2013年10月26日

自分の生き方を貫く姿に心が痺れた!傑作ハードボイルド「深夜プラス1」

深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1)) 

「深夜プラス1」

ギャビン・ライアル:著

菊池光:訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

「おら、ハードボイルドだどぉ」

・・・と言っても、クレヨンしんちゃんではない!

トリオ・ザ・パンチのコメディアンでもあり、新宿ゴールデン街にその名も「深夜プラスワン」というバーを経営していた内藤陳さんのギャグの名台詞である。

その内藤さんが生前にモーレツにプッシュしていたハードボイルド小説の傑作がこの本。

なんたって自分の経営するバーの店名にするほど惚れ込んでいたのだから。

版元・早川書房の内容紹介

ルイス・ケインの引き受けた仕事は、男をひとり車で

リヒテンシュタインへ送り届けること、タイムリミットは

深夜プラス1。だが、フランス警察が男を追っているし、

男の敵は名うてのガンマンを差し向けてきた! 

執拗な攻撃をかいくぐり、ケインの車は闇の中を疾駆する! 

英国推理作家協会賞受賞の名作冒険小説

本をエンリピする

名作だけあってネットを検索してみると、この本を一度ならず二度、三度・・・と何度も繰り返し読んでいる人がけっこう見受けられる。

よくお気に入りの音楽を何度も繰り返し聴くことを「エンリピ」(エンドレスリピート)と言うコトがあるけど、まさにこの本をエンリピしている人がいっぱいいるのだ。

この本の解説を書かれた作家の田中光二さんが、優れたエンターテイメント作品は再読、再々読に耐えられるものであるということを書かれている。

単なるストーリ展開の面白さだけを味わうなら初読だけで充分だが、作中の随所にはられた伏線、罠、会話の妙などを味わうためには、繰り返し読む必要がある・・・というか、そういうストーリ展開以外のところまで実にしっかりと描かれているからこそ再読、再々読にも耐えられるということだろう。

斯く言う私は・・・三度目くらいかな。それも今回は10数年ぶりだったので、ストーリー自体も忘れてしまっていたので、まるで初めて読むような感覚で読みました(汗)

自分が自分であるために!

というわけで、超・久しぶりにこの本を読み返したわけだが、いや〜、やっぱり痺れました!

ストーリ自体は上の「内容紹介」にもあるように、主人公のルイス・ケインが一人の実業家を定刻までにリヒテンシュタインへ送り届ける。

ただし、その実業家は警察からもそして殺し屋に追われているという設定なのでドンパチもありますが、至極単純なもの。

(まぁ、最後には「えっ?!」という展開があるのだけど)

で、何に痺れたかというと物語の終盤。

ケインがヨーロッパ最強のガンマンと対峙する場面があるんだけど、そこでの彼の台詞。

〈あるいは、自分がカントンだからか?〉

〈(報酬の)一万二千フランというのは計算することができる。

これでは少なすぎると言って断れば受け取らなくてすむ。

だが、カントンであるということは計算できない。

計算ずくで後へ退けない。そのために、わずか一万二千フランのためとはとうてい考えられないようなことをする・・・・〉

カントンというのは、主人公、ルイス・ケインの別名で、昔、レジスタンスの地下活動をしていた頃にそう呼ばれていた。

ヨーロッパ最強のガンマンと戦っている時にケインが最もこだわっていたのは、報酬金ではなく、自分がカントンであり続けること。

つまり、『自分が自分であること』だったと思うんですよ。

自分の誇りのため、と言っても良いかも知れない。

だから自らの命を懸けて戦えた。

ルポライター・沢木耕太郎はエッセイの中で優れたハードボイルドに必要なものとして「魅力的な悪女の存在」と「了解し合える男の存在」という二つの要素を挙げた。

確かにその通りだと思う。

だが!

敢えてそこにもう一つ付け加えるなら、

自分の生き方を曲げずに貫く(ある意味、不器用な)生き様

が描かれていることだろうと思う。

不器用な生き様・・・といえば、ケインの相棒、ハーヴェイ・ロベルも同じように器用には生きられないナイーブな心の持ち主と言えるだろう。

ロベルはアル中のガンマンなのだけど、なぜ彼がアル中になったのか、その理由が本当に泣かせる。。

ナイーブな優しい心を固い殻で包んだ・・・そんな表現が似合う男なのだ。

そしてラブストーリーも・・・

「ほんとうはあなたと結婚して、あなたの戦争をとめてあげなければ

いけなかったんだわ」彼女は私の顔を直視した。

(中略)

自分が心にかけた唯一人の女から、他の男と結婚したのは間違いだった、

と言われるようなことはめったにないことだ。それも、今からでも遅く

ないのだ、と訴えている。

物語の中盤に登場するジネット・マリスという女性はケインのかつての恋人。

その彼女から思いがけず飛び出た愛の言葉。

思春期に経験する淡い憧れのような初恋もあれば、人生の酸いも甘いも経験した後に気付く恋もあるというわけですね。

あなたと一緒になってやり直したい

くぅ〜〜〜、そんなこと言われてみたいぜ!

【最後に】

久しぶりに「深夜プラス1」を読み返したついでに、

内藤陳さんが書かれたオモシロ本ガイド「読まずに死ねるか!」や

「読まずば二度死ね!」もパラパラと読み返してみた。

『コーヒー1杯のむ金があるなら本を読め!』と豪語していた内藤さんだけあって、本に対する愛情が溢れていたし、思わず読みたい!と思わせる文章力はさすがだと感じた。

昔、ネットの書評ブログなんてなかった頃は、こういうガイド本なんかを頼りにして本を読みあさっていたんですよね〜

「ジャッカルの日」

「初秋」

「長いお別れ」

どれも、内藤さんに導かれて20代の頃に読んだ冒険小説の傑作たち。

ビジネス書もいいけど、こういう冒険小説もやっぱりいいよなぁ〜と改めて思いました。

また読み返してみようかな。

posted by penguin-oyaji at 17:07 | Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月15日

翌檜(あすなろ)の哀しみ【百田尚樹:「モンスター」】

モンスター (幻冬舎文庫) 

「モンスター」

百田尚樹:著

幻冬舎文庫

このブログで久々の「小説」記事です!

こちらのブログでこの本を紹介しているのを読み、「おっ、面白そうじゃん!」と思い手にとりました。

でも、本屋さんで帯を見たら既に80万部突破のベストセラーで映画も製作されて公開されたとか・・・

全然、知りませんでした!!(^^;;

「産業カウンセラー」を学ぶお話好き 外見ゆえのヒエラルヒー〜「モンスター」

文庫版で487ページとけっこう分厚いのですが、読み始めたら面白くて一気読み!

久々のジェットコースター本でした。

Amazonの内容紹介 

田舎町で瀟洒なレストランを経営する絶世の美女・未帆。

彼女の顔はかつて畸形的なまでに醜かった。

周囲からバケモノ扱いされる悲惨な日々。思い悩んだ末に

ある事件を起こし、町を追われた 未帆は、整形手術に目覚め、

莫大な金額をかけ完璧な美人に変身を遂げる。

そのとき亡霊のように甦ってきたのは、ひとりの男への、

狂おしいまでの情念だった。

ひたすらモテない日々

私はブスだった。

いや、ブスという言葉は軽過ぎるーーーそう、私の顔は畸形的とも

いえる醜さだった。(P37)

物語の前半、畸形的とも言えるほどに醜く生まれてきた少女が親や周囲の子どもたちから「ブス」「バケモノ」と呼ばれながらも男の子に恋をして、でも結局は報われない・・・

そんな話しが続きます。 

醜い少女が愛された話はどこにもない。

美しくない女はヒロインになれないと、多くの物語は教えてくれる。

映画のヒロインは皆美人で、少女漫画のヒロインはみんな可愛い。

(中略)

私のようなブタでブスは女でもないのだ。

私には恋なんて縁のないものだと思っていた。(P52)

自分が異性にモテないのは、外見がブスだからだ。

しかし、外見がどうであれ思春期と呼ばれる時期になると人は恋をする。

こんなブスな自分でももしかしたら・・・!

外見よりも性格で選ぶ人だっているかも知れない。

そんな淡い期待を抱きつつも、結局は報われずに散っていく。。

15・16・17と私の青春、暗かった・・・

そんな人生でしたからね、私も。

読みながら、「そうそう、その気持ち分かるわぁ!」と妙に納得しつつ共感しながら読みましたよ。

この本の中に「美人は得をする」みたいなことも書いてありますが、それは男も同じこと。

格好よくて、スポーツもできて、頭もいい!

そういう男(私の敵じゃ!)は、早い時期から女の子にモテるから、女性との付き合い方も磨かれていき、ますますモテるようになるという好循環が生まれます。

私のようにモテないと、デートするにもオドオドして女性から呆れられ、「モテないスパイラル」からなかなか脱却できないんですよ。。

おっと、私のモテない自虐ネタは横に置いておかないと、

いつまでも話が進まない。。

変身願望

主人公が社会人になったある日、たまたま雑誌に掲載されていた美容整形の広告に目がとまり、二重瞼になるための整形手術を受けます。 

ーーーあの日、私が欲しかったのはこの目だ。

ついに手に入れた。たったの八万四千円で。ずっと欲しくて永久に

手に入らないと諦めていたものは、こんなわずかな金で手に入る

ものだったのだ。なぜ誰も教えてくれなかったのだ。(P157)

整形により美しくなる手段を知った主人公は同時に、見た目が変わることにより周囲の反応が変わることも知ります。

物語の中で初めて街でナンパされたシーンは象徴的。

二重瞼になる整形を皮切りにして、鼻、口元などなど次々に整形を繰り返していき、その度ごとに周囲の反応もどんどんと変わっていきます。

そして最後には「絶世の美女」へと変貌を遂げるのです。

もちろん、整形を受けるための費用を稼ぐための生活の苦労も描かれていて、「そこまでしても、綺麗になりたいのか?」と思わずにはいられませんでしたが・・・

整形を受ける度に「美のヒエラルキー」の中での自分のポジションが上がっていく。

最下層にいた頃は「ブス」「バケモノ」と呼ばれていたのが整形を受けて綺麗になっていくごとに街でナンパされたり、「愛している」と囁く男性が現れたりして確実に自分のポジションがあがっていくのを実感するわけですね。

整形を受けるかどうかは別として、「変身願望」を持っている人は割と多いのではないかと思う。

例えば髪型を変えてみたり、女性だったらメイクを変えてみる。

眼鏡を変えてみるだけでも印象って変わる。

コスプレなんかも変身願望の表れですよね。

何故、人は変身してみたいと思うのか・・・?

理由は人それぞれだと思うけど、私は変身することによって、今の自分とは違う人生を味わってみたい!

そんな願望が心のどこかにあるのではないかと思う。

もしかしたら、歩んでいたかも知れない別の人生。

「人は見た目が9割」とかっていう本もありますが、外見を変えることで、周囲の人の反応も変わるというのはやっぱり事実だと思うのです。

周囲の人から「ブス」「バケモノ」と言われる人生と「綺麗だね」「素敵だ」と言われる人生。

そのどちらを選びたいですか?

もしも、今の自分が「人並み」「十人並み」であったとしても、ほんの少し勇気を出して、変身することで綺麗と言われる人生を味わうことが出来るとしたら・・・

主人公はある意味、病的とも言えるほど何かに憑かれたように整形を繰り返すという極端な行動に出ますが、多くの人が心のどこかに抱いている変身願望を描いているとも考えられるのではないかと思うのです。

翌檜(あすなろ)

整形によって、見た目が変わり、周囲の反応も変わると書きましたが、変わるのはそれだけではなく、自分の心の在り方も変わっていくんですね。

そして・・・

絶世の美女へと変身できたからこそ、「もしかしたら、今なら・・・」と断ち切った筈の昔の恋へと向かっていき、物語は結末に向けて走り出します。

実は物語の中で主人公の女性は同一人物であるにもかかわらず、田淵和子と鈴原未帆という二つの名前を持っています。

(なぜか?については読んでみて下さいね)

「田淵和子」が畸形的とも言われるほど醜い少女時代の名前で、「鈴原未帆」はその醜い外見から整形を繰り返し絶世の美女へと変身を遂げた名前、そんな感じです。

鈴原未帆は絶世の美女へ生まれ変わったわけですから世の男性どもが放ってはおかない。

だけど・・・最後、田淵和子として愛されることを欲するのです。

それが、映画化された時のコピー

「私はバケモノ。それでも愛してくれる?」につながるのですが・・・

ネタバレ自重で詳しくは書きませんが、この物語の最後をどう意味付けするかは、きっと読む人によって違ってくるんだろうなぁ、って思います。

私はエピローグの最後の1行を読んだ時に、鳥肌が立ちましたが。

話が少しそれますが・・・

「翌檜(あすなろ)」という樹をご存知ですか?

見た目は檜(ひのき)のようなんだけど、やはり別種なので、当然、翌檜が檜の樹になることはないんですね。

翌檜という名前については「明日は檜のように立派な樹になろう」→「明日はなろう」→「あすなろ」という謂れがあり、叶わぬ願いを表すとも言われてます。

(※さだまさしの「明日檜」はそんな歌です)

この物語を最後まで読み終えた時、「これは田淵和子にとってのあすなろ物語」だと思いました。

整形を繰り返し、絶世の美女へと変身し、手に入れたかったものに手を伸ばす。

だけど・・・

翌檜がヒノキになれないように、田淵和子もまた。。

最後に・・・

読みながら思ったもう一つのこと。

男が女心を描くのはとても難しい・・・ということです。

うまく言葉にできないのだけど、読んでいても主人公の心理描写になんだか分からない違和感を感じたんですよね。。

確かに女性の心理を描こうとしているんだけど、どこか男目線というか、男が理解している女心とでもいうのでしょうか。。

それは読んでいる私が男だからなのかも知れないけど・・・

女心ってもっとどこか男が理解し得ないミステリアスな部分があると思うんだけどなぁ・・・

女性がこの物語を読むと主人公の女心はどんなふうに感じるのでしょう?

posted by penguin-oyaji at 18:18 | Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月14日

ビジネスマンが学校の先生から学ぶべき大切なこと『わかる「板書」伝わる「話し方」』

わかる「板書」 伝わる「話し方」 

『わかる「板書」伝わる「話し方」』

栗田正行:著

東洋館出版社

現役高校教師にしてビジネス書作家、栗田先生の待望の新刊です!

 

この本は学校の先生やあるいは学習塾の講師など教育の現場に携わっている先生向けに授業をするうえでの必須スキル、「板書」と「話し方」についてまとめられている本です。

 

な〜んだ、それじゃわしは先生じゃなかけん、関係ないたいね〜(何故か博多弁!)と思うのは早計!

 

ビジネスの現場でも充分に役立つスキルそして考え方が書かれてますよ!

 

Amazonの内容紹介 

先生のための教育実用書は数多くありますが、本書は「先生のための

ビジネス書」として、生まれました。

著者が独自に編み出した「板書」で大切な「CHALK(チョーク)の法則」

や、わかりやすい「話し方」のエッセンスを図書館のお話会や

セミナー講師などから、より実践的にまとめています。

子どもたちの心をつかむ授業を行うための1冊!

なお、この本は著者である栗田先生から頂戴しました。

 

ありがとうございました!

 

素晴らしき板書テクニック

【矢印だけでも4つの効果がある】

(1)時間の関係を表す

(2)因果関係を表す

(3)順序関係を表す

(4)位置関係を表す

ここで重要なのは、たくさんの言葉で説明しなければならない内容を

視覚に訴えて、ひと目で見せることなのです。(P22) 

【箇条書きを活用する】

「KISSの原則」というものがあります。

これは、「Keep It Short & Simple」の頭文字を取ったもので、

とにかく「短く」「単純に」まとめることがわかりやすくするための

原則であるというものです。

ですから、授業においても短く単純にまとめられる箇条書きは

活用すべきなのです(P33)

【「見出し」という名のフックをかける】

私が考える「見出し」としては、次の三種類があります。

1・・・学習内容、学習している箇所を提示する役割をもつもの

2・・・学習内容の重要度を表すもの

3・・・学習内容の理解を補填するもの

(中略)

チェックポイントを書く一番の目的は、授業内容にいかに付加価値を

つけるかということに尽きます。(P47)

学校で授業を受ける時に「板書」って大切だと思うんですよね〜

 

私が小学校高学年の時の担任、M先生はとても板書がうまかった!

 

上に本書に書かれている板書スキルをいくつか書き出しましたが、M先生はまさに、そのスキルを実践されていたと思うのです。

 

箇条書き、キーワードを矢印で結んだりしながら「流れ」や因果関係を図解してその中で重要なポイントは何なのかを板書で示してくれていたのです。

 

手前味噌な話しですが・・・

 

私はそのM先生の板書のおかげで、物事をビジュアルで理解するというクセがつきました。

 

それは中学、高校・・・そして社会人になっても忘れることはなく、いまだに、何か企画書などを考えたり書いたりする時には、頭の中で先ず最初に絵というかチャートを思い描くんですよ。

 

言い換えれば、私の思考のクセはM先生の板書によって形づくられたのです。

 

それくらい、板書って生徒さんに影響を与えるものだと思うのです。

 

そんなわけで、いまだにM先生の板書テクニックの呪縛(?)から逃れられない私は会社で会議のファシリをやったりする時にはホワイボードなしではうまく進行できないくらい!なのです。

 

実際、この本の中でも赤・青・黒のホワイトボードマーカーの色をどのように使い分けると良いかという実践的な解説とかも書かれています。

 

ビジネス現場でも使いたい!伝えるテクニック

私がこのように発問回数を多く設ける理由は次の三つです。

・発問に答えることで、授業に参加している気持ちになる

・授業に対する緊張感を維持させる

・「発問」→「答える」というサイクルによってコミュニケーションになる

(P146)

「発問」というのは、授業中に先生が生徒を指して質問するというアレです(笑)

 

「指されたらどーしよう?!」と焦りまくっていた学生時代の思い出がww

 

前職で学生さん相手に会社説明会をやる時や、研修の講師などをしていた時に私もけっこう聞き手の皆さんに質問してたなぁ〜とちょっと懐かしく思い出しながら読みました。

 

もっとも私の場合は場当たり的にやっていたのに対して、この本では発問することによる効果や、「間違っても良いんだよ」という場の雰囲気づくりなどが詳しく書かれていて、今さらながら「お〜、そうかそうか!」と頷いてしまいました(って、遅過ぎ!)

 

私は保護者に電話するときには、少し高めの明るい声で話すように

しています。(もちろん、話す内容にもよりますが)。電話の場合は、

対面で話すよりも声で与える印象が強いため、低い声だと暗い印象を

与えてしまうこともあるためです。(P125)

 

こういう電話で話す時のトーンって、案外と教えられていないことが多いような気がします。

 

「電話では機械を通す分、普通の話し声よりも低くなってしまうから、いつもより少し声のトーンを上げて話すと良い」ということを私が知ったのは、社会人を10年以上も経験してからでした。

 

(ちなみに和田裕美さんの「人に好かれる話し方教室」で教えて貰いました)

 

「オノマトペ」とは擬音語、擬態語、擬声語の総称です。

(中略)

「チャッチャッと片付けよう」

「パクパク食べよう」

「問題をドンドンやってみよう」

この「オノマトペ」はメールでいえば、絵文字や顔文字のようなもの。

なんだか分からないけど伝わるのです。(P160)

 

よくTwitterを眺めてると時々、絶妙なオノマトペ使いがいたりして、その度に「面白いなぁ」って思うんですよね。

 

この本にも書かれていますが、有名なのが巨人の長嶋監督が打撃テクニックをコーチする時に「ビューと振ってバーンと打つ」という指導方法。

 

ビューとかバーンじゃ分からん!という声もあるかと思いますが、私は個人的に、こういうオノマトペってうまく使えば、人にものを伝えるのにとても有効なテクニックじゃないかなぁって思うのです。

 

例えば・・・

 

「積極的に攻める」

 

「がしがし攻める」

 

何となく後者の方が迫力が伝わるんじゃないかなぁって思うのですが、いかがでしょうか?

 

行間から伝わる大切なこと

私は教育者でもないし、学校の先生でもないので、こういう先生向けの実用書を読んだのはこの本が初めてでした。

 

他の教育書にどういうコトが書かれているのか知らないのですが、少なくともこの本は実用テクニックとか教育のためのスキルだけが書かれている底の浅い本ではないと感じました。 

 

「黄色は一番目立つ色なので、授業で重要な部分に使う」ということを

あからじめ説明することが大切なのです。これは、子どもに「言わなく

てもわかる」ではなく、「言っておくからこそわかる」ことです。

(P43)

教育というと、つい「上から」になったり、教える側の先生(講師)が主体となった考えや行動になりがちだったりする場合もあると思うのですが、本当は教えられる側(生徒さん)がちゃんと理解することが一番大切なんですよね。

 

だから、そのためには生徒目線に立って、どういう点に気を遣う必要があるのか、この本に書かれているテクニック、スキルは全てその目線で書かれています。

 

でも、だからと言って最近、流行の友だちみたいな先生になれ!というワケではない。 

 

私の場合、子どもが「先生、宿題忘れた〜」と言ってきたら、言葉遣いが

悪いことを厳しく諭すのではなく、「『先生、宿題忘れました』だよね」と

伝えて、言い直させるようにしています。(P106)

 

ちゃんとスジを通すべきところは、スジを通す!

 

こういうちょっとしたコトを叱る(怒るではない)オトナが少なくなってきた今だからこそ、こういう指導も大切なんでしょうね。

 

○○○

 

「行間を読む」という言い方がありますね。

 

言葉としては書かれていないけど、言外に込めた作者の思いを読み取る、という意味ですが、栗田先生の文章は「行間から優しい愛が感じられる」文章だと私は思うのです。

 

その行間に込められた優しさは栗田先生の処女作のこちらを読んだ時にも感じたものでした。

 

仕事も家事も育児もうまくいく!  「働くパパ」の時間術 

ペンギンオヤジのB読書!: 仕事も家庭も将来への自己投資も全てをあきらめない!「働くパパ」の時間術

私は栗田先生の授業を受けたことも見たこともありませんが、この本を読むと、きっと、とても丁寧で優しく分かりやすい授業をしている栗田先生の姿が目に浮かんできます。

 

その優しさは上の方でも書いた通り、一本スジを通しながらも、生徒さんへの気遣いとか心配り、そして何よりも以下の言葉に込められた栗田先生の信念があればこそ、優しさだと思うのです。 

 

あなたが変われば授業が変わる。授業が変われば子どもが変わる。

この言葉を本気で信じているからこそ、この本が誕生したのです。(P171)

 

ビジネスマンであれば、栗田先生のこの言葉を「私が変われば後輩(部下)が変わる。後輩が変われば会社の未来が変わる。」こんなふうに言い換えても良いかもしれませんね。

 

学校であれ会社であれ、人を教え育てるというコトは、未来を創ることに通じると、私は思うのです。

 

「餅は餅屋」という言葉がありますが、教育の現場には人を教え育てるために長年、先人たちが遺してくれた多くのものが蓄積されていると思うのです。

 

最近は「即戦力!即戦力!」とまるで人を育成することを放棄するかのような風潮がなきにしもあらずですが、それでもビジネスの現場に於いて人を教え育てるコトは大切なことだと思うのです。

 

そんな育成の場面において、ビジネスマンが我流で教え育てようとするのではなく、学校教育の現場から学ぶべき大切なことがある!

 

ということを教えてくれた一冊でした。

 

【2013/10/24追記】

こちらの本のAmazonレビューも書きました。

もし、よかったらお読みくださいませ。

Amazon.co.jp: わかる「板書」 伝わる「話し方」の penguinoyajiさんのレビュー

 

posted by penguin-oyaji at 19:17 | Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする