2009年05月14日

孤独で寂しい人工衛星が燃え尽きるとき・・・「スプートニクの恋人」


Book-No.124
「スプートニクの恋人」

村上 春樹 著
講談社文庫

前にも少し書きましたが・・・

学生時代、書店のバイトでレジをしていると
「風の歌を聴け」や「カンガルー日和」などの
本がやたらと売れていて(特に若い女性に人気だった)
それが、村上春樹を知ったきっかけでした。

そこから私も村上春樹を読むようになり、
何だか独特の表現によって紡ぎだされる
世界観に惹かれ、
処女作の「風の歌を聴け」から
「ダンス・ダンス・ダンス」あたりまでの
作品は、ほぼ全て読みました。

卒業し、社会人になると本を読むこと自体から
離れてしまい、「ねじまき鳥」も
「海辺のカフカ」も読んでいないのですが・・・

【あらすじ】 (amazonの商品紹介より)
とても奇妙な、ミステリアスな、この世のものとは思えない、


22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。
広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。
それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、
片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。
そして勢いをひとつまみもゆるめることなく大洋を吹きわたり、
アンコールワットを無慈悲に崩し、
インドの森を気の毒な一群の虎ごと熱で焼きつくし、
ペルシャの砂漠の砂嵐となってどこかのエキゾチックな城塞都市を
まるごとひとつ砂に埋もれさせてしまった。みごとに記念碑的な恋だった。
恋に落ちた相手はすみれより17歳年上で、結婚していた。
更につけ加えるなら、女性だった。
それがすべてのものごとが始まった場所であり、
(ほとんど)すべてのものごとが終わった場所だった。

【感想とか】

最初に読んだときは「???」状態で
正直、何だかよくわからないなぁ、と思いました。

「あちら側」と「こちら側」というパラレルワールドや
恋人を失う「喪失感」など、村上作品によく出てくる設定は
相変わらずなのですが・・・

何の答えも与えられないまま
終盤、色々なことが次々と終わっていくのです。。
ミュウとの関係も・・・
教え子である、にんじんとの話も・・・
そして・・・すみれとの話も。

ふつう、物語の終わりには
作者の思いや主張が感じられるような
エピソードが出てきて、
読み手も「なるほど」と思いながら
幕が降りるものだと思うのですが、
そういうものが何もない。


どう解釈するかは、すべて読み手に
委ねられているような、そんな物語の終わり方

とまどったのかもしれません。


で、
もう一度、読みました。

読み返してみると、これからの物語の展開に
符合するような短い言葉やエピソードが
散りばめられていて、緻密に構成されていることに
気づきました。

消えた猫の話とか・・・
中国の門の話とか・・・

これらの短い言葉やエピソードを
本編のストーリーの流れにくっつけてみたり
関連付けてみると、少し解釈も変わってくるような
感じがします。まるで謎解き物語のようですが。

特に最後の最後に描かれる、
すみれとの話をどう読むか?
それによって、この物語の意味も
違ってくるような気がします。

どう読むか?


簡単に答えは教えてくれないし
そもそも、答えなど存在しないのかも知れませんが、
とにかく「深い」テーマがあるような気がします。



喪失感とか・・・

そして、村上春樹の作品に特徴的な恋人や親しい人を
失う「喪失感」について、こんな文章が印象的でした。

人にはそれぞれ、あるとくべつな年代にしか
手にすることのできないとくべつなものごとがある。
それはささやかな炎のようなものだ。
注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、大きく育て、
松明としてかざして生きていくことができる。
でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に
取り戻せない。
」(P270)

我が身を振り返ってみると、
10代から20代にかけて感じていた「情熱」というものが
それにあたるような気がします。


がむしゃらに、損得もなく、
ただひたすらに自分のやりたい事や
手にしたい事を追い求めていた日々・・・


失ってしまったことにすら気づかないまま
私は今日に至っているのですが・・・


◎孤独感とか・・・

ぼくは眼を閉じ、耳を澄ませ、地球の引力を唯ひとつの
絆として天空を通過しつづけているスプートニクの末裔たちの
ことを思った。彼らは孤独な金属の塊として、さえぎるものもない
宇宙の暗黒の中でふとめぐり会い、すれ違い、そして永遠に
別れていくのだ。かわす言葉もなく、結ぶ約束もなく
」(P273)

なぜ、この物語のタイトルが人工衛星の名前なのか、
そして、すみれの恋の相手が17歳も年上の女性なのか

物語の中で何度か、人工衛星の話が象徴的に語られるのですが、
そこから感じられるのは、やはり・・・
どうしようもなく運命的な「孤独」ということ。


一人でいるときに「孤独」を感じるのではなく、
むしろ大勢の中にいるときや、
好きな人といるときに「孤独」を感じることが多いような気がします。



村上春樹の作品で、私にとっては象徴的だった
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を
読み返したくなるような、そんな作品でした。

読んでない人にとっては「?」な事ばかり
書いてしまいましたが、
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

タグ:村上春樹
posted by penguin-oyaji at 02:48 | Comment(4) | TrackBack(0) | 読書(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ペンギンオヤジさん

3連続登場です!
まとめてになってしまいすみません!

「海辺のカフカ」は数年前に読みました。先の展開が気になってのめりこんで読んだのですが、村上さんの作品を読んだことがほとんど無かったので深いテーマが読み込めず、消化不良的なものを当時感じたのを覚えています。

>「あちら側」と「こちら側」というパラレルワールド

村上作品にはよくでてくるんですね。そんなことも知らずに読んだのだから消化不良になったのも今思えば当然ですね。

「海辺のカフカ」今読んだらどう感じるだろう?
ペンギンオヤジさんも時間がありましたら読んでみて下さい。感想もききたいです。

更新ありがとうございました。



Posted by kaizokou at 2009年05月14日 20:52
kaizokuouさん、こんばんは。
3連続コメント、本当にありがとうございます!!
嬉しいです^^

村上春樹さんの作品は、表現や言葉遣いは難しくない割りに
書かれている内容が「深い」ものが多いので、
時々、「だから何?」って思ってしまうことも多いと思います。

私もこの本を最初に読み終えた時は何だか妙に
消化不良気味でしたよ・・・

繰り返し読んだり、時間を開けて読んでみると
また違う発見もあるかも知れませんね。

「海辺のカフカ」、時間があるうちに読んでみたいと思います。

では、本当に重ねがさねですがコメント、
ありがとうございました!!
Posted by penguin-oyaji at 2009年05月14日 21:58
こんばんは!オススメ本を読んでいただき(と思ったのですが、違う経緯だったら思い上がりもはなはだしく、すみません。。)うれしいです。

うーん、なるほど。。そんなに難しい話だったのか・・。
ぜんぜんわかってなかった(汗)
わたしは、1回目に読んでるときから、メッセージがビシビシ入ってきて興奮状態でした。
読むタイミングが相当合ってたんでしょうね。というか、必要だからわたしのとこに来たんでしょうね。
Posted by ぺりえこんの at 2009年05月15日 02:13
ぺりえこんのさん、おはようございます!

深夜のコメント、ありがとうございます!!
(投稿時間を見て、ビビりました。。。)

もちろん、ネタもと(?)はオススメ本ページです^^
素敵な本をご紹介頂き、ありがとうございます。

いただいたコメントを読みながら
難しく「考え」すぎたかなぁ〜、
もっと「感じて」読んだ方が良かったかなぁ〜
って思いました。

でも、これって切ないラブストーリーですよね。
Posted by penguin-oyaji at 2009年05月15日 08:11
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