手に取ってみるのもよいのではないでしょうか。

今日もお付き合いくださり、ありがとうございました。

【▼単行本】

【▼kindle版】

2009年01月13日

病床での最後の授業・・・「モリー先生との火曜日」


Book-No.103
「モリー先生との火曜日」

ミッチ・アルボム 著
別宮 貞徳 訳
NHK出版

人の生と死について書かれた本です。

先ず、この本の内容について・・・

スポーツコラムニストとして活躍していた著者のミッチ・アルボムが
偶然テレビで大学時代の恩師、モリー先生が
難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されているのを知り、
そして16年ぶりの再会。
そしてそれから、毎週火曜日にミッチは恩師の病床を訪れ、
そこで最後の講義を受けます。
最後の授業の内容は「人生の意味について」

実話です。

ずっと読み進めていて、モリー先生の言葉に心動かされる場面も
多々あったのですが、それよりも自分の愛すべき人が難病に侵されて
それをずっと側で見守っている人の心中を想像すると
切なくなってきて、ちょっと苦しかったです。。。

死に往く当人にも、人には言えない、言葉に出来ない思いが
あると思います。
しかし、ちょっとした身の回りの世話くらいしかできずに
唯ただ見守るだけしかできない、周囲の人の悲しみを感じて、
読み終えるまでの間、胸が締め付けられました。

■生きること、死ぬこと
いかに死ぬかを学べば、いかに生きるかも学べるんだよ」(P86)

いずれ死ぬことを認めて、いつ死んでもいいように準備すること。
そのほうがずっといい。そうしてこそ、生きている間、はるかに真剣に
人生に取り組むことができる
」(P85)

確かに期限付きの命をもって生まれた訳ですから、
自分もいつかは死にます。
そして、自分の愛すべき人たちもいつかは・・・
頭では分かっているつもりですが、
実感として感じる事は、そうはありません。

誰でもいずれ死ぬことはわかっているのに、誰もそれを信じない」(P84)

私も日々の中で「死」を意識することは、殆どありません。
でも、きっと「余命三ヶ月!」と宣告されたりしてしまったら
死生観もガラリと変わるんでしょうね。

どういうふうに死にたいのか
どんな状態で、この世とお別れしたいのかを考えれば
自ずと自分の生き方も、するべき事も分かる
という事を
きっとモリー先生は言いたかったと思うんです。

有り得ない話しですが、不老長寿の命を授かったとしたら
人はどんなふうな人生を過ごすようになるんでしょうね?

いつか期限が切れるという事が分かっているからこそ、
思いっ切り生きたいと願うと思うのです。

■自分を許す
「許さなければいけないのは、人の事だけじゃない。自分もなんだ」
自分?
「そう。やらなかったことすべてについて。やるべきなのにやらなかったこと
すべてについてね。そのことをいつまでもくよくよ悔やんでも始まらないんだ
」」
(P168)

そうは言っても、100%完璧な人生なんて、きっと有り得ない。
出来なかったこと、やれなかったことを引きずって死ぬよりも
完璧でなかった自分を許す・・・
つまり、全てを受け入れるという事なんでしょうね。

うまくいったことも、失敗したことも
出来たことも、出来なかったことも
全部ひっくるめて「これが私の人生」と潔く言い切れる
そんな大きな器を持って旅立ちたいものです・・・

■人を愛すること、周囲の社会に尽くすこと
人を愛することにみずからを捧げよ、周囲の社会にみずからを捧げよ、
目的と意味を与えてくれるものを創りだすことにみずからを捧げよ
」(P130)

人に与えることで自分が元気になれるんだよ。車や家じゃない。鏡にうつる
自分の顔じゃない。自分の時間を与え、悲しい思いをしていた人たちをほほえませることが
できれば、私としてはこれ以上ないほど健康になった感じがするんだよ
」(P131)

一言で言ってしまえば、「利他の心」ということなのでしょう。

ただ、ジワジワと病魔に侵される病床の中で死と向き合いながら、
語られた言葉だからこそ、より一層この言葉の意味を重くしているような気がします。

■死で人生は終わる。つながりは終わらない
人間はお互いに愛し合えるかぎり、またその愛し合った気持ちをおぼえているかぎり、
死んでもほんとうに行ってしまうことはない。つくり出した愛はすべてそのまま残っている。
思い出はすべてそのまま残っている。死んでも生きつづけるんだ−この世にいる間に
ふれた人、育てた人すべての心の中に
」(P176)

モノより思い出」といったTVCMがありましたが、
確かに家とか車といった「モノ」が周りにどれだけあっても、
それだけでは幸せは感じられないということは、最近よく思います。

もっとも、無いと困るという「モノ」もそれなりにあるのですが・・・

この文章を読んだ時、改めて思いました。
自分がこの世から去ってしまった後、家族、友人、恋人(?)、誰か一人でもいいから
自分の事を思い出として、ひっそりと心の片隅でも覚えていて懐かしんでくれる人が
いたら、それだけでも幸せだと・・・

それと、こんな文章も思い出しました・・・

もしもあなたがこの世からいなくなっても、あなたの存在が「愛すべき人」
として誰かの心の中で生きていける、こんな贅沢な財産を残すことができる
人こそ、成功した人生を生きた人と私は思いたいのです。

(「人づきあいのレッスン」和田裕美 著)

同じですね・・・

■喪失感・・・
モリーは土曜日の朝亡くなった。」(P188)

「生」と「死」という、重くて大きいテーマの本であるだけに、正直に言うと
よく分かったような、分からないような・・・そんなちょっと消化不良の部分があるのも事実。

ただ自分が死ぬ間際に、どんな言葉を遺すことが出来るんだろうと感じました。
人の人生の価値は、死の瞬間に分かる」というような言葉をどこかで目にしましたが、
自分の人生の経験、思いなどを価値ある言葉として、親しい人の心に残すことが出来た
モリー先生の最期は、もしかしたらものすごく幸せな最期だったのかも知れません。

読者であることの気楽さなのかもしれませんが、
人がひとり死んでしまったというのに、
悲しみも喪失感も私はあまり感じることはありませんでした。

モリー先生の身体と命は消えてしまったけれど
思いとか言葉はこうして望みどおりに教え子(筆者のミッチ)が本にして
多くの人の心に届いて、今も語り継がれているのだから・・・・

最後まで、ありがとうございました。


【▼単行本】


【▼キンドル版】

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2008年12月30日

パパよくがんばったね・・・「なぜ君は絶望と闘えたのか」


Book-No.93
「なぜ君は絶望と闘えたのか」
本村洋の3300日

門田 隆将 著
新潮社

内容は光市母子殺害事件で愛する妻子を殺された本村洋さんが
死刑判決を「勝ち取る」までのノンフィクションです。

裁判が行われる度ごとにマスコミにも取り上げられ、記者会見で
発言する本村さんの姿を私もテレビで何度か見た事はありました。
特に広島高裁での差戻裁判が行われた時に、
死刑反対論者の安田弁護士が付き、
「ドラえもん」だとか、「魔界転生」など荒唐無稽と思えるような
証言が飛び出してきた時には、憤りすら感じながらニュースを見ていました。

この本を読み終えて感じた事なのですが、
本村さんが10年近い歳月を掛けて闘っていた相手は、
加害者の少年Fではなく、日本の司法制度そのもの、であったように思います。

■日本の司法制度の壁と変革
裁判が始まって遺影を持っていったら、荷物として預けさせられました。
二人に法廷を見せてあげることもできない。法廷では、僕たち遺族には
傍聴席さえ用意してもらえない
」(P107)

最初は、傍聴席にも遺族は満足に入れなくて、意見も言えませんでした。
いろいろ悔しい思いをしました。刑事司法制度がもっと被害者寄りに
変わらなければいけないと思っています
」(P176)

そして、出した判決は、個別の事情には何の関係もない、過去の判例に
縛られた単なる「相場主義」に基づいたものだった。
裁判官は被害者の味方ではない。むしろ敵だ。裁判の結果に加害者では
なく、被害者の側が泣く。それが日本の裁判だと、本村はこの時、思い
知ったのである
」(P131)

遺影の入廷、傍聴席の確保、被害者側の意見陳述・・・・
今では「当たり前」と思っているような事が、光市母子殺害事件が発生した
1999年当時では、被害者側の気持ちは汲み取られることなく、
一切許されていなかったのです。
それでも、被害者側が納得できる判決が出されるなら、
まだ報われもするのでしょうが・・・個別の事情は考慮されることのない
前例主義」「相場主義」にのかった判決が言い渡されるのでは、
被害者は泣くに泣けなかったと思います。

加えてこの本村さんの事件の犯人は、事件当時は18歳の少年。
「少年法」によって守られ、保護されてしまうというような状況な訳です。

いくら本村さんが人を殺めた者は自らの命でそれを償って欲しい
訴えたところで、厚い司法の壁に跳ね返されてしまうのです。

正直、私自身は不満タラタラですが、この本を読んで
裁判員制度」という制度が必要とされるほど、
この国の司法が国民感情とはかけ離れた孤立した世界の話である事が
よく理解できました。

しかし、それでも本村さんや犯罪被害者遺族の方々が声を上げたことで
厚い司法の壁も徐々に変革されてきているようです。

先ず小渕首相。
「無辜(むこ)の被害者への法律的な救済が、このままでいいのか。
本村さんの気持ちに政治家として応えなければならない」
記者団に囲まれた小渕恵三総理が、突然、本村の名前を挙げて犯罪被害者
問題に言及したのは、判決が出たその日のことである
」(P143)

続いて小泉首相。
小泉も光市母子殺害事件のことは知っている。家族を惨殺された
哀しみのどん底から這い上がってきたこの青年の話に小泉は
熱心に耳を傾けた
」(P176)

世の中に背を向け、自分たちだけの世界に閉じこもっていれば
よかった司法の世界が、犯罪被害者たちの血を吐くような叫びによって
徐々に変わらざるを得なくなってきたことを、本村は肌で感じていた
」(P176)

比べるレベルが違うとは思うのですが・・・・
相撲協会絡みの一連の不祥事とその対応の様子を見ていて思うのですが、
結局、硬直した組織は自らの改革能力って無いんですね、きっと
司法制度(法曹界)も、結局は政治(立法府)の外圧を以ってして
ようやく犯罪被害者に考慮した、ある意味当たり前のことができるように
なってきたのですから。

■支える人々
事件直後、本村さんが思い余って会社に辞表を提出した時の
上司(日高氏)の言葉。
君は、この職場にいる限り、私の部下だ。その間は、私は君を守ることが
できる。裁判は、いつか終わる。一生かかるわけじゃない。その先を
どうやって生きていくんだ。君が辞めた瞬間から、私は君を守れなくなる

(P92)

「犯罪被害者の会」発足のきっかけとなた会合の場でのこと。
おかしいのは法律だ。この国の制度が間違っている。それを変えなければ
ならない。
法律の専門家である岡村が、そう言い切ったのである。本村に新たな
希望が湧いてきたのは、この岡村の言葉を聞いた時からだった
」(P108)

東京へ向かう全日空機の機内でのこと。
「山口の事件のご遺族の方ですよね」
座席に座っていた本村に、スチュワーデスが飲み物のサービスをしながら
声をかけてきたのである。
(中略)
「お昼、テレビを見ました。これはこの飛行機に乗っているスチュワーデス
全員の気持ちです。こんなものしかありませんけど・・・・。これはお守りです。
がんばってください」
(中略)
自分を支持してくれる人もいる。それは本村に、ささやかだが、しっかりと
勇気を与えてくれる出来事だった
」(P138)

自分の最愛の妻と娘を惨殺され、それだけでも辛いのに
加えて前述した司法制度との戦い。
普通だったら、心が折れてとても闘えない・・・
闘えないどころか、生きているのさえ辛い状況だったと思うのです。

事実、本村さんも自殺を考えて遺書まで用意したと、本書の中では
綴られています。

しかし、身近な会社の上司、法律の専門家、そして市井の人々からの応援
そうした人の心が、どれだけ本村さんの支えになったことか・・・

こうした人の心に支えられている中で、本村さんはやがて
「闘う意味」を見出していきます。

■闘う意味
私は、事件直後に一つの選択をしました。
”一切社会に対し発言せず、このまま事件が風化し、人知れず裁判が
終結するのを静観するべきか、積極的に社会に対し被害者としての立場で
発言を行い、事件が社会の目に晒されることで、司法制度や犯罪被害者の
置かれる状況の問題点を見出してもらうべきか”
そして、私は後者を選択しました。(中略)それこそが家族の命を無駄にしない
ことに繋がると思ったからです
」(P216)

私の立場で軽々しく、こんな事を書いて良いのか分かりませんが、
人は絶望の淵に立った時に、自分の一人のために頑張ることは出来ないが、
他の誰かのためになら、頑張ることが出来る。
例えその誰かは、既にこの世に居ない人であっても・・・
そう思ったのです。
前にもこのブログで同じ言葉を書いた事がありますが、
本村さんも、やはり自分個人の憎しみの感情だけだったら、
最後まで闘えていなかったのではないかと・・・

「パパ、よくがんばったね」
天国で二人に会った時、そう言ってもらうことができればと思って、
本村は九年間、闘ってきたのである
」(P229)

■主文。被告人を死刑に処す
本村は、死刑制度というのは、人の生命を尊いと思っているからこそ
存在している制度と思っている。残虐な犯罪を人の生命で償うというのは
生命を尊いと考えていなければ出てくるものではないからだ
」(P237)

死刑制度そのものについて「是」か「非」かと問われたら、
正直、今の私には答えられません。

でも、この本を読み終えて死刑判決が下されたのは
非常に正しい判断だったのではないかと感じました。

正しい・・・というのは、ちょっと違うかな?
本村さんが10年近い歳月を掛けて
何度も何度も厚い司法の壁に跳ね返されて
それでも、訴えてきた事に対して
日本の司法が、きちんと考えて判断を下した事が
何よりも良かった

そんなふうに感じたのです。

そして、この話しがフィクションだったら・・・
もっと違う読後感もあったかなと。

非常に重いテーマ、事件を扱った内容ですが、
これまで、時折ニュースで見るだけだった本村洋さんが
どんな思いで、闘ってきたのかをよく知ることが出来ました。

前回の「奇跡のリンゴ」とは全くシチュエーションは違いますが、
苦しい時間を乗り越えて、遂には思いを遂げる、そんな部分では
根っこは同じかなとも思います。

何だか、うまくまとまりませんが、この辺で。

(謝辞)
「奇跡のリンゴ」と、この「なぜ君は絶望と闘えたのか」の2冊は
「話し方教室」で一緒にレッスンを受けた参加者のお一人から
「お薦め本」という事で教えてもらい、手にすることが出来ました。
2冊とも、本当に感動しました。
教えてくださったOさん、ありがとうございました。

(残り7冊、タイムリミットまで約43時間

すみません、いったんこの辺で寝ます・・・zzz

【▼文庫本】

今年の感動本No.1 「奇跡のリンゴ」


Book-No.92
「奇跡のリンゴ」
「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録

石川 拓治 著
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班  監修
幻冬舍

&


DVD
プロフェッショナル 仕事の流儀
農家 木村秋則の仕事 りんごは愛で育てる

NHKエンタープライズ


いや、いや、泣きましたね。
涙する・・・なんてもんじゃなくて
嗚咽しながら読みました。

間違いなく今年の感動本No.1です。

ご存知の方も多いと思いますが、
元々はNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で
取り上げられ、あまりの反響のスゴさに
書籍化されたそうです。

内容としては、不可能と思われていた無農薬でのリンゴの栽培に
挑戦して、苦難の末に成功した一人の男の物語・・・
という事になるかと思います。

この本の冒頭部分に、こんな言葉が書かれています。
ひとつのものに狂えば、いつか答えに巡り合う

読んで頂ければ分かると思うのですが、
いつまで経っても成功しない無農薬でのリンゴ栽培に
普通、そこまでする・・・?
と思うくらいの執念で取り組み、
それでも一度は諦めて、自殺までしようとします。

まさに「狂う」という言葉でしか表現できない
挑戦だったわけです。

木村さんはリンゴ農家ですから、当たり前ですが、
リンゴが収穫できないという事は、
即そのまま現金収入が途絶える事につながる訳です。
実際、リンゴの木に農薬や化学肥料を与えるのを止めたその年から
害虫や病気にやられてリンゴは収穫できなくなり、
そこから木村さん一家は耐乏生活を強いられるようになってしまいます。
それも、1年や2年という時間軸ではなく、 9年間も!!

■家族の絆
一家の主として、そんなにも長期間
自分の家族に耐乏生活を強いる事なんて、
普通は出来ない・・・と思うのです(おまけに木村さんは婿養子!)

私の感覚で言うと、「よく家族が逃げ出さなかったなぁ」と
思ってしまうのですが・・・

リンゴ畑で、夫が珍しく弱音を吐いたことがあった。
「もう諦めた方がいいかな」
(中略)
子供たちにその話をすると、長女が思いがけない反応を見せた。
いつも大人しい彼女が、色をなして怒ったのだ。
「そんなの嫌だ。なんのために、私たちはこんなに貧乏をしているの?」
父親の夢は、いつしか娘の夢になっていた
」(P100)

このシーンを読んだ時には、安っぽい言葉かも知れませんが
家族の絆」というものを突き付けられたように感じました。
よく、「子は親の背中を見て育つ」と言いますが、
家族を巻き込んで、誰よりも苦しんでいる父親の気持ちが
娘さんたちにもいつしか、伝わっていたんでしょうね。

■成功までの時間の長さ
何年も花を咲かせなかったリンゴの木々が、いっせいに花を
咲かせていた。
本当に感動したとき、人は言葉も、表情すら失ってしまうものらしい。
何か言葉を発することも、そこから動くことすら忘れて、
二人はその場に立ち尽くしていた。
(中略)
夫の目にも、妻の目にも、うっすらと涙が浮かんでいる。
九年ぶりのリンゴの花見は、涙に濡れていた
」(P165)

9年・・・言葉にすると一言ですが、
失敗に失敗を重ね、苦悩の日々を送っていた木村さん夫婦にとっては
9年ではなく、もっともっと長い時間に感じられていたと思うのです。

前に和田さん(和田裕美さん)が、講演会で
3日がんばって、3日で散ってしまう花もあるし、
10年間がんばって、10年咲き続ける花もある

というような事を話されていたのを聞いた事があります。

私なんかは、どちらかと言うと早く成功したくて、
ちょっと頑張って、ダメだったらまた別の方法を試してみる・・・
そんなことの繰り返しをしているだけのような気もします。

でも丈夫な木が育つためには、先ず目には見えない根っこを
しっかりと張って、それから芽が出て幹が大きく太く育っていくように
人も、成功が目に見えるようになるまでには
長い年月を要することもある・・・
要は、それまで諦めないで継続できる力があるかどうかが
大事だということなのだと思うのです。

1991年の秋に青森県を台風が直撃して、リンゴ農家が
壊滅的な被害を受けたことがある。
(中略)
ところが、木村の畑の被害はきわめて軽かった。
(中略)
リンゴの木は揺るぎもしなかった。根が普通のリンゴの木の何倍も
長く密に張っていたというだけでなく、木村のリンゴは実と枝をつなぐ
軸が他のものよりずっと太く丈夫に育っていたのだ
」(P186)

太くて丈夫な根が張っていれば、嵐にだって耐えられることを
木村さんのリンゴの木は教えてくれています。
人も、しっかりとした根っこがあれば、
苦難に襲われても、心が折れることなく前を向いて耐えられる・・・

時間が掛かっても、そんな「根っこ」を育てていきたいものです。

■柔和な顔
NHKでオンエアされたのを私は見ていないのですが、
幸いなことにDVDとして発売されていましたので、
本を読み終えた後、速攻でamazonに発注しました!

で、観ました。

テレビだと、本に書かれているような木村さんの苦労は
それほど伝わってこないのですが、
その代わりに、木村さんの柔和な笑顔とか優しい話し方が
よく伝わってきます。

長年、苦労を重ねてきた人というのは、
優しい、心から滲み出るような笑顔になるんですね。

それから、木村さんはご自身があれほど苦労して見つけ出した
無農薬でのリンゴの栽培方法を惜しげもなく人に教えているんです。
番組の中でも、そうやって木村さんから栽培方法を
教えて貰っている人が登場します。
で、その場面を見ていて分かりました。

大切なのは、ノウハウではなく「心」だという事が。

木村さんからノウハウを教えて貰っても、それを「受け止める心」が
無いと無農薬でのリンゴの栽培は成功しないんですね。
(※詳しくはDVDを観て下さいね)

これって、自己啓発本やビジネス書から単純にノウハウ、技術だけを
学ぼうとしても、身に付かない・・・というのと一緒ですね。
観ていて、そう思いました。

この本の中では、その他にも農業の在り方だとか
自然の生態系の素晴らしさだとか
色々と多くの事を読み取る事ができる内容でした。

本当はもっと、書きたいことが一杯あるのですが、
取りあえず、この辺で終わりにしたいと思います。

是非ぜひ、一度読んでみてください。おすすめです!

いかん、またウルウルしてきてしまった!

ありがとうございました。

(残り8冊、タイムリミットまで約46時間


【▼文庫本】


【▼kindle版】

2008年08月11日

事件は作られる・・・・ 「国家の罠」



Book-No,54


「国家の罠」


外務省のラスプーチンと呼ばれて

佐藤 優 著


新潮文庫

今日はいつもとチョッと毛色の違う本です。


そうそう、茶髪なんです(違うだろ!)



一ヶ月くらい前に、二代目さんがご自身のブログで取り上げているのを


読み、「面白そうではないか!」と、即効amazonしたしました!


(その割にはアップが遅いのでは・・・?という突っ込みは止めてくださいね)

ロシア外交、北方領土返還問題などにまつわる不正疑惑で


逮捕、拘留された外交官、佐藤優氏のノンフイクションです。


当事はマスコミなどでも取り上げられたようですが、


世間事情に疎い私には、殆ど記憶がありません。

むしろ世間的にも、佐藤氏に続いて逮捕された鈴木宗男議員の事件の方が


記憶に残っているのでは?


何たって「ムネオハウス」や「疑惑の総合商社」などの


流行語を生み出しましたからね。

知っている人は知っていると思いますが、


佐藤氏の逮捕は、いわば鈴木宗男議員を逮捕するための「足がかり」を


つくるために検察庁が仕組んだものだったようです。

■時代のけじめとしての『国策捜査』


あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。


国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、


何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」(P366)

時代の転換というのは、小泉政権誕生を機に


内政面では、ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換


外交面では、地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換


ということ・・・らしい。

「時代のけじめ」をつけるため、言い換えれば政治路線の流れを変えていくために


従来の政治路線「ケインズ型」と「国際協調主義」の両面を持ち合わせた政治家として、


鈴木宗男議員を断罪することが謀られたというのである。

本書の著者である佐藤氏は現役外交官として、ロシア方面の情報収集、分析を


担当していて、その仕事の中で鈴木宗男議員と密接な関係を持っていたことで


同じように国策捜査の標的となってしまったのだ。

詳しくは本書を読んで理解していただきたい!!(私には、とても説明できない!)

恥ずかしながら、「国策捜査」という言葉は、本書を読むまで知らなかった。


でも、言葉は知らないが時々、有名人や政治家の逮捕劇を見て


狙われたな!」と思うことはあった。

日本はご存知のように、法治国家ではあるが、


法律を武器として、時の権力に不都合な者が断罪されるという事は


実際に行われているのだろう・・・


しかし、本書のように克明にその様子を記しているものを読むと


非常に「恐ろしい」と思えてくるものだ。

■法律を武器にして、事件を作る


国策捜査とは、国家がいわば、「自己保存の本能」に基づいて、検察を道具にして


政治事件を作り出していくことだ。冤罪事件と違って、初めから特定の人物を


断罪することを想定した上で捜査が始まるのである」(P383)

チョッと前に上戸彩が新米弁護士を演じたドラマ「ほかべん」の中で


法律っていうのは武器なんだよ」というセリフがありました。


まさに、国策捜査に於いては法律を武器として、事件を作り出していく様子


本書の中でありありと記されています。

法律っていうものは、その解釈や適用範囲を変えるだけで、何でもないようなことでも


犯罪に仕立て上げることが可能なんですね。


だから揺さぶれば必ず何かでてくる。そこに引っかけていくのが僕たちの仕事なんだ。


だから捕まえれば、必ず事件を仕上げる自信はある」(P370)

■駆け引きと人間ドラマ


本書を読み物としてみると、第四章、第五章での取調べのシーンが実に面白い!


東京拘置所内での特捜検事、西村検事と佐藤氏とのやり取りが


何というか、下手な映画よりもドラマチックに再現されているのです。


グイグイと引き込まれながら読むことが出来ると思いますよ。

私のような小市民が国策捜査の標的になるようなことはまず、ありえないと思いますが、


それよりも心掛けなければいけないのは、マスコミなどを通じて流される情報の


信憑性だと思います。


鈴木宗男議員が国会尋問で「疑惑の総合商社」と糾弾された時に


多くの人が鈴木宗男=悪者という見方をしていたのではないでしょうか。


しかし、二代目さんもブログで書かれていますが、


本書を読むと、鈴木宗男議員という人の印象が当事のマスコミ報道とは少し違うことに


気づくと思います。


まさに「一方聞いて沙汰するな」だと感じました。


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《1/52のレッスン・その4》〜和田さんの言葉を自分の勇気に変える〜

未来を信じることも同じだと思います。10年後、確実に生きている保障は


ないのですから、これからの未来がわくわくしたものでいっぱいであると、


「きっと大丈夫」だと私は信じていたいのです


先は見えないけれど、見えないことを信じていようと思えるのです


(「息を吸って吐くように目標達成できる本」 和田裕美 著 P165、P167)

毎朝、「息を吸って吐くように〜」をパラパラとめくりながら、気になった言葉を


見つけて手帳に書き記しています。


で、今朝は、この言葉を選んでみました。

"未来を信じるって言葉で言うのは簡単です。


でも、本当に自分は未来を信じているのだろうか・・・?


だって、10年後どころか、1年後だってどーなっているか分からないんですよ。


何だか怖くないですか?


でも、未来は今日とつながっているのですから、


今日を頑張って生きていれば、きっと未来はわくわくするような気持ちで


迎えられるんじゃないかなって思うんです。


今朝、そんなふうに思って、この言葉を手帳に書いてみました。



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世間的には、北京オリンピックやお盆休みで、普段とはチョッと違う日常に


なっていますね(朝の電車、空いているし・・・)

中学、高校と(和田さんと同じように)バレーボール部に所属していた私は


当然のことながら、北京オリンピックが始まると同時に


「ニッポン、チャチャチャ」モードに突入しています(笑)


初戦は男女ともに負けてしまいましたが、まだまだこれからです!!

そんな訳で、ブログが更新されない時は、「ニッポン、チャチャチャ」していると


思ってください(笑)

では、今日もありがとうございました!

2008年07月05日

明日は今日よりもよくなるか・・・・?



Book-No.35


「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか」


−アウトサイダーの時代

城 繁幸 著


ちくま新書

ディスカヴァー・トゥエンティワンの干場社長のブログ


触発されてしまい、今日は現在の若者の就職観、


仕事観などについて私なりに考えてみたいと思います。

この手の問題を考えるときに、参考になるのが


城繁幸さんが書かれた、この本。


本書は前作の「若者はなぜ3年で辞めるのか?」の


続編的な形になっていて、平成的価値観に従って働く


22人を追ったルポルタージュのような構成になっています。

■なぜ、また安定志向・・・?


学生の意識調査などを見れば、彼らが企業に求めるものに


「安定性、終身雇用」といったキーワードが際立て目に付く。


求人倍率についても、従業員数1000人以上の大企業に


集中する形で底上げされているのが現実で、一言でいうなら


昭和的価値観のゆり戻しが起きているのだ」(P235)


09年の就職戦線(※)もほぼ終了した観がありますが、


(私の会社は全然、採用できていないので、このまま秋採用に


突入です)


今年の学生の意識調査では、本書にもあるように


・安定志向


・大企業志向


がまた、復活してきています。


ちょっと前に人材会社の営業の方からこの調査結果の話を


聞いたときに、妙な違和感を覚えました。



(※、今は08年じゃん!と思われるかも知れませんが採用の業界では


入社年基準ですので、09年就職戦線とは、来年の春入社の新人採用


の事を指すのです)

このブログでも何度か、ロスジェネ世代の事について書いてきました。


本や雑誌で得た情報と私が採用の仕事の中で出会った人たちの


印象などから、ロスジェネ世代の特質として


・従来の日本型雇用(年功序列、終身雇用)を信用せず、


・会社に縛られない


・自立した生き方を求める人が


・それ以前の世代よりも多くいる


というふうに考えています。

・・・と、思っていたのにココに来てまた、従来のような


大企業に就職して、安定した生活を得て、定年まで働きたい」と


考えている学生が増えてきていることに、どうも納得がいかないのです。

干場社長もブログで同じようなことを書かれていますが・・・


年功序列、終身雇用制度が成り立っていた背景は間違いなく


大きな経済成長と人口の増加だと思います。


しかし、低成長時代に入り、少子化が進む現在で今後、


年功序列、終身雇用制度が機能しなくなる・・・


と言うよりは一部の人たちにしかメリットの無い制度になるのは


自明の理ではないでしょうか。

それに、会社が自分の事を定年まで守ってくれる・・・というのも


既に幻想、過去の遺物になっているのは言うまでも無いですよね。

それなのに何故また、安定志向?


それなのに何故また、大企業志向?

格差社会の中で「負け組み」に入りたくないという思いなのでしょうか?

■若者だって色々と考えている・・・・


昨日のブログでも少し書きましたが、ココ最近、たて続けに入社一年目の


営業マンが商談に来ました。


その中の、ある女性営業ウーマンの話。

彼女は今年の春、地方の某国立大学を卒業し、今は人材会社の


営業の仕事をしています。

商談が終わった後、例によって私は色々と質問を始めました。


(この世代の就職観とか仕事観に興味があり、ついつい仕事と関係ないのに


色々と質問攻めにしてしまうのです)

彼女の夢(予定)は30歳までに独立する。


独立して何をしたいかというと・・・セカンドビジネスとしてカフェをやりたい。


でも、カフェはあくまでもセカンドビジネスとしての位置づけなので、


本業としての仕事は、今の仕事を通して探していきたいし、そのための


人脈づくりとか人間関係も作っていきたいと


目をキラキラさせながら話してくれました。

自分の新人の頃とはスゴイ違いだ!と思いつつ、


平成的価値観にしたがって、しっかりと前を見て生きていることに


私は大きく頷いたのでした。

もう一人の新人営業マンは、地方の公立大学を卒業して上京し


やはり人材会社の営業をしている男性の方。

この彼が昨日のブログで登場してもらった、私が和田さんの本を


逆営業してしまった営業マンです。

彼とは和田さんの本の話をきっかけに、ビジネス書の話や、


現在の勉強本ブームの背景とか色々な話をしました。


その時、彼がこんな事を話してくれたのです。

本当は僕もそうした勉強の話とか、生き方の話しとかを自分の


上司にもしてもらいたいんです。でも、飲みに行っても上司は


数字の話しかしないし・・・・

■教えてもらいたがっている若者と、何も示さない大人


彼のその言葉を聞いた時に思いました。


教えてもらいたがっている・・・

社会人っていうのは、先輩の仕事ぶりを見て盗むんだ!とは


私が会社に入った頃に上司から言われた言葉です。

でも、いまどきの若者にその話は通用しません。


手取り足取り、教えてもらうのが当たり前と思っている子が


多いですからね。

少し前ならどの会社にもいた目標になる上司がいなくなり、


だからビジネス書やセミナーが必要になったのでしょう


(アエラ08年6月9日号、「ロスジェネ一発転進」より抜粋)


この考え方を日本社会全体に拡げて考えてみると・・・

昭和的価値観(年功序列、終身雇用の安定した、将来を


約束された働き方)が崩壊し、格差社会、ワーキングプアなどの


問題も発生しました。そしてマスコミなどでは、それらの問題を


これでもか!」と煽り立ててきました。


でも、次にどんな働き方、どんな価値観を持って生きればよいのか、


を教え示している人が、あまりにもいないのではないか。


会社にも、日本社会の中にも・・・

そんな環境の中で、教えて貰いたがっている若者は


不安感だけがつのり、


取りあえずの安心材料を得るために


「大企業志向、安定志向」に走るのではないかと・・・・

■大人の役割


現在のような状況の中で私ら大人が果たしていかなければ


ならない役割とは何か・・・を自分なりにまとめて書いてみます。


(理念)


先ず絶対に必要なのは、大人が次世代に語れる


ビジョンを持つことだと思います。

(報酬制度)


それから、年功序列・終身雇用制度に代わる新しい日本的な


システムを提示し、構築すること。


筆者の城氏が言うように年功序列型の職能給制度から


職務給制度への移行のように・・・

(教育)


教えて貰いたがっている若者に対しては、企業理念から


始まって、実務までをきちんと教育する。



(新人にも役割を与える)


「俺が若い頃は、毎日毎日コツコツと下積みをしたもんだ」と


いう話は、終身雇用制が機能していた頃のお話ですから、


今時、説得力はありません。


新人にも責任ある仕事を任せ、将来のキャリアパスが


描けるように育てることが必要だと思います。

背中を見て覚えろ!は今の若者には通用しないと、先ほど


書きましたが、


でもやはり、若者の目標となる、手本となる人生の先輩に


なることが必要なのではないかと思います。


人は人から学ぶのですから・・・

さて、ここまで書いて何ですが・・・

自分の思いばかり書いていて、本の感想とかは


殆ど書いていませんね・・・

本書に学ぶ点、共感する点は多いのですが、


それはまた、別の機会に書かせてください。

それでは、今日も読んでいただき、


ありがとうございました。


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