2012年12月28日

和田裕美さんの「神社のおかげさま」「前編」

神社のおかげさま――これがあなたの生きる道

「神社のおかげさま」

これがあなたの生きる道

和田裕美:著

亜紀書房

 

和田裕美さんの最新刊、神社本第2弾です!

(ちなみに第1弾はコレね)

 

神社本ということで、またもや書店に行った時に「この本はどのコーナーに置いてあるのだろうか?」と悩む。

 

私は最初バ●正直に店員さんに「神社についての本は何処ですか?」と聞き、神道関係の本がズラッと並んでいるコーナーに行きましたが、そこでは発見できず!

 

で、結局はいつも通り営業本コーナーでこの本をゲットしました(笑)

 

既にこの本を何度か読み返しましたが、この本はガチでヤバい!

 

共感ポイントが多過ぎです!例によって付箋貼りまくり〜!

 

Amazonの内容紹介

自分の人生は神さまの手の中にない。自分の手の中にあるんです。

「じゃ、なんで和田さんは神さまを信じるのですか?」

それはそのほうが強くなれるから。

約束を守れる人になれるから。未来を信じることができるから。

人が見てないところでも、がんばる自分を持てるから。

辛いときも「きっとだいじょうぶ」と思って踏ん張れるから。

なにより感謝の気持ちを忘れず、傲慢にならないですむからです。

「いまに感謝し、すべてのことに意味があると信じる毎日が未来を

変える力になります」

 

これを読んでくださっている人に最初に謝っておきます!

 

この本は共感ポイントが多すぎるので、きっとうまくまとまらないと思います!

 

そして、いつも以上に長文になりそうな予感が・・・

 

根性のある人だけ、付いてきてください!(苦笑)

 

神さまって本当にいるの?

そもそも神さまというのは、分子生物学者の村上和雄先生のお言葉にあるように、「サムシンググレート」(偉大なる何か)としか言いようのない存在です。

自然そのものだったり、この宇宙全体だったり。人間には解明できない人知を超えた巨大なエネルギーみたいなものです。(P17)

 

人文学系だけではなく、理系領域の学者の先生からも神さまの存在について語られているのが、個人的には興味深いなぁ、と思います。

 

神さまの正体がどんなものなのか、私には分かりませんが、それでも個人的には「神さまはいる」と思っています。

 

神さまだけでなく、サンタクロースも完全に!いると思ってます!^^

 

それはもう、信じるとか信じないというレベルではなく、いるのが当たり前!レベルで、いると思っているのです!

 

私の個人的な宗教観や神さまについて、以前このブログやFacebookにも書いたことがあるのですが・・・

(このページ↓↓↓)

ペンギンオヤジのB読書!: ちょっとディープな読書会でした!(和田裕美さん読書会@福岡・第17回)

ペンギンオヤジのB読書!: 熊野でワシも考えた

 

改めて、ちょっと転載しておきますね。 

 

「わしは無宗教じゃけんね」というようなコトを言う人が多いし、日本人は無宗教の人が多い、というステレオタイプ的な意見を今まで無批判に受け入れてきたけど、それは多分、間違いだ。

 

仏壇の前で手を合わせて、ご先祖様に 話し掛けたり、神社でお願いごとをしたり、 手を合わせてお祈りするというのは私たちにとって当たり前のようにある 日常の一コマだ。

 

確かに聖典を読んだりしないし、 断食もしないし、戒律とか意識しないで生活してるけど、日本人には日本人なりの神様との接し方があって、それは21世紀を 生きる私たちにも、しっかりと受け継がれているんですよね。

 

日常の中であまりに自然にやってるから、 宗教とか意識してないだけなんだと。

 

そう、私が思うに日本人にとって神さまって

 

ある意味、空気みたいな存在ではないかと・・・

 

ご存知のように日本の神道では、キリスト教やユダヤ教のように唯一絶対神ではなく、万物に神さまが宿る八百万の神さま。

 

変な言い方ですが・・・

 

私たちの生活空間の至るところに神さまがいるわけですから、その存在はもう空気みたいに意識はしないけど、生きていくのに必要不可欠なものなんじゃないかと思うんですよね。

 

ただ・・・ 

 

この本はスピリチュアルな啓示の書でもなければ、神社ガイドでもありません。

もちろん右翼的な国粋主義を発揚する本などであるはずもなく、神道への勧誘を第一の目的とする本ですらありません。

(P39)

 

この本の中で和田さんは神さまを信じなさい!とは何処にも書いていないし「信じなくてもいい」とすら書いています。

(そこがまた個人的には好感ポイントなのですが ^^ )

 

神さまの存在については人それぞれが自分で考えればいいと思うし、私も自分の考えを人に押し付けたりする気は全然ありません。

(だから、この先も安心して読んでね〜)

 

ちなみに・・・

 

分子生物学者の村上和雄先生のお言葉にあるように、「サムシンググレート」(偉大なる何か)としか言いようのない存在です。

 

これはきっと、この本からの引用だと思われます(推測ですが・・・)。

 

生命(いのち)の暗号―あなたの遺伝子が目覚めるとき 

「Something Great 生命の暗号」

あなたの遺伝子が目覚めるとき

村上和雄:著

サンマーク出版

 

私もこの本、読みましたけどとても面白かったですよ〜

 

オススメです!

 

会社に神棚がなくなるとどうなるのか?

彼(窪寺伸浩さん)の著書『なぜ儲かる会社には神棚があるのか?』(あさ出版)にもありますが、

「倒産した会社の80パーセント以上が会社に神棚を祀っていなかった」

「銀行の融資担当者は有志を検討する際に、融資先の会社に神棚があるかどうかをポイントのひとつにしている」

などなど、いかにも「それは偶然だよ」「そんなの思い込みだよ」といった突っ込みが入ってきそうな、しかしながら、れっきとした「事実」に基づくお話しを聞かせてもらいました。(P107)

 

そうか、そうか、そうであったか!

 

と深く納得しながらこの文章を読みましたよ、わたし。

 

実は・・・私が最初に勤めた会社でのこと。

 

本社にも各営業拠点にも神棚が祀ってあったのですが、「会社が特定の宗教に肩入れしているのはおかしい!」という内部からのクレームがあり、全ての神棚を撤去してしまったんですね。

 

それから数年後、会社の業績は低迷し遂には一部の事業を身売りするコトになってしまったのです。。

 

この本で和田さんが書かれているように毎朝、社員が神棚に向かって手を合わせるなどというコトはやっていませんでした。

(年に何度か皆んなで神棚の前で手を合わせていたくらいだった)

 

それでも、神棚が撤去されると多くの社員からは

 

「えぇ〜、なんで撤去しちゃうの?」

 

「こんなことしたらバチがあたるよ〜」

 

という声が数多くあがったのでした。

 

神棚を撤去したことと、会社の業績が低迷したことの因果関係は分かりませんが・・・

 

そんなに信心深いとは思えない(失礼!)当時の社員たちでも会社から神棚がなくなることに、何か不吉な予兆を感じていたのは確かだと思うのです。

 

和田さんのお父様が仏壇に手を合わせる様子を見て・・・

 

仏に向かう特別な思いは、まったく見受けられません。

ただ、仏壇がそこにある以上放置することはできず、とにかく最低限はちゃんとしないといけないような気がしてやっているのだと思います。

(P29)

 

と、書かれていますが、きっと多くの人にとっても同じように仏壇も神棚も何か特別に深い信仰心があるから手を合わせているのではなく、何となくそこにあるから手を合わせているのではないかと・・・

 

でも、きっと神さまや仏様が自分たちのことを見守ってくれているのだから、粗末にしてはいけない、という気持ちは心の何処かにあるんでしょうね。

 

そして、そんな心が「こんなことしたらバチがあたるよ」という声になったのではないかと思うのです。

 

ご利益とは形ではなく内面の変化

どんな願いだって、そこにたどり着くまでには必ず道があります。

だから、ちゃんと道を歩かないとダメなのです。その一歩一歩に、大事な学びがあるのだと思います。

人はすぐに結果を求めようとします。神さまから見たら、あまり賢い方法ではないのではないでしょうか。(P195)

 

神社に行くと、神さまの前で無意識のうちに「お願い」をしたりしますよね。

 

でも和田さんは神社は「感謝」し、「誓う」ところだと言います。

 

そりゃ確かに、神さまにお願いをして棚ぼた式に願いが叶うのであれば、誰も苦労はしませんよね。

 

でも!残念ながら願うだけでは夢が叶ったりすることはありません。

 

では、神さまのご利益は何もないのか?!

 

和田さんはこの本の中で神さまからいただくご利益として

 

「道」

「感謝の心」

「陽転思考」

「踏んばり力」

「正しい欲」

「自分らしい幸せ」

「夢を叶える力」

 

という7つの和田流ご利益を挙げています。

 

どのご利益についても、この本を読むと「なるほど〜!」と思うのですが、上の方で引用した「道」という考え方は和田さんらしいな、と思うのです。

 

人が心に描く願いや夢って、そう簡単には手に入りませんよね。

(むしろ、簡単に手に入るくらいなら神さまにお願いなんかしないはず)

 

願いを叶えるために、一見遠回りにも見えるようなデコボコ道を歩く時もあると思います。

 

そんなツラい状況でも、神さまに誓ったのだから、あるいは、神さまが見ているのだから・・・

そう思うことで乗り越えられる。

 

そして、願いが叶った時には一回り成長した自分になれる。

 

それこそが、神さまからの贈り物(ご利益)なんだと、和田さんは言いたいのではないかと思うのです。(違うかな?)

 

ところで!

 

一歩一歩に大事な学びがある、という和田さんの言葉を読んでいたら、こんな言葉を思い出しました。

 

成功にもし近道があるのなら教えてください。 

なぜなら−絶対に通りたくないから。 

がんばった先の成功が欲しい

 

これはシンガーソングライターの川嶋あいさんの言葉です。

(以前、このブログにも書きました)

 

ペンギンオヤジのB読書!: 一人の少女の生き方から学んだこと・・・・「最後の言葉」

 

この言葉って、和田さんの一歩一歩に大事な学びがあるという言葉とリンクすると思うんですよね〜

 

・・・というか、私は個人的にけっこう前から和田裕美さんと川嶋あいさんのコラボ企画を一度で良いから見てみたいと思っているんですよ〜

 

年齢も活躍のステージも違うお二人ですが、絶対に考え方の根っこの部分は同じだと思うので、コラボするとどうなるのか?すごく見てみたい気がするのです!

(まぁ、個人的にお二人のことが大好きというのが一番の要因ですが)

 

もしも実現したら、私も舞をまってしまいます!

(読んだ人には分かるよね〜・笑) 

 

夢は言葉にすると叶うというので、一応ここに書いておきます(笑)

 

あっ、これも願っているだけじゃなくて、何か自分で行動しないとダメなのかな〜??

 

(とりあえずの)まとめ

 

何度か読み返して思うのですが・・・

 

この本って神社とか神さまというフィルターを通して映し出した和田さんの心象風景を綴ったエッセイみたいな本だなぁって。

 

だから、確かに神さまとか神社とか神道についても書かれているんだけど、それが別に押し付けがましい感じが全然しない。

 

むしろ、和田裕美さんという一人の女性の生き方、考え方の方がより強く伝わってくるので、別に神社に興味が無い人が読んでも共感できる部分はたくさんあるような気がします。

 

それから・・・

 

この本の中でも和田さんはよく他の人から「和田さんは強いですね」と言われると書かれていますが、私が思うに、それはやはり神さまとか神社という精神的なバックボーンを和田さんが持っているから、強くいられるのでないかと。

 

以前、ビジネス書著者が何人か合同で開催したイベントで

 

人は自分個人のために頑張れなくなっても、

他の誰かのためになら頑張ることができる!

 

という話しを聞いたことがあります。

 

人が強く生きていくためには、きっと自分以外の誰かを信じる心が必要なんだ思うのです。

 

それを神さまに求める人も入れば、身近な家族や恋人に求める人もいると思う。

 

その対象は人それぞれ何であっても良いと思うのですが、精神的なバックボーンを持っている人はとにかく強い!と自分の周りを見ていても思うのです。

 

まさに「信じるものは救われる」ということでしょうか。

 

・・・・と、相変わらず、まとまりもなく

 

ここまで書き散らかしてしまいましたが、

 

やはり!まだ語り足りない!

 

という訳で「後編」につづくのだ!

 

取り敢えず、ここまで読んでくださってありがとうございました!

 

 

 



posted by penguin-oyaji at 21:39 | Comment(0) | 読書(和田裕美) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。