2015年04月09日

「幕が上がる」私たちは舞台の上でならどこまででも行ける・・・だけど、何処にもたどり着けない

「幕が上がる」

平田オリザ:著

講談社文庫

「読んでから見るか、見てから読むか?」このコピーが分かる人、たぶん私と同世代です!(笑)

5人組アイドル、ももいろクローバーZのメンバー主演で映画化された作品の原作小説であり、日本を代表する劇作家、平田オリザ氏の処女小説でもあります。

私がモノノフでなかったら、もしかしたら手に取ることもなかったかも知れない小説ですけど、読んで良かったぁ〜!

ピュアな青春が詰まった作品です!

ちなみに、私は「見てから読みました」

Amazonの内容紹介

地方の高校演劇部を指導することになった教師が部員たちに全国大会を意識させる。高い目標を得た部員たちは恋や勉強よりも演劇ひとすじの日々に。演劇強豪校からの転入生に戸惑い、一つの台詞に葛藤する役者と演出家。彼女たちが到達した最終幕はどんな色模様になるのか。涙と爽快感を呼ぶ青春小説の決定版!

あらすじは上記の内容紹介に書いてある通りで、地方の弱小高校演劇部がひとりの教師との出会いをきっかけに全国大会を目指すという割とよくありそうな青春ストーリー。

先輩から部長を引き継いだ新部長・橋さおりの独り語りで物語は描かれていて、読み進めていくうちに一人の女子高生の内面の変化や成長がよく伝わってきます。

最初、さおりはすごくイライラしてる感じ。演劇部をこれからどうしていったらいいのか、それが分からない。

だけど、

「学生演劇の女王」と呼ばれた新任の美術教師、吉岡先生。彼女が橋さおりや演劇部員たちの前に現れたことでこんがらがっていた糸がほぐれていくように色々なことがうまくまわり始め、地区大会すら突破できなかった弱小演劇部が全国大会を目指すようになる。。

■私たちは舞台の上でならどこまででも行ける

私たちは、舞台の上でなら、どこまででも行ける。どこまででも行ける切符をもっている。私たちの頭のなかは、銀河と同じ大きさだ。でも、私たちは、それでもやっぱり、宇宙の端にはたどり着けない。私たちは、どこまでも、どこまでも行けるけど、宇宙の端にはたどり着けない。どこまでも行けるから、だから私たちは不安なんだ。(P329)

物語の中でさおりが「銀河鉄道の夜」の脚本に悩むシーンがある。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んだことのある方ならピンとくるかもしれませんね。ジョバンニが(知らずに)持っていた何処へでも行ける切符。

何処までも行ける切符を持っている。だけど、宇宙はどんどん膨張しているから決して宇宙の果てにはたどり着くことが出来ない。

だから、何処へ行けばいいのか?何処まで行けばいいのか分からない。だから不安になる。

これって、青春時代の不安定な気持ちをよく表していると思うんですよね。

自分は何者にでもなれる!っていう壮大な気持ちにもなるし、もしかしたら、自分は何者にもなれないんじゃないかって不安にもなる。

自分には無限の可能性がある。青春時代、人はそんなふうに思うことがある。だけど・・・人って成長するにつれて知らず知らずのうちに可能性を限定していくんですよね。

「限定」という言葉が悪ければ、「絞り込む」でもいい。

確かに・・・

例え何歳になっても、人は変わることができる。だけど、「年齢」という不可逆な要素に縛られてけっして取り返すことが出来ない「可能性」があるのも事実じゃないですか。

『どこまでも行けるから、だから私たちは不安なんだ』そんなふうに思えるのは、もしかしたら青春時代の特権なのかも?って感じるのです。

■やっぱり私は、教師ではなく女優でした

本当にごめんなさい。やっぱり私は、教師ではなく女優でした。(P279)

この弱小演劇部の青春ストーリーに厚みをもたせているのは、やっぱりかつての学生演劇の女王、吉岡先生だと思うんですよね。

ところで!

自分が小さい頃、あるいは青春時代にどんな夢を持っていたか覚えていますか?そして、それは今、叶えられていますか?

上の方で、「人は知らず知らずのうちに自分の可能性を限定してく」って書きました。それと矛盾するかもしれないけれど、一度あきらめた「夢」でも、それが埋み火のように心に残っていればやり直すことだってできる・・・だけど・・・一度あきらめた分、犠牲にするものは多いのだけど。。それを吉岡先生は読む人に教えてくれます。

あまり書くとネタバレになってしまうのだけど・・・

この小説って(映画でもそうだったけど)、群像劇のようだけど、基本的には、橋さおりの成長物語だと思うんですよ。

さおりは、吉岡先生に出会ったことで成長の階段を昇り始め、そして吉岡先生と分かれることで自立し、大きく成長する。

「守破離」という言葉がありますが、形はさまざまだけど、師匠といえるような人と出会い、そして、その師匠の元から旅立つことで一人前になっていく。。

旅立つ時には、痛みも感じるし、高い壁を乗り越えることも必要だからけっしてラクではないのだけど、そうした「困難」こそが人を成長させていくのですよね。

※ネタバレ気にしなきゃ、もっと書きたいコトがあるのに(涙)

■どれだけ馬鹿になれたか、どれだけ一途になれたか

昨日だったかな?SNSのタイムラインにこんな言葉が流れてきました。

青春というのは意味のあることを成し遂げるのではない。どれだけ馬鹿になれたかどれだけ純粋に一途になれたかです

北方謙三(作家)

青春時代というのは、後先考えずに自分の情熱のまかせるままに、ひたすら突っ走ることができる、そんな時代なのかも知れません。

後先考えずに・・・というのは、現実と折り合いなんかつけない!というふうに言い換えることもできると思います。

現実と折り合いなんかつけないだから、弱小演劇部がいきなり「行こうよ、全国!」なんて言えてしまう。

若い分、人生経験が少ないから、悩んだり、道に迷ったり失敗したりすることもある。

だけど、

現実と折り合いなんかつけない(端から見たら)無謀とも思えるような夢に向かって馬鹿みたいに突っ走った経験はナニモノにも代え難いし、人を大きく成長させるものだと思う。

若いうちから「意味のある」ことを考えて、計算高く、小利口にふるまっていては小さくまとまってしまうような気がするし、何よりも人生、面白くないよね。

◆最後に・・・

感動で涙を流す

よく使われるフレーズだけど、涙を流すといっても堰を切ったように感情が溢れだして号泣して流す涙もあれば、

心の奥底にあった何だか柔らかいものを握りしめられてじんわり流す涙もある。

この小説を読みながら、不覚にも(!)泣いてしまったのだけど、それは後者の涙でした。

とっくの昔に過ぎ去ってしまって、忘れ掛けていた青春時代。この小説を読みながら、そんな忘れ掛けていた(今となってはちょっと気恥ずかしい)何処までも真っ直ぐだった頃の自分に再び出会えたような気がしたのでした。

そして・・・

最後に思ったのは、橋さおりではなく、吉岡先生は何処まで行けたのかなぁ?というのは私が既にある程度の「オトナ」になってしまったからなのかも知れません。



posted by penguin-oyaji at 22:57 | Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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