2012年07月26日

読書会で再発見!「新・陽転思考」(前編)

人生を好転させる「新・陽転思考」

和田裕美:著

ポプラ社

久しぶりに和田裕美さんの「新・陽転思考」を読み返し

目からウロコがボロボロと落ちているペンギンオヤジです。

先日、Facebook上で「WEB読書会」なるものを

開催させてもらいました。

課題本は和田裕美さんの「新・陽転思考」

思ってた以上に多くの方々から感想文を

シェアしてもらえて、

それを読んでいると、新たな気付きもあり

自分にとっても、いい勉強になりました。

せっかく気付いた事も、時間が経てば

また忘れてしまうかもしれないので、

備忘録的にまとめておきたいと思います。

■ポジティブシンキングとの違い

ポジティブシンキングでは、マイナスのイメージを

持ってはいけません。悪い現実を引き寄せてしまう

からです。

そんな未来をわざわざつくりたい人なんているはずも

なく、私も当然、そんなネガティブな感情から

解放されたくて焦って何度も頭を切り替えようと

しました。

その感情を頭の中から追い出すために、机に頭を

バンバンとたたきつけながら、一人で夜中に泣きました。

(P16)

人の頭の中は放っておくと、ドンドンとネガティブ思考に

なるそうですね。

それだけネガティブなコトって強いパワーを持っている

証拠なのだと思います。

それなのに!

無理やりポジティブなコトだけを考えようとしても

それはキケンなことなのかも知れません。

ゴマカシがあったり、

目の前の現実を歪ませて見てしまったり、

あるいは、嫌な現実から目を反らして逃げてしまったり、

そう、オーバーポジティブが危険と言われるのは

そうしたムリが生じるからなのかも知れません。

和田さんが夜中に一人で泣いてしまったのも、

そんなポジティブシンキングの悪い面を

あまりに素直に受け止めてしまったから・・・

そんなふうに思いました。

■現実を受け入れ、素直に認める

そして私はついに「ポジティブシンキング」を

捨てる決心をしたんです。

(中略)

開き直った私は、私の人生のために私流の

「ゆるい条件」を決めました。制限をなくして

「自分に許しを与えた」のです。

無理に明るくしない。

泣いたっていい。

心配して不安になってもいい。

(以下、略)

(P18)

和田さんはマイナスな感情も受け入れていいと

「許し」を与えた、と書かれていますね。

今回のWEB読書会にアップされた

他の方の感想文を読んでいて、はたと

気付いたことがありました。

和田さんが書かれている「許し」とは

たぶん、「認める」「気付く」と同義だと思うのです。

仕事で失敗してしまって、上司から怒られた時。

弱さを認めない自分だったら、

廻りが・・・とか、相手が・・・とか、言い訳ばかりして

自分の欠点については、ひたすら目を反らしてばかりに

なってしまいますよね。

でも、それじゃ前には進めない。

自分の弱い部分や欠点について先ずはきちんと認めて

向き合うことが大切。

そして、それを受け入れた時に始めて次の成長への

スタートが切れるというコトなんですよね。

よく成長するためには「素直さ」が必要だと言われますが、

自分の弱さを認める、ということは素直と同義なのかも

しれませんね。

■「よかった」さがし

「よかった」と言ってから「なぜ?」と自分に聞いてみる

 (P35) 

「失敗してよかった」

「なんで?」

「初心に戻ることができてよかった」

「素直に人の話がきけるようになってよかった」

「大勢の人に迷惑をかけるような失敗でなくてよかった」

マイナスの出来事から「よかった」をさがして

気持ちを切り替える・・・その一例として和田さんが

書かれていることです。

これを読んで、どう受け取るかが大切!

和田さんの書かれている「許し」は

「認める」ことであり、「気付く」ことと同じではないかと

書きました。

そして同時に、

「許し」は「甘え」ではないと思うのです。

例えば職場で上司から怒られた時に、

自分のダメなところに気付けてよかった

と、マイナスの出来事を受け入れて、

陽転して・・・・でも、そこで止まってしまったら

前と何も変わらないですよね。

ダメな自分でも良かった・・・

これって、明らかにおかしいですよね。

そこで終わりにするな〜!って感じです。

●●でよかった。だから、忘れよう・・・

おい、おい、って感じです(汗)

まぁ、こういう書き方は極論かも知れませんが、

よくよく考えると「よかった」で結論づけて、

マイナスの出来事や感情を忘却の彼方へ押し去ろうと

していることが無いとも言えないのではないかと・・・

気付き、認めることが大切なら、

●●でよかった。これから自分は〜しよう。

と、考えないと次のステップに繋がりませんね。

「よかった」は目の前の出来事に対する免罪符ではなく

逃げない!あきらめない!ごまかさない!ための

決意表明なんじゃないかと思うのです。

■悩む時間

私はここで、「悩んでいたらだめだよ」とか「悩みは無駄」と

言っているのではありません。

切り替えもせず、何も変えずにうじうじと悪いことばっかり

探しているのは、悩みに真正面から立ち向かわないで、

そこから逃げているだけだし、悩みを正当化して悩みを

大きくしているだけだからよくないと言っているだけなのです。

(P75)

私も優柔不断大魔王ですから、よくウジウジと悩んで

周囲から呆れられた経験は数知れず・・・^^;;

あまつさえ、悩んでいる自分は人生の深遠な問題に

真摯に立ち向かっている誠実なヤツだと

とんでもない勘違い野郎だったりしたのです。

バカですね〜

ただ、今でも悩むこと自体を否定する気持ちはありません。

悩む時は悩んだ方が良いと思います。

でも、悩んでいる間の時間は停滞と同じだし、

問題を先送りにしているのと、あまり変わらない。

それなら、さっさと悩んで、さっさと気持ちを切り替えて、

さっさと行動に移した方が絶対に良いに決まってます。

悩んでいるときって、問題の堂々巡りをしているだけって

思いませんか?

悩みAを考えていると、そこから派生した悩みBが

気になりだし、そこから更に悩みCについて悩み出して

・・・そして最後にまた悩みAに戻って来るという、

まさに『悩みのジャグリング』状態!!

自分の問題はその渦中に自分がいて、客観的にその問題を

見つめることができないのです。

反対に、他人の問題は当然、自分の内側にある問題では

ないので、ちょっと距離をおいてみることができます。

だから、冷静な判断ができるのです。

(P44)

そう、悩みの渦から脱出するためには、

とにかく、その悩みから少し距離を置いて

客観的に眺めてみるのが良いと思います。

陽転思考で二者択一の選択にするもよし、

紙に悩みを書き出して、俯瞰して眺めるもよし、

とにかく「他人事」のように、一度その悩みから

距離を置いてみた方が、案外とすんなり悩みから

抜け出せるような気がします。 

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ここまで延々と読んで頂いて、ちょっと疲れました?

そろそろ休憩にしましょうか?

お茶でも飲んでイップクして下さい。

書きたいコトはまだまだあるので、

つづきは、また次回というコトで・・・

(つづく)



posted by penguin-oyaji at 10:23 | Comment(0) | 和田裕美さん読書会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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