2017年02月14日

【御礼】ありがとう9周年!

ペンギン09

2月14日。世間一般では今日はバレンタインデーである。
常日頃、非モテを公言し実践している私にとって
バレンタインはあまり関係ない。

私にとって2月14日は、このブログの開設日なのだ。
何故よりによってバレンタインデーにブログを始めたのか
今となっては全くの謎だが、どうせたいした意味などなかったのだろう。

とにかく2008年2月14日にこのブログの最初の記事をアップした。
と、いうことは今日で9周年。そして10年目に突入だ!

▼これが最初の投稿記事

ペンギンオヤジのB読書!: 【プロローグ】


今や年に数回しか更新していないのに、
「続けてきた!」というのは
口はばったい気もするのだけど、
とにもかくにも9年間、細々と続けることができた。

これもひとえに、おそらく日本全国津々浦々に12人くらいはいるであろう
このブログの読者の皆さまのお陰だと思う。

本当にありがとうございました!!

◆◇◆◇◆◇

つい先日のこと。

もう何年も前に書いた記事を読まれた方から
とても丁寧なメールをいただいた。

長年続けていると、時々はそうやって知らない誰かのお役にたつこともあるのだ。
嬉しい限りである。

それに、このブログをきっかけに友達になってくれた人も大勢いる。
これまた、嬉しい限りである。

これからは少しは記事のクオリティーもアップして
更新回数も増やして、10周年を迎えられるよう頑張ろうと思う。

どうぞ、これからもよろしくお願いします。

posted by penguin-oyaji at 14:57 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

ギャップ萌え?「狂犬」と「修道士」の間に・・・【「自省録」】

 

「自省録」

マルクス・アウレーリウス:著
 神谷 美恵子 :訳
岩波文庫

 

『ギャップ萌え』という言葉がある。

料理はできないし、鳥は見るのも嫌いですぐに泣く。
だけど、ステージで歌わせたらすごくうまくて、かっこいい!
そういうアイドルにおじさんはキュンキュンするのである(笑)

何故か知らないけど、人は「ギャップ」がある人に惹かれるものらしい。

「ギャップ萌え」といえば、彼の人もそうかも知れない。
先日、来日した新しいアメリカの国防長官、ジェームズ・マティス氏、
その人である。

「MAD DOG(狂犬)」という異名があるかと思えば、
7000冊の蔵書を持ち、生涯独身主義でテレビを持たない禁欲的な姿勢から
「戦う修道士」とも言われているそうだ。

そのマティス氏の愛読書の一つとして、かつてのローマ皇帝、
マルクス・アウレーリウスが記した「自省録」という本が
テレビで紹介されていた。

「MAD DOG」と「戦う修道士」のギャップに惹かれて(?)
取り急ぎ、Kindleでダウンロードして読んでみた。

一部、哲学的すぎて読んでいても、さっぱり分からないところもあった。
だけど、湾岸戦争、アフガニスタンやイラクの戦場にあって
マティス氏の心を支えた言葉に思いを馳せて読んでみると、
なるほど!とうなずけるところも多い。

例えば、

あたかも一万年も生きるかのように行動するな。
不可避のものが君の上にかかっている。
生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。

「死」と隣り合わせの戦場においては
呑気に「明日・・・」などとは言ってられない。
「生きているうちに、許されている間に、善き人たれ」
そんな言葉も私たちが平和な日常の中で感じるよりも
真実味を帯びてマティス氏の心に何かを訴えていたのではないか。

事物は魂に触れることなく外側に静かに立っており、
わずらわしいのはただ内心の主観からくるものにすぎないということ。

敵が、身方が、次々と命を失い倒れていく。
そんな戦場で指揮官として兵士たちを統率していくためには
外部の出来事に一々、動じることなく
自分の心の内を平静に保たなければならない。
そんなコトを教えてくれる言葉のように思えた。

◆◇◆◇◆◇

この「自省録」を書き記したアウレーリウスもローマ皇帝として
各地の戦場を転戦して活躍した人だった。
だからこそ、軍人であったマティス氏の心にも
何かしら相通じるものがあるのかもしれない。

ちなみに「MAD DOG」を狂犬と訳すのはあまりに直訳すぎて、
本来は「勇猛果敢」と訳すのが妥当ではないか、
そんなふうに指摘する声もちらほら聞こえてくる。

なるほど。勇猛果敢な、戦う修道士であれば、
そこに「狂犬」ほどのギャップはないように思われる。
そして、素直な目で彼の人を受け止められるように思うのだが。

そういえば、
「あるがままの姿で物事を見よ」
「自省録」にもそのひと言が書かれていた。

(おしまい)

【文庫】

 

【Kindle版】

posted by penguin-oyaji at 21:12 | Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月05日

「生きるに値しない生命などない」【「ブラックジャックによろしく・4」】

「ブラックジャックによろしく 4」

佐藤 秀峰:著


今日はちょっと重い話しです。。。

16年7月26日、神奈川県相模原市の障がい者福祉施設で発生した
殺人事件のことを覚えてらっしゃる方も多いかと思います。

その事件から半年が経った1月下旬。
ラジオで評論家の宮崎哲弥氏が、この事件について語られていました。

宮崎氏の発言の中で私の印象に残ったのが以下の2点です。

「生きるに値しない命など存在しない」そう断言できるほど
私たちの社会は障がい者を受入れることが出来ているか?

およそ3年前に始まった新型出生前診断で、生まれてくる赤ちゃんに
障害がある(可能性がある)と診断された妊婦さんのうち94%の人が
選択的妊娠中絶をしている。

そして、障がい者と社会、障害を持って生まれてくる赤ちゃんと
その家族について描かれた作品として是非読んで欲しいと
宮崎氏が取り上げていたのが、「ブラックジャックによろしく」の4巻でした。

アマゾンの内容紹介

「生まれた赤ちゃんはダウン症だった・・・」

その双子は4年間不妊治療を続けた結果の、待望の我が子・・・のはずだった。
突然に障害児の親となった田辺夫婦は、
我が子をこのまま死なせてくれと斉藤と指導医・高砂に乞うた。

説得できなければそれも仕方ないとする高砂に斉藤は反発する。
親が我が子の命を決定するそれは許される事なのか?
何が親を支配し、何が高砂にそう思わせる?
新生児科と日本の現実に斉藤が熱くなる!

※「ブラックジャックによろしく」は全巻、無料で公開されています。
 Kindleでダウンロードも出来るし、こちらのページでは
 PCでそのまま読むことも出来ます。

ブラックジャックによろしく4巻 - 漫画onWeb

■悪意はないのです。だから差別は無くしがたい

「障害を持っている人を差別してはいけない」これって、当たり前のこと
だと思うのですが、本当に「当たり前」なのだろうか・・・?

ちょっと、個人的な昔話を。。
私が小学生の頃の話しです。

私が通っていた小学校には知的障がい者のためのクラスがあり、
「ひまわり学級」と呼ばれていました。

その「ひまわり学級」は知的障がいをもった子供たちのためのものだと
教えてくれたのは、まわりの大人たちでした。
そして、あろうことか、
「悪いコトをすると、ひまわり学級に入れられちゃうよ」などということも
まわりの大人に吹き込まれました。
たぶん・・・そんな話しを吹き込まれたのは私だけではなかったと思います。

そして、小学校6年生の夏。

夏休みの臨海学校で千葉県の海にみんなで行きました。
そこには、6年生のクラスと一緒にひまわり学級の同級生たちも
参加していました。

どうして、そんなことになったのか全く記憶がないのですが、
旅館の部屋で水着に着替えるときのこと。

ひまわり学級のK君を取り囲んで、パンツをずりおろして丸裸にしようと
男の子たちがいたずら(?)、いじめ(?)を始めたのです。
もちろんK君は必死になって抵抗します。
だけど、それを止めようとする同級生は誰もいませんでした。

私はといえば、その輪からちょっと離れたところで
何もせず、何も言わずにその様子をただ眺めていただけでした。

子供たちのちょっとしたイタズラだったのかもしれない
そこに悪意なんてものは、たぶん無かったと思う。。

だけど、

「悪いコトをすると、ひまわり学級に入れられちゃうよ」
そんな大人の言葉が知らず知らずのうちに
差別するココロを子供たちの中に植え込んでいたのかもしれない、
なんだか、そんなふうに思うのです。

◆◇◆◇◆◇

今回、このコミックを読んで


「悪意はないのです。だから差別は無くしがたい」
「悪意はなくとも全員、共犯者だ」


そんな言葉をぶつかり、考えてしまいました。

人が人を差別する、
もちろん、あってはならないことだと思います。

だけど、その「差別するココロ」って何処からやってくるのだろう、と。
まわりの大人たちから知らず知らずのうちに刷り込まれてしまうもの?

それとも

(そんなこと思いたくないけど)
差別するココロって、もしかしたらDNAレベルで刷り込まれていて
人が成長する過程において「理性」を身に付け、
それによって押さえ込まれているのではないか・・・?とも思う。

■妻は息子がダウン症であると分かって泣きました

もしかして、あなたは障がいのある子の親に
なりたくないだけじゃないんですか・・・?

ダウン症の赤ちゃんの手術に同意しようとしない父親に向かって
研修医の斉藤がそう言って詰め寄る場面が描かれています。

冒頭でも書いたように、検査で出産前に障害がある可能性が高いと
言われた妊婦さんの94%が中絶をしてしまっているらしいです。

中絶を決めた親御さんたちの苦悩と、心の痛みはいかばかりだろか。
それを思うとこちらの胸もとても苦しくなります。

そして、この本の中にも描かれていることなのですが、

障がいをもって生まれてくることは不幸なのか?
幸、不幸を決めるのは子供であって、親ではない(はず)。

だけど父親は言います。

少なくとも、この社会において
息子の人生は不幸です

我が子に障がいがあることを不幸だと思ってしまう。
その責任の一端は障がい者にとってけっして優しいとは言い切れない
この社会を形作っている私たちにもあるのではないか、
ということに気付かされます。

◆◇◆◇◆◇

ラジオで宮崎氏が言っていました。

子供が障がいをもって生まれた親御さんや医療関係者が
どれほど苦悩するのか、私たちはそれを知らなければならない。

そして、「障がい者なんていなくなってしまえ!」そう言って、
牙をむき多くの障がい者を殺傷した犯人と戦うためには
障がい者にとって優しい社会を私たちが作っているのか、
それを自らに問わなければならない。

学校の試験問題と違って、答えなんてそう簡単に見つからないし、
答えも一つじゃないかもしれない。

だけど、

この本の最後に、一つのヒントが描かれています。
そして、それを読んだとき私は知らず知らずのうちに涙が
こぼれてきました。

くどいようですが、無料で読めますので、
よかったら読んでみて下さい。

※パソコンで読む方はこちらのページから

ブラックジャックによろしく4巻 - 漫画onWeb

※Kindleで読む方はこちらから

(おしまい)

posted by penguin-oyaji at 15:31 | Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

ちょっと心が疲れた時はイマココに集中!【「世界のエリートがやっている 最高の休息法」】

 

「世界のエリートがやっている 最高の休息法」
 
久賀谷 亮:著
ダイヤモンド社
 
一時期、Appleの創業者、スティーブ・ジョブズも瞑想をしていた!
とかいって、ライフハック系のWEBサイトなどで瞑想に関しての記事を
よく目にしました。
 
私もそんな流行にのっかって2012年頃から瞑想というものを
やるようになりました。
でも、もともと何の目的もなく、ただ流行にのっかっただけですから
あまり効果も感じられず、ただ何となく続けているだけの状態でした。
 
続けている、といっても1か月に10回とか15回とか、そんな感じ。
 
でも!
 
昨年(2016年)、この本を読んでから効果も感じられるように
なってきたし、何より日々、途切れることなく瞑想を続けられる
ようになってきました!
 
Amazonの内容紹介
「疲れがとれない…」こんなに休んだのになぜ?
――アイドリング状態でも勝手に疲労を溜めていく脳には
「科学的に正しい休ませ方」があった!
 集中力や行動力を高める究極の休息メソッドを、
イェール大で学び、米国で18年診療してきた精神科医が明かす。
 
■習慣化のキモは同じ時間、同じ場所
1日5分でも10分でもいいので、毎日続けることが大切
・同じ時間、同じ場所でやる(脳は「習慣」が大好き)
 
「三日坊主」という言葉がありますが、「やるぞ!」と意気込んでみても
なかなか続かない、続けられない・・・そんな経験をした方も多いのでは?
 
私も瞑想を始めてはみたものの、とても毎日続けられず
3日やっては、2日さぼって・・・みたいな感じでした。
 
以前は、朝起きたときとか、お昼ご飯を食べた後とか、夕方とか、
とにかく「出来る時にやる」という感じでした。
 
だけど、これだと面倒くさいから、とか、
後でやろう的なことを考えてしまって
結局やらずに一日が終わるということが多かったのです。
 
だけど!
 
「同じ時間、同じ場所でやる(脳は「習慣」が大好き)」
という一文を読み、
 
・夜、寝る直前に
・ベッドの上で
・10分間の瞑想をする
 
と、決めてからは、どーしたことか、1日も途切れることなく
50日以上も継続できています!!
 
時間と場所を決めることで、「いつやるか?」「今でしょ!」的な判断を
いちいちする必要がなくなり、継続しやすくなる効果があるのかなぁ、と
思うのです。
 
そして
 
たぶん、時間と場所を決めるということは、
瞑想に限らず新しい習慣を続けていくのに
有効な方法なのではないでしょうか?
 
■大切なのは、イマココ!
脳のすべての疲れやストレスは、過去や未来から生まれる。
すでに終わったことを気に病んでいたり、これから起きることを
不安に思っていたり、とにかく心がいまここにない。この状態が
慢性化することで心が疲弊していくんじゃ。
これはすごい納得!
例えば、電車に乗って車窓の風景を眺めている時、
あるいは料理を作っている時、
ふと気付くと、目の前のこととは関係の無いことを考えている。
 
それは、過去に失敗してしまったときのことや
未来に対する漠然とした不安だとかに心が囚われていたりするんですよね。
 
思うに・・・
 
過去や未来というのは時の流れがつくりだす蜃気楼のようなもの。
いくら追いかけても(考えても)、決して手に触れることはできない。
そんな蜃気楼を追いかけても、疲れるだけだったりするのではないか、と。  
脳のアイドリング中に浮かんでくる雑念こそが、脳疲労の最大要因の
1つであり、 その雑念を抑えることで脳を休ませるというのが、
マインドフルネス瞑想の基本メカニズムらしい。
脳のアイドリングというのは、つまり電車に揺られたりして
意識的な活動をしていない時のこと。
そんな時についつい考えてしまうムカつく上司のひと言(笑)
 
そんなことをしていたら、確かに脳が(心が)疲れちゃいますよね。
 
脳をムダに疲れさせないために大切なのは、
そうした脳のアイドリング中にも過去や未来のことに気を病むのではなく
目の前の「イマココ」に集中することなのです。
 
■呼吸は自分をいまここへと呼び戻してくれる錨
「呼吸は自分をいまここへと呼び戻してくれる錨じゃ」
過去の失敗や将来への不安に向かっていた意識が、
私の呼吸に集まっていく。
それに伴って、身体の緊張がじわじわとゆるんでいくのがわかった。
瞑想とか座禅の経験がある方はお分かりだと思いますが、
目をつむって、何も考えず、呼吸に集中して・・・
と言われたって、次ぎから次ぎへと雑念がわいてきます。
 
10分、いや5分だって何かを考えずにはいられない。。
 
それに、
 
瞑想する時には目をつむって呼吸に意識を集中しましょう、
とかってよく目にしますが、
正直、わたしはその意味がよく分かっていませんでした。
 
だけど、この本を読んで、実践してみて、
何となく分かってきたことがあります。
 
雑念は自然と涌いてくるもの。
大切なのは、
「あつ、今、関係の無いことを考えてるな」と
雑念に気が付いて、元の状態、つまり呼吸に集中している状態に
「意識を戻す」ことだと思うのです。
 
その「意識を戻す」とき、呼吸に集中していることが必要なのです。
 
この本の中で「ラベリング」というやり方が紹介されています。
呼吸に合わせて1から10まで数えて、10までいったらまた1に戻るという
とても単純なもの。
 
だけど
 
呼吸に集中していないと、つまり何か別のことを考えていたりすると
いつのまにか、17、18、19、・・・・となってしまいます。
そこで雑念に気付いて、また意識を呼吸に戻すのです。
 
まさに、「呼吸は自分をいまここへと呼び戻してくれる錨」であることを
実感します。
 
そして、
 
瞑想中にこれができるようになると、日常生活の中でも少しずつ
イマ、ココ、に意識を集中することが出来るようになるような気がします。
 
【まとめ】
 
この本では、なぜ脳が疲れてしまうのか、
脳を休めるためにはどうすればいいのか、
マインフルネス瞑想の実践方法などに加えて、
人間関係で悩んでいる時にはどうすればいいか、
怒りを感じたときの対処方法なども書かれています。
 
ただ全体の2/3以上が小説形式なので、
それが苦手という方にはちょっとツラいかも・・・
 
個人的には、それまで漠然とやっていた瞑想というものについて
もっと深く知ることができたし、
何よりもちゃんと継続することができるようになったことと、
それによって集中力が(少し)高まったり、
未来や過去のネガティブな感情にとらわれることなく、
イマココに集中できるようになったことが、
この本で得られた一番の収穫でした。
 
最後に・・・
成長していくためには努力や頑張りだけではダメなんじゃ。
薪木を燃やし続けるためには、薪木のあいだの『空間』が欠かせん。
それこそが休息なんじゃとわしは考えとる。
休むのが下手な人っていますよね。
マジメな人ほど一生懸命に頑張ってしまう。
 
もちろん、一生懸命にやることは大切なんだけど、
それと同じくらい休むことも大切・・・なんだと思う。
 
ゴロゴロしながら休日を過ごし、
夕方、サザエさんを見ながら「明日、会社行きたくねぇ〜!」では
きっと、あまり休んだことにはならない・・・のだと思う。
 
この本に書いてあるコトが誰にとってもベスト!
というわけではないかもしれないが、
身体だけじゃなく、きちんと心も休ませてあげないといけない、
そんなことを気付かせてくれる1冊だと感じました。 
信号待ちは儲けものじゃよ……空を見るにはうってつけの時間じゃからな
ちょっと心が疲れてきたなぁ、と思ったら
空を見上げてみるのも私のオススメです!
 
(おしまい)
 ▼単行本
 
▼Kindle

 
タグ: 瞑想
posted by penguin-oyaji at 21:30 | Comment(0) | 読書(心理学・脳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

よその国を笑ってなんかいられない【「農協 月へ行く」筒井康隆】

農協月へ行く

「農協 月へ行く」
筒井康隆:著
角川文庫(現在品切れ、重版未定)

ふと思い出して、昔々に読んだ筒井康隆の短編集「農協 月へ行く」を
本棚から引っ張りだして読みなおしてみた。

Amazonの内容紹介

厚かましいバイタリティで外国の辞書にも載ったノーキョーさんが
月を行く。無重力の宇宙船の中でドンチャン騒ぎ、酒や芸者を
強要する土地成金ぶり。
好奇心旺盛な彼らが月面で見たのは?

かつて農協の団体旅行が「ノーキョー」と呼ばれ、海外へ出掛けていっては
傍若無人に振る舞い、世界から笑われていた・・・そんな時代があったんですよ。

この筒井康隆の短編「農協 月へ行く」はそんな恥ずかしい団体旅行の有り様を
パロディにした作品なのです。

あくまでも小説であり、フィクションなのだけど
描かれている団体旅行の様子が、さもありなんな感じなので、
オカシイやら恥ずかしいやら。。

そもそも日本には昔から「旅の恥はかき捨て」という言葉があるくらいだから、
旅先で他人の迷惑顧みず自分勝手に傍若無人に振る舞うという(とても恥ずかしい)
文化が蔓延しているのかも知れない。。

ノーキョーと呼ばれて世界から笑われていたのは、1960年代から70年代の頃だと
思うのだけど、それから十数年後のバブルに踊っていた1980年代から90年代。
その頃になると、ニューヨークやパリの有名ブランドショップに日本人が大挙して
押し掛けバッグやらスカーフやらをまとめ買いしている様が、やはりヒンシュクを
かい笑われていた。

◆◇◆◇◆◇

先月(2016年6月)、アジアで最大規模となる上海ディズニーランドが開演した。
開園日の前後はテレビのニュースやワイドショーでも大きく報じられていた。

だけど

・園内に落書きをしている人がいる
・パレードの沿道にゴミをポイ捨てする人がいる
・植え込みで子供に用を足させている親がいる
・偽物(模倣品)のキャラクターグッズが売られている
・通路上で勝手に弁当を拡げて食べている家族連れがいる

などなど、そのマナーの悪さをあげつらう報道が多かったように思う。
そして、そんなニュースを見る度に私は
「こーいうのを目くそ鼻くそを笑うって言うんだろうなぁ」と思っていた。

ついでに書けば、こういう報道によって知らず知らずのうちに
印象操作されてしまうんだろうなぁ〜、とも思った。

だって、たかが4、50年前にはノーキョーと笑われて、
2、30年前には今でいう爆買いを世界中でやっていたのは
私たち日本人ですからね。

よその国のことを笑っている場合ではない。

たぶん・・・

文化が発展していく段階で、どこの国でも同じような問題が起こり
同じような恥ずかしいことをしでかすのだと思う。

◆◇◆◇◆◇

調べてみたら、この短編集が発売されたのは1973年というから
今から40年以上前だ。
あれから40年!(←綾小路きみまろ風に)
ブラックユーモアに彩られたこの短編を読んで
素直に笑えないのは(むしろ、恥ずかしさを感じるのは)
過去の自分たちの行いを棚上げにしてよその国を笑う。
そんな今の日本の文化を恥ずかしいと思うからだ。

(おしまい)

posted by penguin-oyaji at 21:29 | Comment(0) | 読書(小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

豊かな人生ってなに?「世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉」

 

ホセ・ムヒカ、正確にはホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ。
南米ウルグアイの前大統領。

2012年、国連の「持続可能な開発会議」でのスピーチで
一躍、世界にその名を知られるようになったということなので、
ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんね。
 

先日、そのムヒカ氏が来日され
テレビに出演されているのを見て、
私は初めてムヒカ氏のことを知りました。

番組で対談されたジャーナリストの池上彰さんが
「まるで高僧と話しをしているようだ」と感想を話されていましたが、
確かに、ムヒカ氏の穏やかな顔つき、そして人生に対する深い洞察や
示唆に富んだ彼の言葉は高僧そのものだと私も感じました。

■世界でもっとも貧しい大統領

私は貧乏ではない。
質素なだけです。
(P16)

貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、
無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ
(P8)

ムヒカ氏というと「世界でもっとも貧しい大統領」というフレーズが
付いてまわる。

大統領官邸に住むことを拒み、小さな農場で部屋が3つしかない家に住み、
大統領としての給料の9割を慈善団体に寄付して本人は月に1000ドル
(日本円だと10万円ちょっとくらいか)で生活をしている。

資産は友人から譲り受けたという愛車・フォルクスワーゲン・ビートルだけ。
(ちなみに大統領専用車は使わず何処へ行くにもこのビートルを
自分で運転して出掛けていたそうです)

ビートル

そんな慎ましいムヒカ氏のライフスタイルが世間に知れ渡り
いつしか「世界でもっとも貧しい大統領」と呼ばれるようになったとか。

なぜ、ムヒカ氏がそのような慎ましい質素な生活を送っているのか?
私が思うに、たぶん二つの理由があると思うのです。

その一つ目は大統領という国の政治のトップとして
国民目線での政治を行うため。

■ムヒカ氏の政治家としての矜恃

国民の多数派と同様の生活を続ける理由を、ムヒカは
「代表民主制は、
多数派の人が決定権を持つ世界だから」と考えている。
「そうで
あるならば、各国の指導者たちは、少数派ではなく、
多数派の暮らしを
すべきではないか」と語る。(P70)

ここでいう「多数派」というのはお金持ちではない人々という意味であり、
逆に「少数派」はお金持ちの特権階級ということです。

つまり、ムヒカ氏は政治家として庶民感覚を大事にしているだけでなく、
自らもその庶民と同じ生活をおくっているということなんですね。

実際、ムヒカ氏は大統領であったときも街角の飲食店で
フツーの庶民の人と一緒にランチを食べていたりしていたそうです。

ちょっと前に、国会で総理大臣がカップラーメンの値段を質問されて
「400円くらい」と答弁してしまい「庶民感覚がない!」と批判された
ことがありましたね。

私は個人的には政治家だから、総理大臣だからこそ一般庶民と同じ生活を
しなければならない!・・・というふうには思っていません。

でも、政治家の先生になったり大臣や総理になると
いつの間にか庶民の生活ぶりとかけ離れてしまうことって
あるんじゃないかと思ったりはします。

会社の中でも出世してエラくなったりすると、
いつか現場の肌感覚をなくしてしまうこともありますからね。。

政治家だけの問題じゃないと思います。

■質素は”自由のための闘い”です

自由になるための闘いというのは、どれくらい自由な時間を
確保できるかに
かかっているのだ、と私は言いたいのです。
物であふれることが自由なので
はなく、
時間であふれることこそ、自由なのです (P30)

ムヒカ氏が慎ましやかな質素な生活を続けている二つ目の理由が
たぶん、これだと思う。

お金や物を得るためには当然ながら、時間を使って働かなければなりません。
ムヒカ氏は言います。

「人がものを買うときは、お金で買ってはいない。そのお金を
貯めるために
割いた人生の時間で買っているのです」(P29)

そしてお金や物をたくさん持つようになると、
それを守るために余計な心配や手間を掛けなければならなくなります。

お金を稼ぐための時間、それを守るための時間
ムヒカ氏にとってはそんな時間は決して自由とは言えないし、
人生の中で不必要な時間だ、ということなんでしょう。

ムヒカによれば、”自由な時間”=”生きる時間”。そこには、自分が
好きなことに
費やす時間ばかりではなく、人間関係を築き、
愛や友情を育み、家族を慈しみ、
冒険をし、そして、周囲と連携する、
といった時間も含まれる。
「人間のもっとも大事なものが”生きる時間”
だとしたら、この消費主義社会は、
そのもっとも大事なものを奪って
いるのですよ」(P34)

ちょっと大きな話しになりますが・・・
『人生』って自分が生きた時間の積み重ねですよね。
どのような時間を過ごしたかが、その人の人生になると思うんです。

その大切な時間を、お金を稼ぎ物を買うという消費に使うのか、
それとも自分の好きなコトをしたり、友達や家族と一緒の時間を過ごすのか、
ムヒカ氏の言葉は私たちにそのように問うているように思うのです。

『時間』は何よりも大切なリソース。そう思えば、
「スーパーで追加の時間を買うことはできません」というムヒカ氏の言葉を
当たり前!と受け流すことはできない。

■ゲリラ活動、逮捕、独房での13年間、そして大統領

「敗北者とは、闘いを辞めた人のこと。人間は強い生き物であり、
多くのことを乗り越えられます。悪いことは良いことを運んで
くれるのです」
(P55)

人生ではいろいろなことで何千回と転びます。愛で転び、仕事で転び、
いま考えているその冒険でも転び、実現させようとしている夢でも
転びます。でも、千と一回立ち上がり、一からやり直す力があなたには
あります」(P105)

ムヒカ氏は若い頃、ゲリラ活動に従事するも逮捕され、
13年もの間、獄中生活を経験した後に大統領になった人です。

獄中での生活は想像を絶する過酷さだったようで、
ムヒカ氏の人生に対する考え方もその経験から多くを学んだそうです。

「人間は強い生き物であり、多くのこと乗り越えられます」
「千と一回立ち上がり、一からやり直す力があなたにはあります」

こうしたムヒカ氏の言葉は、そんな過酷な経験から出たものなのでしょう。

私が今回この本を読んで、いちばん力を感じたのは
こうしたムヒカ氏の逆境を跳ね返すような言葉の数々でした。

「悪いことは良いことを運んでくれるのです」
人生はあざなえる縄の如し、例え今がツラくても
いつか必ず良いことが起こる!(もちろん、本人の努力も必要でしょうけど)
13年もの間、過酷な獄中生活を乗り越えた人の言葉だからこそ
説得力もあるし、信じられると思うのです。

◆最後に・・・

ムヒカ氏のお顔からは本当に好々爺のような雰囲気が滲み出ているのですが、
でも!単に人の良いおじいちゃまではなく、政治家として数々の業績を
残してきているのです。

それに、自ら質素な生活を送っているのに
金持ちの友人もたくさんいる。

時には、失言をして批判を受けたり国際問題を起こしたりもしてきた。

けっして聖人、偉人というワケではなく、とても人間臭い。
でも、それが大きな魅力にもなっているように思うんですよね。

この本、100ページちょいで1時間もあれば読めてしまうような
薄い本なのですが、中身はギュッと詰まっていて
色々なコトを考えさせられました。
私にとっては久々の☆5つ本です!おすすめ!

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2016年02月14日

「日記は自分に対する経験報告書」にスゴく納得!【「知的生産の技術」】

「知的生産の技術」

梅棹忠夫:著

岩波新書

梅棹忠夫氏によって書かれたこの本は情報カード(京大式カード)や

「こざね法」という文章術などを紹介したことでも有名で、
知的生産術に関する古典的名著です。

今から50年近く前の1969年に出版され、
長く読み継がれているロングセラーでも
ありますね。

そんな名著に対して今さら私ごときが、
あーだ、こーだというコトもないのだけど、

この本の中に書かれている日記についての件がすごく納得できたので、
ちょっと思うところを書いてみようと思います。

■なぜ日記は長続きしないのか?

日記といえば三日坊主!・・・ですよね〜?
日記を書き始めたのはいいけど、途中で放りだしてしまった経験がある方も
多いのではないでしょうか?

なぜ日記は長続きしないのか?

どういうわけか、日記には心のなかのことをかくものだという、
とほうもない迷信が、ひろくゆきわたっているようにおもわれる。

平安時代の「紫式部日記」や「更級日記」など、日本には有名な文学的な日記が
残されていて、それが日記というのは文学的なもの!というふうに誤解されて
いるのではないか?
と、著者の梅棹氏が書かれているのを読んだ時に思わず
「その通り!」と膝を打ってしまいました。

昔、昔のそのまた昔。
私がまだ小学校高学年か中学生だった頃に
何を思ったのか、(自主的に)日記を書き始めたことがありました。

ノートに向かって一生懸命に自分は何を考えているのか、何を感じているのか?
そういう心の奥底・・・といっても私のことですから相当に底は浅いですが、
を書き綴っていたのですが、当然のことながら長続きするわけもなく
確か数週間で放りだした記憶があります。

だいたい、自分の心に向き合うだけでもシンドイのに、
さらに心の中の中の曖昧模糊とした感情を(ムリヤリ)言語化するのだから
文学者ならともかく、一般の人がそれを日々続けるなんて
苦行以外のナニモノでもない!と思うのですよ。

日記が長続きしない原因って、意志が強いとか弱いとかの話しじゃなくて、
『心の中を言語化する、そしてそれを長期間続ける』というハードルの高さに
あるんじゃないかな?って思うのです。

■日記は、自分自身のための、業務報告なのである

日記は長続きしないもの、面倒くさいもの、だという世間の常識(?)に対する
一つのアンサーとして一時期、「4行日記」っていうものがちょくちょくネットで
話題になったことがありましたね。

「4行日記」を始めてみる | シゴタノ!

どういうものかというと、

1.その日の仕事からトピックを1つ取り上げ【事実】、
2.その中で気づいたことを記し【気づき】、
3.その気づきを活かすとしたら今後どう行動すべきかを明文化し【教訓】、
4.その教訓を実践している「ありたい自分」の姿を描く【宣言】、

この4行を日々、記録していくのです。
フォーマットというか書くべきことが決まっていて、
それがしかも、たった4行でいいのだから、かなりハードルは低い!・・・って
思っちゃうんですよね。。

私、この「4行日記」も数週間で放りだしました。。(^^;;

どんな気付きがあったのか?
そして今後はどう行動すべきか?
そんなことを一々考えるのがしんどかったのですよ。

断言しますが、

私のように意志薄弱で、頭も悪い人が
心の中を言語化するとか、出来事に対して意味付けを考えるなんてことを
最初からやろうとするのはムリです!

で・・・

「知的生産の技術」の話しに戻りますが、
その中に、こんなコトが書かれています。

日記というのは、要するに日づけ順の経験の記録のことであって、
その経験が内的なものであろうと外的なものであろうと、
それは問題ではない。

梅棹氏がいうには、日記というのは日付け順の自分の経験の記録であって
言ってみれば、『日記は、自分自身のための、業務報告』なのだと。

その日の出来事を淡々と記録する。何か心に思うことがあれば
それはそれで簡潔に記録しておく。

私、これを読んでなんか・・・心がスキっとしましたよ。

実は私・・・(これから、ちょっと自慢話を書きますよっと・笑)
2014年6月からほぼ毎日、日記を書き続けているんですね。
(もう足掛け3年目です!)

Mr.三日坊主と異名を取ったこの私が何故、2年以上も日記を続けられたかというと
とにかく自分の感情とか思考とかいったものを排除して
ただひたすらに、その日にあったコト(だけ)を書いてたからだと思うんです。

何が書いてあったか、だけを書くわけですから
余計な頭を使わなくても書けるんですよ(笑)

で、

時々、嬉しかった!とか、ムカついた!っていう強めの感情が
湧き上がった時には、ちょこっとそれも書いておく。

だから、この本で「(日記は)日づけ順の経験の記録」だと書いてあるのを読んで
あ〜、私のようなやり方でも良いんだぁ〜!って何か安心(?)したんです。

■日記は時間を異にした「自分」という「他人」との文通である

「自分」というものは、時間とともに、たちまち「他人」になってしまうものである。

日記というものは、時間を異にした「自分」という「他人」との
文通である、と
かんがえておいたほうがよい。

自分が書いた日記って誰が読むのかというと・・・

まぁ、たいていの場合は書いた本人が「後で」読み返すわけですよね。

でも、梅棹氏が書かれているように「後で」読み返す自分は、書いた時の自分とは
ちょっと違う他人でもあるんですよね。

私も時々、以前の日記を読み返すことがあるのですが、
「な〜にやってんだよ」とか、「おぉ、頑張ってるじゃん」とかって思う。
過去の自分に対してまるで他人を見てるかのように客観的に自分を見ることができるのです。

そして、過去の自分を振り返りながら、
もっと楽しいコト、嬉しいコトがいっぱい日記に書けるように
がんばれ!今の自分!って感じになるんですよ。

で、

私は今年から「5年連用日記」に日記を書き綴っているのですが、
途中で挫折しない限り、5年後の自分がまたこの日の日記を
読み返すことになるので、
毎日、日記を書きながら5年後に自分はどんな思いで
この日記を読み返すのか?

「あの頃は頑張ってたなぁ」としょぼくれた自分になってしまっていないか?
「あの時があったから今の自分があるんだ!」と言える自分になっているのか?

ちょっとキザな言い方ですけど、
5年後の自分に向けてエールを送るような気持ちで
日々、日記を書き綴っているのです。

振り向いた昨日に恥じないように
仰ぎ見る明日に恥じないように

「ローリング30」吉田拓郎

(おしまい)

↓新書

 

↓Kindle

posted by penguin-oyaji at 22:07 | Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月27日

【「もういちど読む山川世界史」】このろくでもない、素晴らしき世界

201404241527307c6

いきなりですが、
私、世界史が苦手です!(キリッ!☆

高校に入ると勉強するじゃないですか、「日本史」とか「世界史」を。
そん時にどーしてもカタカナの人名が覚えられなかったんですね。

アレクサンダー、ディオクレティアヌス、ピョートル、イヴァン4世・・・

こーいうのが超!苦手でした。。。
だから当然、世界史のテストも玉砕状態だったし、
大学入試の時も「日本史」を選択しましたよ。

でも

最近になって出口治明さんの「仕事に効く 教養としての「世界史」」とか
佐藤優さんの「世界史の極意」なんていう本を読むと
本当に、改めて、徹底的に、
自分の世界史に関する知識の無さを思い知らされたんですね。

で・・・

ここは一発、もう一度ちゃんと勉強してやろうじゃん「世界史」を!
って急激に鼻息を荒くして本屋さんの参考書売場に行ったんっすよ。

ハッキリ言って50過ぎのおっさんが高校生の参考書売場でウロウロしてるのは
超〜恥ずかしかったです。。
でも、「違う、オレが読むんじゃないんだ!子供に頼まれて参考書を
買いにきたんだ!」って顔をしながら(本当は息子も娘もいないけど・・・)
取りあえず1冊の本を手にして帰ってきました。

それがこの本。
 
写真 のコピー


例によって人類の出現(猿人とか原人)から始まって

21世紀初頭の世界情勢まで
ずーーーーと読みました。

で、思いました。
誰かが『人類の歴史は戦争の歴史だ』って言ってたけど、
本当にその通りなんだな、って。

古くはペルシアとギリシャが戦ったペルシア戦争から
第二次世界大戦後も中東戦争があったり、
最近では戦争の形も変わってテロとの戦いになったり・・・

もう、呆れちゃうくらいに戦争しまくってきたんですね。

うまく言えないけど

戦争して、領地をぶん捕って(捕られて)、
そこに新しい交易が始まったり、文化の融合とかが起こって
そうやって人類は進歩してきてんじゃないかなぁって気がするんです。

本当に、ろくでもない!
だけど、綿々と進歩を続けてきた素晴らしい歴史でもあるんだなぁ
と思った次第。

◇◆◇◆◇◆

それから・・・

昨年の暮れ頃だったか
トルコがロシアの空軍機を撃墜して国際問題になったことがありましたよね。

トルコのエルドアン大統領も、ロシアのプーチン大統領も
双方、一歩も引く様子はなくこれからトルコとロシアは
どーなるんだろう?と世界が注目しましたよね。

でも、そもそもこの両国、昔から何度も戦争を繰り返しているんですね。
有名なのは1877年に勃発したロシア・トルコ戦争(露土戦争)だと
思うんですが、それ以外にも小競り合いというか局地的な戦争を
何度も繰り返してきた歴史がある。

まぁ、地政学的にいってもロシアが南下しようとすれば
必然的に(地理的に)トルコとぶつかるわけで、
トルコとロシアの戦争はいわば宿命の対決だったりするのかな
と思ったりもするわけです。

こういう歴史的な流れを知っていると
昨年のような空軍機撃墜の事件があったときでも、
あぁ、また伝統の一戦が始まるのかぁ、と思えたりするわけで、
やっぱ歴史を知ってると、ほんの少し今の世界の見え方が
違ってくることを実感しました。

◇◆◇◆◇◆

この本のおかげで、殆ど忘れ掛けていた世界史の大まかな流れも
思い出したので、今年は少し中国王朝の興亡とか、イスラム世界の歴史など
ちょっと興味あるところを深掘りしてみようかと思ってます。

もっとも、今一番おもしろ!と思っているのは
源平の戦いあたりから南北朝時代あたりまでの
日本の中世の歴史なんですけどね(^^;;

タグ:歴史 世界史
posted by penguin-oyaji at 22:18 | Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月17日

【「生きて行く私」宇野千代:著】カラスが空を翔ぶような(元祖・肉食女子の)人生


「生きて行く私」
宇野千代:著
角川文庫


宇野千代さん。お名前だけは随分と前から知っていたのだけど、
彼女の代表作の一つ「おはん」はもちろん、
彼女の作品についても何も読んだことはなかった。

ただ・・・

以前に仕事で山口県岩国へ行った時に駅の待合室に
彼女の大きな写真が飾ってあり、それで岩国が彼女の生まれ故郷だ
ということを知った。

それと、テレビで一度だけ彼女の映像を見たことがあり、
その時に、もう一つのブログにこんなエントリーをアップした。

83才のスーパー乙女! : ペンギンオヤジのDブログ

そして、そのエントリーを読んでくれたお友達が、
この本をオススメしてくれて、
(だいぶ長い間、積ん読してたのだけれど・・・)
読んでみたら、驚いたというか、とにかく面白かった!

この本は彼女の生い立ちから85歳までの人生を綴った自伝なのだけど
その生き様が破天荒というか、天衣無縫というか、
よく「事実は小説よりも奇なり」というけれど、
彼女の波瀾万丈の人生は、間違いなくそのへんのツマラナイ小説よりも
格段に面白い!

Amazonの内容紹介

明治、大正、昭和、平成と生き抜いてきた女流作家が、波乱の人生行路を
率直に綴る。山口県岩国の生家と父母の記憶から書き起こし、
小学校代用教員の時の恋と初体験、いとことのはじめての結婚、
新聞懸賞小説の入選、尾崎士郎との出会いと同棲、東郷青児、
北原武夫とつづく愛の遍歴。「スタイル」社の束の間の隆盛と倒産のように
時代の波にも揉まれながら、たゆみなく創作をつづけ、
ひたむきの前を向いて歩いてきた姿が心を打つ。

■元祖肉食系女子?吃驚仰天の愛の遍歴

この最初の夜、私には北海道で待っている悟と言う良人(おっと)の
あることを、改めて言うべきである、と思っただろうか。しかし、私は
そのことを言わなかった。
やがてのことに、私は最早や、北海道へは帰らないものだ、と言うことが、
誰の眼にも分かるような時機が来た。(P98)

宇野千代さんは生涯で4度の結婚をされているのだけど、
(恋多き女性だったんですね)
それぞれの結婚の馴れ初めがスゴいんです!

二人目の旦那さんと北海道で暮らしていた時のこと。
彼女が書いた小説が出版されるにあたり上京。
原稿料を受け取った後、なぜか東京に家を借り、
そして出版社で紹介された小説家・尾崎士郎に一目惚れをして
北海道の旦那さまを放りだして、そのまま同棲を始める・・・!

( ゜Д゜)ポカーン

さらに!!

夜が更けて、さあ寝よう、と言うときになって、「こんな蒲団しかないが」
と言って、押し入れから出してきた蒲団には、血痕がこびりついて、
がりがりになっていた。二人の男女の頸から流れ出してきた夥しい血の
かたまったものだと分かったとき、私はそれを気味が悪いと思っただろうか。
そうは思わなかった、と言ったら、人は信じるだろうか。(P124)

小説の中でガスで情死する一組の男女のことを書くために、
当時、愛人と心中未遂事件を起こしたばかりの画家・東郷青児に
(面識もないのに)こういう差し迫った時に男はどう行動するものか
教えて欲しい、って電話するんですね、宇野さんが。

で、電話じゃなんだから・・・ということで実際に会うことになり
そのまま一目惚れ!そして東郷の家に行き情死を図った血の付いた
蒲団でそのまま一緒に寝た・・・・と。

( ゜Д゜)ポカーン

いやはや、なんというか・・・

後日、テレビ番組「徹子の部屋」に宇野さんが出演された時に
「あの男とも寝た」「その人とも寝た」と話す宇野の話しに
黒柳が「あたし、あんなに、寝た寝たと、まるで昼寝でもしたように、
お話しになる方と、初めてお会いしましたわ」と言わしめたという
エピソードが残っているとか。

ある意味、とっても「業」が深い人だったんでしょうね。

■幸福のカケラ

幸福のかけらは、幾つでもある。ただ、それを見つけ出すことが
上手な人と、下手な人とがある。幸福とは、人が生きて行く力のもとに
なることだ、と私は思っているけれど、世の中には、幸福になるのが
嫌いな人がいる。不幸でないと落ち着かない人がいる。(P285)


幸福も不幸も、ひょっとしたら、その人自身が作るものではないのか。
そして、その上に、人の心に忽ち伝染するものではないのか。とすると、
自分にも他人にも、幸福だけを伝染させて、生きて行こう、と私は思う。
(P286)

この宇野さんの自伝を読んでいて、彼女は幸福というものに対する感度が
とても強く、反対に不仕合わせに対する感度がある意味とても鈍かった
のではないかと思いました。

自分がやっていた会社が倒産したりして、けっこうタイヘンな時期も
あったらしいのだけど、不思議とそういう時のエピソードを読んでいても
悲壮感みたいなものはあまり伝わって来ないんですよね。

幸福のかけらは、幾つでもある。
ただ、それを見つけ出すことが上手な人と、下手な人とがある。

例え周りから見たら不幸のどん底のような時であっても
そこには宇野さん本人しか見えない「幸せのカケラ」があったんでしょうね。

■鴉が空を翔ぶように

私は好んで、自分の生きている生き方を「鴉が空を翔ぶように」と
形容する癖がある。鴉が空を翔んでいるのを見て吃驚仰天する人は
いない。ああ、翔んでいると思うだけである。何だ、あの鴉は翔んでいる。
何と横着な鳥だろう、と思う人もいない。ただ、翔んでいる、と思う
だけである。鴉の翔ぶのは生まれつきなのである。翔ぶのが性分なので
ある。知らぬ間に翔んでいるのである。(P357)

昔、「カラスなぜ鳴くの?カラスの勝手でしょう」という童謡の替え歌が
流行ったことあるけど(これ分かる人は私と同年代ですね・笑)、
カラスが空を翔ぶのが自然であるように、
宇野千代さんは、この本に綴られたある意味とても破天荒な人生を
生きるのが自然な姿だったんだなぁ、と思うのです。

とっても、レリゴーな人だったと思うんですよね、宇野千代さんって・・・
もしも、自分の周りに同じタイプの人がいたら
さぞや面食らうだろうと思うのだけど、

◇◆◇◆◇◆

「おもしろき こともなく世を おもしろく」
幕末の志士、高杉晋作が遺した辞世の句ですけど、
きっと宇野千代さんにとっては、生きていること自体がおもしろくて
仕方なかったんじゃないかなぁ、ってそんなふうに思うんですよ。

溢れるほどの好奇心と、どんな時であっても現実をそのまま受け入れ
人の目を気にせず、幸せのカケラを探し出すことが上手であれば、
人生はこんなにもおもしろく生きられる!
そんなことを宇野千代さんに教えて貰ったような気がします。

私は人一倍好奇心の強い人間だからである。あと四年ほど生きれば
二十一世紀になる。新しい世紀に入った世界をこの目で見たいと
思っているのである。
(中略)
私はこのごろなんだか死なないような気がしているのである。
(文庫版あとがき より)

残念ながら、この「あとがき」を書いた半年後には98歳の人生を
終えて天国へ召されてしまったのですが、
空の上から見える21世紀の世界は宇野千代さんにはどんなふうに
映っているのだろうか?

おしまい

▼Kindle版
 

タグ:宇野千代
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2015年05月07日

【「脳には妙なクセがある」池谷裕二:著】ネガティブ気分になったら笑ってみよう!


「脳には妙なクセがある」
池谷裕二:著
扶桑社BOOKS

一時期、「脳科学」関連本にハマって
このブログでも、その手の本のエントリーを
連発していた時期があります。

脳科学は実験、検証の結果からあくまでも科学的に
人の心や行動について解明、説明をしてくれるので、
心理学や哲学的な観点からのアプローチとは
またちょっと違った知見があったりして、
読んでいて面白いんですよね〜♪

著者の池谷裕二さん、この本の他にもたくさんの脳科学の
著書を出版されていますが、本職は大学教授!(しかも、東大!)

そんなバリバリの大学教授にして科学者が書いた本ですが、
軽い読み口で脳の仕組や人の行動について
ちょっとエッセイ風に書かれているので、
とても読みやすかったです。

・・・とはいっても、数々の実験結果を紹介しながら
あくまでも科学的アプローチで話しが進むので、
「納得性」も高いかと。

ちなみに、この本は出口治明さんの
「ビジネスに効く最強の「読書」」という本の中でも
紹介されてます。
超スーパー読書家の出口さんのお墨付きですよ♪
面白くないわけがない!

Amazonの内容紹介

不可思議さに思わず驚嘆!あまりにも人間的な脳の本性!
恋に必須の「シュードネグレクト効果」。
「オーラ」「ムード」「カリスマ」…見えざる力に弱い理由。
「他人の不幸」はなぜ蜜の味?
「損する」でも「宝くじ」を買う理由。
就寝前が「記憶」のゴールデンアワー。
最新の知見をたっぷり解説!

■ネガティブな気分になったら笑おう!

ミュンテ博士らは、笑顔に似た表情をつくると、ドーパミン系の
神経活動が変化することを見いだしています。「ドーパミン」は
脳の報酬系、つまり「快楽」に関係した神経伝達物質であることを
考えると、楽しいから笑顔を作るというより、笑顔を作ると
楽しくなるという逆因果が、私たちの脳にはあることがわかります。


楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなる
時々、見かけるフレーズですけど、
脳科学の立場からもちゃんとそれが立証されているんですね。

で・・・

先日、ちょっと私、気分的にイラッというか、グシャッというか
そういう気分になったんですよ。

その時にこの本のことを思い出して、試しに笑顔を作ってみたんですね。
完全に作り笑いでしたけど・・・
そしたら・・・あら不思議。
ムカッとしていた気分が、スッと落ち着いたんですよ!

まぁ、ムカムカしている時にそんなに簡単に笑えないとは思うのですが、
是非、一度お試しあれ!

ついでに書くと、

朝、鏡に向かって笑顔をつくるのもオススメ!
気分よく一日を始められますよ♪

■自分という「他人」

自由意志とは本人の錯覚にすぎず、実際の行動の大部分は
環境や刺激によって、あるいは普段の習慣によって決まって
いるということです。

 

私たちは自分の心がどう作動しているかを直接的に知ることは
できません。ヒトは自分自身に対して他人なのです。


自分の行動や判断って、自分の意思で決めている。。。
そんなふうに(何となく)思ってますよね。

でも、脳科学の見地からはそーじゃないらしいです。
いわゆる「無意識」とか「潜在意識」の話しになるのですが、
私たちの行動や思考は外部の環境や刺激に対して
単に反射(反応)しているだけのものらしいですよ。

自分がどう行動したり、判断するかは当の本人が自覚するよりも前に
潜在意識の中で既に決まっていると・・・

私ごとですが・・・

私、よく瞑想なるものをやっているんですね。
で、瞑想って基本的には何も考えない、もしくは一つのこと
例えば呼吸とか、に集中するものなんです。

だけど、やったことある人は分かると思うのですが、
次から次へと自分の意思とは関係なく雑念が湧いてくるんですね。
そう!自分の意思とは関係なく・・・・なのです。

ヒトは自分自身に対して他人なのです。

よく他人の心や行動はコントロールすることが出来ない
って言いますけれど、実は自分自身の心も100%自分自身で
コントロールすることは出来ないんですね。

そういう意味では、自分自身も他人なのかも知れません。。

■寝るが勝ち!

睡眠の役割の少なくとも一つは「記憶の整序と固定化」にあると
言ってよいでしょう。
実際、記憶が睡眠によって強固になることを示す実験データは
数多くあります。「レミニセンス現象」と呼ばれているものです。

 

睡眠の効果を最大限に利用するためには、起床後の朝ではなく、
睡眠直前の夜に習得したほうがよい


睡眠って、単に身体の疲れを癒すだけではなくて眠っている間に
脳が昼間の記憶を色々と整理したり記憶してくれる作業をしている
というのは、割とよく知られている事実ではないかと。

朝、目が覚めた時に頭がスッキリしているのって
眠っている間に脳が忘れるべき記憶は消去し、
必要な記憶はちゃんとインプットして、
頭のなかを綺麗に掃除してくれているからなんですよね(たぶん)

で、上の引用でも引いたように、そういう脳の機能を活かすためには
寝る直前に学習したり覚えたことがより強く記憶に残るということ。

寝る前に何を考えてますか?

その日あった嫌なことを牛のように反芻していたりすると、
それがバッチリ脳の中にインプットされちゃうってことですよね。
こわい、こわい!

よく自己啓発系の本の中に、寝る前は楽しいことを思い浮かべたり
自分の将来の夢を思い描くようにしましょう!
なんて書いてあるものもありますが、
あれにもちゃんとした脳科学的な根拠があるってことじゃないですかぁ!

実は・・・・わたし・・・その手の話しは・・・あまり・・・
信用していなかった・・・というよりも・・・正直・・・・
ちょっと・・・バ○にしていました・・・スミマセン。。

◇最後に・・・

珈琲豆の焙煎したあのいい匂いをかぐとヒトは優しい気持ちになるとか、
人は年を重ねるごとに悪しき感情が減り、より幸せを感じるようになるとか、
面白くも興味深い話しがいっぱい書いてあります!

上の方でも書きましたが、心理学や哲学、あるいは自己啓発系の本に
当たり前のように書いてあるコトが、脳科学の見地からは
こういうふうに解釈されるのかっていうこともたくさん書いてあります。

例えば

本を読んだらそれで終わりにしないで、一つでも二つでも
自分で実際に行動すべし!というのもよく見聞きするフレーズですよね。

これも脳科学の見地からは・・・

私たちの脳は、情報を何度も入れ込む(学習する)よりも、
その情報を何度も使ってみる(想起する)ことで、長期間安定して
情報を保存することができるのです。

という解釈になるんですね。

こんなふうに、単に知的好奇心を満足させるだけじゃなくて、
自分の脳の性質を理解して、それをうまく利用して生きていけるように
なりたいものです。

▼新書

▼Kindle版
 

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