2014年03月12日

【読み比べ】思考の入口について(最終回)

あなたを天才にするスマートノート

「あなたを天才にする スマートノート」

岡田斗司夫:著

文藝春秋

ゼロ秒思考  頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング

「ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング」

赤羽雄二:著

ダイヤモンド社 

さて、さて、「前編」「後編」でも書き切れず、ついに3回目です。今回こそは「最終回」となりますよーに!

過去2回のエントリーでは、面白いことを自分の頭で考えられるようになるためには、先ずは自分の感じたこと、閃いたことをとにかく紙に書きだせ!・・・というようなことを書いてきました。

では、なんで「考える」ために「書く」ことが必要なのか・・・?

◆考える→書く→話す

昔、新人研修を担当していた時のこと。

「考える」→「書く」→「話す」という話しをよくしていました。

どーいうことかというと。。

普段の日常会話のほとんどは、頭に浮かんだことをそのまま口に出して話していますよね。

つまり、「考える」→「話す」です。

でも、これだと話し手によってうまく話しが整理されないままに言葉に出してしまうことになります。

そのため話しがあっちこっちに飛んでしまい、聞いている方は「何が言いたいんだろう?」と思ってしまうことも少なくないような気がします。

昔、お世話になった上司がまさに!そういう人でした。

朝礼で訓話を話すのを聞いていると、Aの話しをしていたかと思うと、脈絡なくBの話しが始まり、そのうちCに話題が移って、またAに戻る。

で、最終的に何が言いたかったのか全く分からず!!

おまけに、話しが長いんですよね〜

だから、話しを聞いているのがツラくて、ツラくて(^^;

でも!

「考える」と「話す」の間に「書く」というワンクッションを挟むことで、

  • 自分の思考や感情が整理できる
  • 問題や論点を客観的に捉えることが出来るようになる
  • 頭の中のジャグリング(堂々巡り)が解消される

このような効果があり、結果として分かりやすく話すことができますよ、ということを新人研修で話していたのです。

つまり!

「書く」ということは、自分の感じたことや考えを人に伝えるためには、必須のワンステップというコトです。

◆言語化をめぐる冒険

思考と言語の関係について、強く意識してもらいたい。

「思考は言葉によってなされる」ということ。

そして「感情も言葉にできる」ということだ。そのうえで、頭に浮かぶイメージ、感覚を言葉にしてみよう。

「ゼロ秒思考」

まず「感じる」、次に「感じた理由を考える。私たちは感じているだけで実は考えていない場合が多い。考えを言語化していません。

そのためにも自分の感覚や感情を日本語にする訓練をしてみてください。

「スマートノート」

よく私もこのブログなどで「うまく言葉にできないのだけど・・・」と書いたりもしますが、自分の思いをうまく言葉にのせられないというコトはきっと誰にでもあるのではないかと。

言葉にできない、というのは、好きな人に対する自分の思いを言葉にして、その人に伝えたい。

でも、何といったらいいのか分からない。

・・・それと似てる感じでしょうか。

それでも!

自分の感情、思い、考えを人に伝えるためには何とかして「言葉」にしないといけない。

好きな人に対する言いようのない切ない思いを抱えながらも「好きです!」と言い切る。

それがつまり、言語化だと思うんですよね〜(違うかな?)

えっと・・・告白の話しではなく思考の話しでしたね。。

「思考は言葉によってなされる」という言葉を引用しましたが、まさにその通りだと思うんですよ。

考えるためには言葉を使わなきゃいけない。

でも、頭の中にあるあいだは言葉にならないモヤモヤした気分や感情のままであることが多い。

だから「書く」ことによって強制的に言葉にする。

そうやって言語化することが、考えることの第一歩だと思うのです。

つまり、言語化こそが思考の入口だということです。

◆思考は肉体訓練である

イメージや感覚を言葉にしようとする回数を重ねていくと、それほど抵抗なく形にできるようになる。

言葉にすることへの躊躇がなくなってくる。すっと書けるようになる。

「ゼロ秒思考」

論理を身につけたり、論理的に話したり考えたりするのに「入門書を読む」ほど的外れなことはない。

論理は肉体訓練です。スポーツと同じ。

(中略)

毎日、書く。

これ以上の論理入門はありません。

「スマートノート」

「思考」というと何やら知的な雰囲気が漂ってきますなぁ。

でも、思考というのは頭の中だけで完結するものではなく、結局は、ペンを握って紙に書く、あるいはキーボードを叩いて、文字を入力する。

そういう筋肉を動かす作業が必要であり、それを何回も何回も繰り返すことが必要!ということですよね。

ワタクシゴトですが、このブログ。

何だかんだで6年くらい続けていますが、最初、勢いだけでブログを開設してしまったものの、何をどうやって書いたら分からないし、言葉にするのもしどろもどろでした。

まぁ、しどろもどろというのは今も変わりませんが・・・

それでも最初の頃に比べれば、だいぶ書くことに慣れてきたかと。

(慣れ過ぎて、ムダな長文ブログを連発してますが・・・)

そういう意味ではブログは言語化のための良い練習だと思うし、あるいは、ブログでなくても日記や読書ノートなどを書くことも思考の肉体訓練になりますよね。

とにかく、書く!

・・・本当にそう思うなら、もっとブログの更新を増やせ!

というツッコミは要りません!(キリッ!

◆まとめ

「ゼロ秒思考」と「スマートノート」

方向性も書いている内容も違う本ですが、少なくとも「思考の入口」について書かれているコトは面白いくらいに同じことが書かれています。

つまり、頭の中を紙に書きだし言語化すること。

そして、それを何度も何度も繰り返すことで、だんだんと言語化がスムーズにできるようになるというコト。

まぁ、その後どうやって思考を進めるかというと深掘りしたり、他のことと関連付けをしてみたりすることが必要なのですが、そのコトについては長くなるので、今回はスルーということで。

ただね。一つだけ思うんですよ。

自分で考えたつもりでも、実は常識にのっかったものだったり、何処かの誰かの言ったことをなぞっていることが多いのじゃないかと。

なぜか・・・?

それは多分、心のどこかで「正解」を求めているから。。

取りあえず、こう言っておけばOK

こう書いておけば文句もあるまい。

もっとイヤらしいシタゴコロがあると、こういう言葉を使えば、共感して貰えるのではないかとか。

他の人は分からないけど、少なくとも自分に限って言えば、そんなふうに無意識のうちに安全圏に逃げ込んでいたんじゃないか?って思うんですよね〜

「思考の入口」ということで、あれこれ(ムダに長く)書いてきましたが、ある意味では、そういう安全圏に逃げ込まない勇気を持つことも

入口において必要なことではないかと思う次第。

最後に、そんな自分に自戒を込めてこの言葉を引用して終わりたいと思います。

考える、ということは「間違っててもかまわないから、自分なりの結論を持つ」ということです。

間違うことを恐れて、頭のいい人の意見ばかり聞いては、

頭は良くなりません。

「スマートノート」

ペンギンオヤジのB読書!: 思考の入口(前編)

◆どうやって考えたらいいの?

◆脳は勝手に考える

◆思考のジャグリング

ペンギンオヤジのB読書!: 思考の入口(後編)

◆とにかく書き出せ!

◆どうやって頭の中の全てを記録するか?

 (1)常にメモできるものを携帯せよ!

 (2)迷わずに書く

 (3)カッコウつけずに書く



タグ:岡田斗司夫
posted by penguin-oyaji at 16:39 | Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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