2013年10月01日

ペンを持ったまま名刺を差し出す若者を指差す前にオヤジ世代はもう一度、我が身を振り返ってみた方が良いと思う

まったくイマドキの若い者は・・・という話しは

よくココそこで耳にしたりしますよね〜

 

なんでもエジプトの古代遺跡にも「イマドキの若い者は」と

書かれていたとかで、(大)昔も今も変わらないんだなぁ、

って思ったりもします。

 

で・・・

 

今日、日経ビジネスオンラインで、こんな記事を読みました。

「えっ、ペンを持って名刺を出した?!」 奇怪な言動を繰り返す若手の“事情”:日経ビジネスオンライン

 

 「1年間、我慢したんですけど……、とうとう言ってしまいました。

『まずは、ちゃんとした社会人になることを目標にしてくれないかな』

って。電話は取らない、名刺の出し方を知らない、言われたことだけしか

やらないの、ナイナイ尽くしで。揚げ句の果てに、面談で泣き出した。

『これじゃ成長できません』って。訳が分からないです。

ホント、もう訳が分からない」

 

 今回は冒頭から、上司の嘆きです。ある大企業に勤める課長職の男性で

年齢は48歳。昨年、彼の課に配属になった男性が、面談で泣き出したそうだ。

 最初は有りがちな「イマドキの若者論」なのかな?と思い読み始めたのですが、

ちょっと色々と言いたい!という思いが沸々と湧き出てきて、

ブログを書き始めた次第。

 

■上司よ、1年間もガマンするな!

このコラムで最初に語られているダメな(?)若者の言動を

要約すると、こんな感じ。

 

・誤字脱字は当たり前 職歴→食歴 提言→低減

・電話が鳴っても絶対に出ない 目の前で鳴っていても完全無視

・名刺を出すときに、ボールペンを握ったまま出した。

 その言い訳は「誰も教えてくれなかった。これじゃ、ボクは成長できない」

 と言って泣き出した。

・上司は1年間、ガマンした挙げ句にとうとう半年ごとの面談の場で

 ガマンできずに「お願いだから、まずはちゃんとした社会人になることを

 目標にしてくれないか?」と若者に言った。

 

文中に「ここ数年、若手の教育には社内でもずいぶんと手をかけています。

私の時代には考えられないくらい、上司たちも気を使っています」とあるけど、

誤字脱字を繰り返し、電話は完全無視で、ボールペンを握ったまま名刺を

差し出すような若者を1年間も放置していたわけですよね、その上司は・・・

 

何だかおかしくないですか?

 

穿った見方をすれば、「若手の教育には社内でもずいぶんと手をかけています

という言葉の裏には若手の教育は社内の教育担当者の仕事で、

自分(上司)がわざわざ教えるようなことではない、という言い訳が

見え隠れしているようにも感じるのですが、私には。

 

■ちゃんとした社会人になれ・・・と言われても

ワタクシゴトで申し訳ないのだけど、

以前、採用の仕事をしていた時にインターンシップとかで

学生さんとお付き合いする機会もあって、

そんな時によく言っていたがコトが2つあります。

 

・どんなコトがあっても学校を卒業したらフリーターではなく、

 正社員として会社に入れ

・入社する会社の見極めは、自分に対して教育という投資をしてくれるか

 どうかで判断しろ

 

学生の常識は社会人の非常識と言ったりもしますが、

学生としての意識や言動から「ちゃんとした」社会人に変わる唯一の機会が

新卒で入社した会社での新人教育だと思うのです。

 

中途採用で採った人に対して期待するのは即戦力ですから企業側は

わざわざ電話の受け応えや、名刺交換のやり方なんて教えませんよね。

 

だからフリーターとして社会に出てしまうと、

そういう「ちゃんとした」社会人になるための唯一の機会を逃してしまうと

思うんですよ。

 

昔、お世話になった上司が「学生を社会人として一人前になるように

教育するのは新卒で採用した企業の社会責任の一つだ」と

言っていたのですが、本当にその通りだと思うのです。

 

■教えるのは箸の上げ下げレベルから

このコラムに対するコメント欄に

ビジネスマナーくらいなら、本一冊与えて読ませれば良いんじゃないか、

という書き込みがあったのですが、私はそれも間違ってると思うのです。

 

何故なら「知っているコトと実際に出来るコトは違う」からです。

だって知識としては知っていても自分で実践できないことって

たくさんありますよね。

 

またまたワタクシゴトですが、新人研修期間中に店舗見学のために

新人と一緒に外出することがあったんですよ。

その時、新人があまりにチンタラ歩いている姿に頭にきて!、

戻ってから研修プログラムを変更して「歩き方」の訓練をしたことがあります。

 

何が言いたいかというと、「歩く」という簡単な動作一つとっても

学生と社会人では動作が異なり、それを指摘して徹底的に直す機会が

必要だということです。

 

よく「箸の上げ下げを注意する」という言い方をすることもあるかと

思うのですが、新人研修期間中にやることってまさにそういうコトだと

思うんですよね。

 

■親の顔が見てみたい

悪ガキがイタズラをした時に「親の顔が見てみたい」って言うじゃないですか。

もしくは「子を見れば親が分かる」という慣用句もありますよね。

それと同じだと思うんですよね・・・冒頭の1年間もガマンした上司って。

 

職場に入ってきた新人(若者)を、ちゃんとした社会人に育てる責任は

職場の先輩であり上司だと私は思います。

 

確かに・・・

それなりの教育を受けてきた、20才前後とは言えオトナである若者に対して

歩き方とか、話し言葉とか、当たり前すぎることをイチイチ注意したり

教え込むのは面倒くさいですよ。イライラすることだってあります。

 

でも!

 

誰かが教えないとダメなんです。

放っておいても「ちゃんとした」社会人になれる人なんて、ごく一部でしょ。

こうしてエラソーなことを書いている私も、社会人1年目に

みっちりと怒られました。

 

その時は怒られながら上司に対して反発する気持ちもありましたが、

今になって振り返ってみれば、こんな私が一応それなりの社会人に

なることが出来たのは、あの1年間があったからだと思ってるし、

その時の上司には本当に感謝してます。

 

いい悪いはともかく、大学で四年間遊んだ人も会社は

正社員として採用し、それなりに飯を食えるようにするというのは、

この社会の暗黙の約束事だったはずです。 

その約束事を中高年世代は守らなかった。

バブルが崩壊して景気が悪くなると、 新卒の一括採用を

あっさりやめてしまいました

 

「この国を作り変えよう」松本 大・冨山 和彦 著  P15より引用

この国を作り変えよう 日本を再生させる10の提言 (講談社BIZ) 

超ww面倒くさい新人教育(社会人教育)だけど、それでもやっぱり、 それなりに飯が食えるように、 社外に出しても恥ずかしくないくらいに 「ちゃんとした」社会人にするための教育の義務を  オジサン世代は放棄してはいけないのだと思う。 

■一人の人間として・・・ 

どの時代の若者も、上司が「もっとどうにかせいよ!」と

叱責したくなるほど未熟だったんじゃないだろうか。

ただ、一昔前までは、日常のあらゆるところに、

1人の“人間”としてふっと寄り添える、機会があったのだと思う。

 

 上司になると、ついつい立場で、部下と接してしまいがちだ。

1日のうち、いや、1週間のうち、ほんの一瞬でもいいので、

“1人の人間”として接する機会を作ることが、上司には必要。

 冒頭に紹介したコラムは、こんな言葉で結ばれています。

 

振り返ってみると、私は上司に恵まれていたと思う。

厳しいことも言われたし、泣かされるようなこともあったけど、

でも、それだけではなかった。

酒場の片隅で愚痴を聞いてくれたり、フォローしてくれたり

そういう人としての優しさみたいなものを感じさせてくれたりもした。

 

だから、この人に付いていこう!と思えたし、

自分が上司になったら、あのようになりたい!とも思った。

 

もしかしたら・・・

 

未熟で理解不能なイマドキの若者が増えているとしたら、

それは一人の人間として寄り添えるような上司(オヤジ世代)が

少なくなってきたということの裏返しなのかも知れませんね。

タグ:河合薫
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posted by penguin-oyaji at 21:05 | Comment(0) | ネット記事・コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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