2015年05月17日

【「生きて行く私」宇野千代:著】カラスが空を翔ぶような(元祖・肉食女子の)人生


「生きて行く私」
宇野千代:著
角川文庫


宇野千代さん。お名前だけは随分と前から知っていたのだけど、
彼女の代表作の一つ「おはん」はもちろん、
彼女の作品についても何も読んだことはなかった。

ただ・・・

以前に仕事で山口県岩国へ行った時に駅の待合室に
彼女の大きな写真が飾ってあり、それで岩国が彼女の生まれ故郷だ
ということを知った。

それと、テレビで一度だけ彼女の映像を見たことがあり、
その時に、もう一つのブログにこんなエントリーをアップした。

83才のスーパー乙女! : ペンギンオヤジのDブログ

そして、そのエントリーを読んでくれたお友達が、
この本をオススメしてくれて、
(だいぶ長い間、積ん読してたのだけれど・・・)
読んでみたら、驚いたというか、とにかく面白かった!

この本は彼女の生い立ちから85歳までの人生を綴った自伝なのだけど
その生き様が破天荒というか、天衣無縫というか、
よく「事実は小説よりも奇なり」というけれど、
彼女の波瀾万丈の人生は、間違いなくそのへんのツマラナイ小説よりも
格段に面白い!

Amazonの内容紹介

明治、大正、昭和、平成と生き抜いてきた女流作家が、波乱の人生行路を
率直に綴る。山口県岩国の生家と父母の記憶から書き起こし、
小学校代用教員の時の恋と初体験、いとことのはじめての結婚、
新聞懸賞小説の入選、尾崎士郎との出会いと同棲、東郷青児、
北原武夫とつづく愛の遍歴。「スタイル」社の束の間の隆盛と倒産のように
時代の波にも揉まれながら、たゆみなく創作をつづけ、
ひたむきの前を向いて歩いてきた姿が心を打つ。

■元祖肉食系女子?吃驚仰天の愛の遍歴

この最初の夜、私には北海道で待っている悟と言う良人(おっと)の
あることを、改めて言うべきである、と思っただろうか。しかし、私は
そのことを言わなかった。
やがてのことに、私は最早や、北海道へは帰らないものだ、と言うことが、
誰の眼にも分かるような時機が来た。(P98)

宇野千代さんは生涯で4度の結婚をされているのだけど、
(恋多き女性だったんですね)
それぞれの結婚の馴れ初めがスゴいんです!

二人目の旦那さんと北海道で暮らしていた時のこと。
彼女が書いた小説が出版されるにあたり上京。
原稿料を受け取った後、なぜか東京に家を借り、
そして出版社で紹介された小説家・尾崎士郎に一目惚れをして
北海道の旦那さまを放りだして、そのまま同棲を始める・・・!

( ゜Д゜)ポカーン

さらに!!

夜が更けて、さあ寝よう、と言うときになって、「こんな蒲団しかないが」
と言って、押し入れから出してきた蒲団には、血痕がこびりついて、
がりがりになっていた。二人の男女の頸から流れ出してきた夥しい血の
かたまったものだと分かったとき、私はそれを気味が悪いと思っただろうか。
そうは思わなかった、と言ったら、人は信じるだろうか。(P124)

小説の中でガスで情死する一組の男女のことを書くために、
当時、愛人と心中未遂事件を起こしたばかりの画家・東郷青児に
(面識もないのに)こういう差し迫った時に男はどう行動するものか
教えて欲しい、って電話するんですね、宇野さんが。

で、電話じゃなんだから・・・ということで実際に会うことになり
そのまま一目惚れ!そして東郷の家に行き情死を図った血の付いた
蒲団でそのまま一緒に寝た・・・・と。

( ゜Д゜)ポカーン

いやはや、なんというか・・・

後日、テレビ番組「徹子の部屋」に宇野さんが出演された時に
「あの男とも寝た」「その人とも寝た」と話す宇野の話しに
黒柳が「あたし、あんなに、寝た寝たと、まるで昼寝でもしたように、
お話しになる方と、初めてお会いしましたわ」と言わしめたという
エピソードが残っているとか。

ある意味、とっても「業」が深い人だったんでしょうね。

■幸福のカケラ

幸福のかけらは、幾つでもある。ただ、それを見つけ出すことが
上手な人と、下手な人とがある。幸福とは、人が生きて行く力のもとに
なることだ、と私は思っているけれど、世の中には、幸福になるのが
嫌いな人がいる。不幸でないと落ち着かない人がいる。(P285)


幸福も不幸も、ひょっとしたら、その人自身が作るものではないのか。
そして、その上に、人の心に忽ち伝染するものではないのか。とすると、
自分にも他人にも、幸福だけを伝染させて、生きて行こう、と私は思う。
(P286)

この宇野さんの自伝を読んでいて、彼女は幸福というものに対する感度が
とても強く、反対に不仕合わせに対する感度がある意味とても鈍かった
のではないかと思いました。

自分がやっていた会社が倒産したりして、けっこうタイヘンな時期も
あったらしいのだけど、不思議とそういう時のエピソードを読んでいても
悲壮感みたいなものはあまり伝わって来ないんですよね。

幸福のかけらは、幾つでもある。
ただ、それを見つけ出すことが上手な人と、下手な人とがある。

例え周りから見たら不幸のどん底のような時であっても
そこには宇野さん本人しか見えない「幸せのカケラ」があったんでしょうね。

■鴉が空を翔ぶように

私は好んで、自分の生きている生き方を「鴉が空を翔ぶように」と
形容する癖がある。鴉が空を翔んでいるのを見て吃驚仰天する人は
いない。ああ、翔んでいると思うだけである。何だ、あの鴉は翔んでいる。
何と横着な鳥だろう、と思う人もいない。ただ、翔んでいる、と思う
だけである。鴉の翔ぶのは生まれつきなのである。翔ぶのが性分なので
ある。知らぬ間に翔んでいるのである。(P357)

昔、「カラスなぜ鳴くの?カラスの勝手でしょう」という童謡の替え歌が
流行ったことあるけど(これ分かる人は私と同年代ですね・笑)、
カラスが空を翔ぶのが自然であるように、
宇野千代さんは、この本に綴られたある意味とても破天荒な人生を
生きるのが自然な姿だったんだなぁ、と思うのです。

とっても、レリゴーな人だったと思うんですよね、宇野千代さんって・・・
もしも、自分の周りに同じタイプの人がいたら
さぞや面食らうだろうと思うのだけど、

◇◆◇◆◇◆

「おもしろき こともなく世を おもしろく」
幕末の志士、高杉晋作が遺した辞世の句ですけど、
きっと宇野千代さんにとっては、生きていること自体がおもしろくて
仕方なかったんじゃないかなぁ、ってそんなふうに思うんですよ。

溢れるほどの好奇心と、どんな時であっても現実をそのまま受け入れ
人の目を気にせず、幸せのカケラを探し出すことが上手であれば、
人生はこんなにもおもしろく生きられる!
そんなことを宇野千代さんに教えて貰ったような気がします。

私は人一倍好奇心の強い人間だからである。あと四年ほど生きれば
二十一世紀になる。新しい世紀に入った世界をこの目で見たいと
思っているのである。
(中略)
私はこのごろなんだか死なないような気がしているのである。
(文庫版あとがき より)

残念ながら、この「あとがき」を書いた半年後には98歳の人生を
終えて天国へ召されてしまったのですが、
空の上から見える21世紀の世界は宇野千代さんにはどんなふうに
映っているのだろうか?

おしまい

▼Kindle版
 

タグ:宇野千代
posted by penguin-oyaji at 21:37 | Comment(0) | 読書(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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