2013年05月03日

ペンギンが「愛」を語ってみる(「逆説の10カ条」を読んで思ったこと)

それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条

「それでもなお、人を愛しなさい」

人生の意味を見つけるための逆説の10カ条

ケント・M・キース:著 大内博:訳

早川書房

 

 

この本は神田昌典さんがある本の中で「オススメ本」として紹介していたのを読んで、興味を持って手にとりました。

 

それが、もう数年前。

 

最近、また枕元において寝る前などにパラパラと読み返しています。

 

「逆説の10カ条」・・・割と有名なので、ご存知の方も多いかもしれませんね。

 

ググると、色々なページが出てきます。

 

マザー・テレサも麻生太郎も心に留めた「逆説の10カ条」 - NAVER まとめ

ペンギンが『愛』を語ってみる

 

1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。

 それでもなお、人を愛しなさい。 

 

人間は愛を燃料として動くものだと私は信じています。

そういうふうにできているのです。愛を与え、愛を受けとっていなければ、エンジンが全開しているとは言えません。(P31)

 

確かにその通りなんだろうけどな・・・と思う。

 

だけど・・・何かが引っ掛かる。

 

何かそれって、キレイゴトじゃね?

 

「愛」というものほど、語られるコトが多いものってないのではないだろうか・・・?

 

でも、その割には何だか分かったような、分からないような。。

 

「それでもなお、人を愛しなさい」と言われても、嫌いな人だっているし・・・

 

自分に興味関心を持ってくれない人のことなんて、とても「愛」をもって語ることなんてできない。。

 

でもね。

 

この文章を読んで最近、少し考えを変えはじめたところ。

 

私たちは同意してもらえないからといって、人を愛さないことにしようと決めることがあります。

あるいは、この人は不合理な人だ、わからず屋だ、わがままな人だ、だからこの人は愛する価値がないと決めつけたりします。

これは悲劇です。

なぜ悲劇かというと、愛は、他人に同意してもらえるかとか、愛する価値があるかという問題ではないからです。

愛とはそのようなものではありません。(P31)

うまく言葉にできないんですけど・・・

 

こんなふうに考えてみました。

 

例えば、自分の「心」という名前のコップがあったとします。

 

その心というコップに「愛」が注がれています。

 

でも!

 

残念ながら、まだその「愛」はコップをいっぱいにできません。

 

その時、人は(自分は)どういうふうに思うか?

 

その心のコップをいっぱいに満たすために、他の人からの「愛」を奪って、いっぱいにしようとするのではないか?

 

だから、そんな時はどうしても「私が」と考えがち。

 

私がこんなに思いを寄せているのだから、分かって欲しい。

 

私が思っている分、あなたも私を思ってください(同意してください)

 

相手に何かを求めてしまうんだな。考えが利己的。

 

でも!

 

自分の心のコップが満たされていたら、

 

きっと、そこから溢れ、こぼれる分を分け与えることができる。。

 

だから、「私が」ではなく、「あなた」と考えることができる。

 

あなたに幸せになって貰いたい。

 

あなたを大切に思っています。

 

改めて「奈々子へ」を読んでみる

 

今までに何度かこのブログに書いてきたのだけど、私は吉野弘さんが書かれた「奈々子へ」という娘に贈った詩が好きです。

 

その詩の中にこんな一節があります。

人が人でなくなるのは 自分を愛することをやめた時だ 

自分を愛することをやめる時 

人は他人を愛することをやめ 世界を見失ってしまう 

自分があるとき 他人があり 世界がある 

 

改めて、この「奈々子へ」という詩を読み返して思うのは、自分の心のコップをいっぱいにするのに必要なものってこの「自分を愛する心」なんだと思う。

 

自分を愛する心・・・なんでしょう?難しくないですか?

 

この「それでもなお、人を愛しなさい」の中にこんなコトが書かれていました。 

 

あなたはユニークな存在であることを決して忘れてはなりません。

遺伝子的にユニークであり、才能と体験の組み合わせにおいてもユニークな存在です。

ということは、あなたにしかできない貢献があるということです。

世界のために最善を尽くすことによって、その責任を果たすことができます。(P96)

 

自分はこの世界の中で唯一無二の存在であること。

 

だからこそ、自分にしかできないことがあると知ること。

 

そして、その自分に与えられた使命を精一杯に尽くすこと。

 

うまく言えないのですが、

 

自分を愛する心って、そんな感じでしょうか。

 

自分自身の存在を大切に思う時、そして精一杯に生きる時、はじめて他の人に対しても愛を注ぐことができるのかもしれませんね。

 

・・・と、言葉に書くと簡単ですが、「奈々子へ」の最後はこんな言葉で結ばれています。

 

お前にあげたいものは 香りのよい健康と 

かちとるにむずかしく はぐくむにむずかしい 

自分を愛する心だ

 

笑顔のプレゼントを贈りたい時・・・

ここまで、(例のごとく)うだうだと思うままに書き進めてきましたが、(読んでくれてありがとね〜)結局は、こういうコトなんだと思う。

 

誰かを幸せにしたい、笑顔にしたい!

 

そう、思った時に先ず自分が幸せを感じているか、笑顔でいるか?

 

それが大切だというコトなんですよね、きっと。

 

もっと、ぶっちゃけて言えば、相手が振り向いてくれない、分かってくれないなどとブーたれる前に、もっと自分自身を磨け!っていうことですよ、そこのあなた!そして、オレ!(笑)

(ちょっと違うかな?) 

 

不合理で、わからず屋で、わがままな存在だとしか思えない相手であっても、自分の心が満たされた状態であれば、「愛する」ことができるかどうかは分からないにしても、少なくとも相手のことを理解しようと努力することはできるのではないかと思うのです。

 

この「それでもなお、・・・・」については他にも書きたいコトがあるのですが、それはまた別の機会に。

 

ただ・・・!

 

1日の終わりに、ちょっと時間がある時に、この本をパラパラでも読みながら、より大きな視点で自分のことなどを考えてみると、心の筋力トレーニングになるんじゃなかなぁって思うんですよ。

 

相手が分かってくれない、

 

理不尽なことばかり起きる、

 

うまくいかない・・・

 

そんな時にこそ、この本を読んでみるのが良いのではないかと。

 

では、また。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

【▼単行本】

【▼文庫本】


posted by penguin-oyaji at 21:18 | Comment(0) | 自己啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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