2014年02月22日

ボクは何で本を読むのだろう?(下の下篇)

ムダに長い超大作も今回で4回目のエントリーです。

前編、中編、下篇ときたのですから3回で終わる予定だったんですけどね〜 (^^;;

今回は「読書ノート」と「本を読んだ後のアウトプット」の話しです。

読書ノートは「記憶の定着」と「理解の深化」

線を引きながら、ゆっくりと、ときには気づいたことなどを本に書き込んだりしながら読みます。

「「読書力」養成講座」

線で囲んだ部分をノートに書き写し、その下に簡単なコメントを走り書きするのだ。

これだけで記憶の定着がまったく変わってくる。

読者自身の評価をノートに記すことが記憶を定着させ、理解を深めるコツである。

「読書の技法」

「前編」でも書いた通り、私も本を読みっ放しにしないためにも読書ノートを作ろうと思ったのですが、アナログかデジタルかで迷い、結局は試行錯誤の繰り返しばかりしていて、一本化も出来ていないし、継続も出来ていない

・ノートをつくるコトが目的化してしまい、読み返したりすることが殆ど無い=本で読んだことが身に付かない

・・・というような有り様でした。。

さて、これからどーっすか?と考えてみたわけですが、アナログかデジタルか、については手書きにすることに決めました。

たぶんですが、私の場合はキーボードを叩くよりも手で書いた方が記憶に残りやすい気がするんですよね。

それから、今までは本を読んでいて気になるところにはポストイットを貼るだけだったのですが、これだけだと、後で見返した時に、何に興味を持ったのか、どんな気づきがあったのかが分からなくなることも多かったんですよ。

「ときには気づいたことなどを本に書き込んだりしながら読みます」

「ノートに書き写し、その下に簡単なコメントを走り書きするのだ」

気付いたコトや自分の評価などを本やノートに書き込め!と・・・

今まで私は読書ノートを作る時には本に書いてある文章を、ただそのまま書き写していただけでした。

今回、気付いたコトなのですが、本当に大切なのは本に書いてあることを覚えることよりも、その時に自分がどんなコトを感じたり考えたか、なんですよね。

本の文章を書き写すのは単なるコピーでしかないけど、自分の気づきや感想は自分のオリジナルのものだから。

では、コメントとしてどんなことを書けばよいのか?

「読書の技法」の中で佐藤優さんがそのことについて触れているので、ちょっと長いですけど、引用しておきますね。

「コメントに書くことが思い浮かばない」という相談も受けるが、最初は、「筆者の意見に賛成、反対」「この考えには違和感がある」「理解できる、理解できない」など自分の「判断」を示すもので十分である。

「わからない」「そのとおり」「おかしい」の一言でもいい。

何らかの「判断」を下すことが重要だ。

次のステップとしては、自分の「判断」に加えて、「意見」を書き込むようにする。

「私はこう思わない」「この部分はあの本のパクリだ」「同じデータに関して、あの専門家は別の評価をしている」など自分の「意見」も書き込めるようになれば、十分理解して自分で運用できる水準になっている

「読書の技法」

あまり格好いいコトを書こう!などと思わず、一言でもいいから自分なりの「判断」や「意見」を書き残していけばいい、ということですね。

本を読んでいる時って、色々な感想や気づきがあると思うのですが、読み進めているうちに忘れてしまうことも多い。

だから、本に書き込むなりメモをとるなりして、自分オリジナルの気づきを逃さないようにするべきなんだろうと思うのです。

で、私が始めた読書ノートの書き方はこんな感じです。
(ちょっと分かりにくいかもですが・・・ごめんなさい) 

読書ノート

岡田斗司夫さんが推奨されている「スマートノート」の書き方をパクりました。

右ページに本からの抜き書き。

左ページには自分の気づきや意見、あるいは他書からの抜き書きを書いてます。

岡田斗司夫さん流に言えば、本文に対してのツッコミを左ページに書いている感じです。

取りあえずは先ずノート1冊をこの形で書いてみて、また何かあれば改善していこうかと。

アウトプットしろ!とは言うけれど・・・

当初は本稿も、知的情報の「インプットとアウトプットの間」というタイトルにして、もっぱら、「の間」について語ろうかとも構想してみた。

しかし、実はこの「の間」について語ることは大変むずかしい。「の間」においては、頭の中で無意識のうちにすすめられる作業が主たる役割を果たしているが、その作業過程を意識化して記述し、分析することは、ほとんど不可能に近いからである。

頭の中の発酵過程、頭の中で考えがまとまっていく過程そのものについては何も方法論がない。

「「知」のソフトウェア」

本を読んでインプットしたら、アウトプットせよ!というのは、よく聞く話しですが、どうやったら良質なアウトプットができるのか?

そのことがずっと気になってました。

でも、上記の通り立花隆さんが書かれているように、こうすれば!というような絶対的な方法なんてないんですよね、きっと。

「インプット」→「アウトプット」

この矢印にあたる「の間」については、きっと人それぞれだと思うし、言い換えれば「の間」こそが、その人自身だと思うんですよ。

そういう意味でも「「知」のソフトウェア」の巻末の一文がとても示唆的だと思うんですよね。

本書の内容を一言で要約すれば、「自分で自分の方法論を早く発見しなさい」ということである。本書を含めて、人の方法論に惑わされてはならない。

「「知」のソフトウェア」

しかし、まったく方法がないワケでない。

では、いかにすれば、無意識の能力を高めることができるのか。

できるだけ良質のインプットをできるだけ多量に行うことである。

それ以外に手段は何もない。

「「知」のソフトウェア」

システム用語で

「Garbage In、Garbage Out」(ゴミを入れても、ゴミが出てくるだけ)という言葉があります。

この言葉について勝間和代さんが著書の中でこんなことを書いています。

どのように大量の情報を入手しても、ゴミの情報を入れれば、ゴミしか出てきません。

「新・知的生産術」(勝間和代:著)

これって、つまり普段どのような情報に触れているかによってアウトプットの質が決まる、ということですよね。

前回のエントリーで「読む価値のある本を吟味して読むべし」ということを書きました。

インプットの質が、アウトプットの質を決めるのであれば、やはり、「良書」を選んで読むことが本当に大切なんですね。

◇◆◇◆◇◆◇◆

いや〜、ムダに長い超大作もやっと全部書き終わりました。。

最後までお付き合いくださって、ありがとうございましたm(_ _)m

が・・・!

これで終わらないのがペンギンオヤジ!

次回は最終回として総集編・・・じゃなくて、「まとめ」を書きたいと思います。



posted by penguin-oyaji at 22:47 | Comment(0) | 知的生産・思考力・読書術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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